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せいしゅん部っ!  作者: 乾 碧
第二編〜第一章〜悠樹√〜
224/384

大好きの気持ち


……もう本当に……。

「ずるいですよ。悠樹は…………」

何回言っただろうか。悠樹に対してずるい、と。どれくらいそう思ったのだろうか。

悠樹の告白。受けるのは同じ言葉を返せばいい。

だけど、それが難しい。難しかった。だから、俺は、今まで、悠樹だけではなく、他の人の告白も保留にしてきたのだ。

誰のことが一番好きなのか。それを決めるのが難しかった。決めるだけではない。その後のこともある。

だって、選べるのは一人だけなわけで、選ばれない人がいる。皆、俺のことを想ってくれている。選ばないということは、その気持ちを否定することになるのだ。

俺は、それが嫌だった。決める、何か決定的なものが欲しかった。

そういうものがあれば、決められると思っていた。

予想通りに。

「悠樹…………………………」

「ま、まも…………っ!護…………っっ!!? 」

悠樹の目をしっかり見て、それから、俺は、悠樹を抱きしめた。悠樹はそれを求めていたのかなって思っていたが、悠樹はすごい動揺している。

「ずるいですよ……。本当に…………」

「護……」

小さい。悠樹は小さい。強く抱きしめすぎると、壊れてしまいそうだ。優しく、優しく。柔らかく、柔らかく。

この時だけでも、悠樹の気持ちはかなり伝わった。

「断れないですよ。そんなに言われたら……………………」

「護…………」

少しだけ、力を込める。それに合わせるように、悠樹の手の感触が背中から伝わってくる。

「悠樹。ありがとう。俺のこと、こんなに想ってくれて……」

自分で言うのも、なんか恥ずかしいけど。

「うん…………。護、好き……」

「ありがとう」

「本当に、好き。いつまでも……。絶対に……この気持ちは変わらない」

真剣。悠樹の真剣さが伝わってくる。これで断るなんて、無理な話じゃないか。

悠樹以外が真剣じゃないとか、そういうことではない。決して、そういうことではないのだ。

「好きですよ。悠樹、大好きです」

「うん……っ!うん…………っ!!

好きから大好きに。そこに変える必要があった。そうしないといけなかったら、悩みがあった。どうしようかと悩んでいた。これからは、そのことで悩まなくてもいいだろう。




……ん……?

沙耶は、自室にいる沙耶は、お昼寝をしていた沙耶は、何かを感じた。そして、そのせいで目が覚めた。

「ん……………っ……はぁ……」

寝過ぎたかなぁ、と沙耶は心の中で思う。

護が帰ってくる気配がなかったから、昼寝をしていた。何もすることがなかったから。

「もう四時…………」

日中より暑さはマシになっているだろうが、その暑さは、感じる暑さは、そんなに変わらない。夏。夏は嫌いではないが、暑すぎるのは嫌いだ。

「まだかなぁ……。護は……………………」

今日は終業式。お昼には終わる。そのまままっすぐ家に帰ってくるとは思ってなかったけれど、護がいないと少し寂しくなる。

護がいないと寂しいのだ。だから、一人暮らしをやめて戻ってきた。耐えて、頑張って耐えていたが、限界がきた。

護との時間を増やすために。しかし、沙耶が思っていたほど、護といれる時間は増えていない。

そんなの、理由は一つしかない。護に友達が増えてるから。女友達が増えてるから。

「どうしたものか…………」

護に友達が増える。それは当たり前のこと。何もおかしくはない。女友達ばかり増えていたとしても、それはおかしくないとも言える。

……そうは思いたくないけど……。

沙耶は、苦笑する。高校に入ってから、それに拍車がかかっているような気がする。より距離が近付きやすいのか。その場にいないから分からないけれど、おそらく、そういうことなのだろう。

「護は………………」

誰を選ぶのだろうか。誰を好きになるのだろうか。誰を大好きになるのだろうか。

……決めにくいだろうねぇ……。

沙耶は知っている。誰が護に好意を寄せているのか。全員では無いかもしれないが、知ってる。告白だって受けてる。その上で、誰を選ぶのか。

……はぁ……。

今でも少なくなりつつある護との時間。護が勝負をつけてしまえば、その時間はますますへってしまう。

「どうしたらいいんだろうねぇ……………」

この気持ちを。報われない、この気持ちを。どうやっても叶わない、叶うことがない気持ちを。

頑張ったところでそれは認められはしない。絶対にだ。

だから、沙耶は応援するしかない。護が選ぶであろう誰かを。

「さってと……」

勢いをつけて起き上がる。寝ていてはダメだ。たとえ、護がまだ帰ってこないとしても。




「あ…………………………………………うわぁ………………」

悠樹の友達であり親友である麻依は、自室で、スケジュール帳をパラパラと眺めてた麻依は、頭を抱える。

「最低だ……。私…………………………」

今日は何の日か。七月二十日が何の日か。分かっていなかったわけではない。ちゃんと書き込んでいた。それなのに、忘れていた。

「どうしよ………………………………」

悠樹の誕生日。今日は、悠樹の誕生日。大切な日。大切な日なのに、忘れてしまっていた。それはもう、どうしようもない事実。

もう時間は四時を回っている。この時間からはどうしようもない。

「しっかり……書いてたのに……………………」

しっかりと、しっかりと、悠樹の誕生日と書いて、その周りをグルグルとピンクのペンで囲みまでしているのに。

「なんでかなぁ……………………」

何で忘れてしまったのだろうか。プレゼントも用意してない。もう、本当に、最悪だ。友達として、親友として、誕生日を忘れるなんてしてはいけないこと。

「……………………………………はぁ………………」

ガックリと肩を落とす。気が落ち込む。

……今頃は……。

何をしているのだろうか。誰かに祝ってもらったりしているのだろうか。

そういえば、終業式の後のホームルームが終わってすぐではなかったが、教室から出ようとキョロキョロとしていた。何か、用事があったのだろう。

それは、おそらく、誕生日に関わること。

青春部の皆に祝ってもらったのだろうか。それとも。

……護君……。

だけに祝ってもらってるのだろうか。その可能性だってある。もちろん、麻依は、悠樹の気持ちを知っている。応援している。

……もし……。

麻依が想像している通り、悠樹が護と二人きりで過ごしているのなら、護に誕生日を祝ってもらっているなら。

……仕掛けた……。

そう考えることが出来る。

七夕パーティーに参加してみて、護の優しさを実感して、悠樹が好きになるのも分かった。他の青春部の皆も。

だからこそ、仕掛けることが必要だ。勝負にでないといけない。そうしないと、勝てない。

……悠樹ちゃんは……。

勝ちにいったのだ。勝負を終わらせにいったのだ。

悠樹は負けず嫌いだ。恋愛に関してはどうなのかそこは知らないけれど、おそらく、そこもその負けず嫌いが発揮されるわけだろう。

……なら……。

もう決まってる可能性もある。負けず嫌いということは、押せるということ。自分の気持ちを前面に押し出せるということ。それは、一番の利点だ。自分の想いを知ってもらわないと、始まらない。

「大好き、か……………………」

悠樹の口から聞いたことがある。護が大好きだと。

「大丈夫…………。悠樹ちゃんなら…………」

真剣なその気持ち。それを、麻依は直に感じている。言葉でも聞いている。気持ちも知っている。悠樹に勝機があると思っている。

だから。

友達として、親友として。

「頑張ってほしいなぁ……………………」




「お…………………………? 」

真弓の髪飾りが、自分の前を歩いている、仲睦まじい二人を見て、反応する。ぴょこんと。

図書室に寄って、帰ろうとしていた真弓。昇降口へと向かう廊下。

「ララちゃん。ランちゃん」

少し離れているから、少しだけ大きい声を出してみる。時間も時間で部活終わりの人がいて、小さい声だと届かないような気がしたから。

真弓の声に、二人は足を止める。

二人にこちらに来させるのも悪いので、真弓は自分から二人の元へ。生徒の間をぬっていく。

「端に寄ろっか」

廊下の真ん中。この場所で喋ってしまうと邪魔になる。端なら邪魔にはならない。

「どうかしたんですか? 狩野先輩」

金色の髪をかきあげながら、ランは聞いてくる。その表情。何か、急いでるような、そんな表情。寄ったその端、その壁の上方には時計が掛けられていて、真弓の芽を見る前に、ランはそこに目を向けていた。

「急いでる? それなら、また今度ってことにする? 」

「あ、いえ……。そういうわけでは…………」

ランはちょっと慌てた風だ。そう否定していながらも、また時計を見ている。

「ほら、また見てる……………………」

「あ…………う………………」

「先に帰ってもいいんだよ?ラン」

ララが昇降口の方を指差す。急いでることに間違いはないようだ。

「だけど……………………」

「大丈夫だよ。そんな急な用ではないから」

「本当ですか………………? 」

心配そうなラン。

「ほんと。ほんと」

「真弓先輩の話は、僕が聞いておくから、ランは先に」

「う、うん…………」

真弓とララで、ランの背中を押す。呼び止めたのには、あまり理由がないのだ。見つけたから呼んでみた。それだけなのだ。急いでるというなら、それが優先だ。

「ごめんなさいっ。狩野先輩」

「気にしなくていいよ。急いでるんでしょ?ほら」

「は、はい…………」

ぺこりと頭を下げたランは、すぐに走っていった。そんなランの後ろ姿を、ララと真弓は見送る。

「ララちゃんは帰らなくてもいいの? 」

「僕は大丈夫です。用事ないですし、それに、真弓先輩」

「何かな? 」

「何か話したいことがあるのなら、僕に、じゃないんですか? ランではなくて」

……へぇ……。

「どうして気づいたのかなぁ」

理由はない。理由はないというのは、別に、今聞く理由がないということ。いつでも聞けるということ。

「同じ想いを持っていますから」

はっきりと、ララは言った。その目は真剣そのものだ。どこか男の子っぽいと思っていたけど。

……しっかり女の子じゃない……。

自分で言っておきながら、少し顔を赤らめている。少し恥ずかしそうにもしている。

「へぇ。そこまでバレてるの? びっくり」

「青春部に入った。その点で分かり……ます」

「なるほどねぇ」

……それもそうか……。

七夕パーティーに参加して分かった。皆が皆、護に恋してるのだと。当然、そこに混ざった自分も、護に恋しているということになる。




ララは自分で言った。自分から言った。同じ想いを持っている、と。

……恥ずかし……。

色んな意味で。自分の想いを真弓に伝えたことにもなるし、相手の気持ちを知っているということも、同時に相手に伝えている。

青春部への参加。もちろん、勝負に出るため。弱気になるのは駄目だけれど、青春部に入らないと勝負することすら出来ないと思ったから、ララは青春部に入ったのだ。

……この気持ち……。

初めての気持ち。男の子を好きになる、初めての気持ち。初めてだから、分からないこともある。だけど、のんびりはしてられない。ゆっくりはしてられない。

だから、青春部に入った。

「ねぇ。真弓先輩」

「……………………? ん? 何かなぁ? 」

「真弓先輩も……、護のこと、好きなんですよね? 」

「まぁね。だけど、邪魔はしないよ」

「邪魔………………ですか? 」

「そうそう」

真弓は、うんうんと頷いている。自分に言い聞かせるように。そういう風に、ララは見えた。

「七夕パーティー。あったの知ってるよね」

「はい…………。行けなかったですから」

熱が出てしまった。仕方のないことだけど、後悔だ。悔やまれる。あそこに行けていれば、何か変わっていたかもしれない。少なくとも、真弓が青春部に入ろうと思ったのは七夕パーティーに参加してからだと聞いた。本人から。

ということは、何か、大きなことが起きたということ。全体的になのか、真弓的になのか、それは分からないけれど。

「そこで思ったんだよ。私は。邪魔はしないってね」

「それは、どういう意味……ですか? 」

「んー? そのままの意味だけど……? 」

……?……。

そのままの意味。それは何を指しているのか。

邪魔をしない。その言葉を普通に受け取れば、皆の邪魔をしない。皆の恋の邪魔をしない。そういうことになる。でも、それなら、青春部に入る意味がない。これまで通り、外から眺めていればいいだけだからだ。だが、真弓はそうしていない。

「ねぇ。ララちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「僕で答えられる範囲なら……」

「ララちゃんは、本当に護のことが好き? 」

「もちろんですっ!! 」

声が大きくなってしまう。それだけ、この気持ちに嘘はないということ。

「そう。ありがと」

優しさに惚れた。好きにならないと、そう決めた男の子だった。でも、無理だった。好きになってしまった。勝てるかどうか分からない勝負に挑むことになった。

……大好き……。

この気持ちを前面に。想いは伝えてある。後は、どうすればいいのか。護からの返事を待つだけである。



「ねぇ? 護」

俺の腕の中にいる悠樹が、甘い声で俺を呼ぶ。いつものような、凛とした声ではない。完全に、こちらに甘えているような声だ。これまでに見たことがないような悠樹がそこにいて、揺さぶられる。

「なんですか? 悠樹」

「大好き」

甘えた声で、そう言う。なんというか、もう、どうしようもない。こんなのが、さっきから何度も続いている。

「俺も、大好きです」

その度に、答える。この気持ちに嘘はない。嘘なんてない。

「えへへ」

悠樹は嬉しそうに、本当に嬉しそうに微笑む。この笑顔、こんな笑顔を俺に向けてくれるなんて。最初、出会った頃を思えば、想像出来なかった。

時計の音が部屋に響く。それにプラスして、お互いの鼓動。密着している。抱き合っている。ドキドキとしている。それまでも、聞こえている。聞こえたとしても、恥ずかしくはない。

この状態がしばらく続くと、悠樹がまた、大好きと言ってくれる。そして俺が答える。で、また、何も喋らない時間。

これを、どれくらい繰り返しただろう。十分? 二十分? 三十分? 分からなくなってしまうくらい、俺達はこうしている。

俺の腕の中にいる悠樹の、鼓動が聞こえる。吐息の音が聞こえる。近くにいるから、聞こえる。

「ねぇ? 護? 」

少し違う。語尾の雰囲気が少し変わった。

「なんです? 」

「キス………………………………しよ…………? 」

「…………………………………っ!! 」

しようと思えばいつでも出来る距離にいながら、そんなにとも近づいているというのに、悠樹は、上目遣いで聞いてくる。聞かなくてもいいのに。お互いの想いが通じ合っているというのに。

「別に質問なんていりませんよ……。俺が、この状況で断るわけがないじゃないですか」

「分かってる。でも、言ってみたかった。許して……? 」

「分かっています」

「じゃ……………………、しよ…………? 」

「はい」

悠樹が目を瞑った。目を閉じて、俺に抱きついたまま。そこだけは変わらない。

……俺から……。

恥ずかしい。めっちゃくちゃ恥ずかしい。まぁ、そりゃ、こういう時は男からだろうが。心の準備が。というか、準備というより、こういうのはもう勢いに身を任せるのかな。時には、勢いは必要だ。この場において考えないといけないけれど、理性が邪魔をしてくる。理性なんてものは、どうでもいい。




……ドキドキしている……。

護が? 悠樹が? もちろん、どっちもだ。

悠樹は、自分の鼓動がいつもより速いことを感じている。そして、護の鼓動が速いことを。護に抱きついている。抱かれている。だから、感じることを出来る。

目を瞑る。護を待つ。

……キス……。

キス。恋愛において、意味を持つもの。キス。キスをするだけで、想いが通じる。言葉がいらなくなる。

……護と……。

キスをする。これから、護とキスする。

顔を近づけて、距離も近づけて、これまで以上に。護との関係を特別なものにする。強固なものにする。

……離さない……。

やっと願いが叶ったのだ。何があっても、離すことはしない。

目を閉じている。だけど、護を感じることは出来る。護の鼓動は、さらに速くなっている。

ここまでこれた。

葵、心愛、薫。青春部に護を含めて四人で入ってきたその時、悠樹は思っていた。この三人は、護のことが好きなんだと。その予想は見事に的中した。

三人が護のことを好きだということを知りながら、悠樹は、護に惚れた。護に惹かれた。

勝てるかどうかも分からない。もしかしたら最初から負けが決まっていたかもしれない試合に、悠樹は挑んだのだ。

だって、自分の気持ちに嘘をつけなかったから。自分に正直になりたかったから。

……正直に……。

なることが出来ただろうか。

気持ちには、想いには、正直になっている。でも、それだけだ。他のことは、まだ。隠していることもある。

話さないといけない。そのことを。

今のこの関係は、話せるようになったともいえる。

悠樹は後ろめたい気持ちを持っていた。ようやく、それを取り払うことが出来るのだ。

「悠樹………………………………………………」

護の声がする。自分を呼んでくれている。なら、返さないと。

「護…………。ん…………………………っ」

……きた……。

護が。護の唇が。護のキスが。

「悠樹…………」

少し触れ合うだけのキス。一秒くらいのキス。たったそれだけのキス。

それでも、距離がぐっと縮まった。そんな気がする。

……でも……。

「足りないよ……………………。護…………………………」

それだけで満足はできない。

「ん…………………………っ!!ちゅ……むちゅ……」

離れてすぐ、もう一度、悠樹は護を求める。離れたくない。そういう意思表示。

それだけ、それだけ。

護はなにも抵抗しない。

「んちゅ…………」

……また……。

鼓動がはやくなった。二人とも。

「はぁはぁ………………………」

息が荒くなる。悠樹としては珍しいこと。護が悠樹をそうさせた。

「ありがとう……」

悠樹は礼を言う。自分を変えてくれた護に。

色々変わった。積極的になれた。前に比べて、人と関わるようになった。

関われなかったのだ。昔は。

隠してることがバレるのではないか。そういうことを恐れていた。恐れていたから、関われなかった。

今でも、少しは怖い。でも、護になら言える。言えるようになった。そういう関係になることが出来た。ようやく、ここまで辿り着けた。

……皆にも……。

護だけではなく、青春部の皆にも言わないといけない。まだ先でいいかもしれないけれど、言わないと。

青春部。仲間。大切な仲間。護とのきっかけを作ってくれた、大切な仲間。

嘘はいけない。真実を言わないと。これまでではない。これからのことを考えて。

「あ………………」

護から離れる。いつまでも抱き合ったままでは、護が帰ってしまう時、駄々をこねてしまいそうだから。

……暑い……。

冷房は効いているけれど、汗をかいている。それは、護も。互いに密着していたから。

「汗、かいてしまいましたね……」

「うん」

少しだけ、ベトベト。

三時を回って、もうすぐ四時。そろそろ、時雨と氷雨も帰ってくるかもしれない。

「お風呂、入る?」

「い、いえ…………。大丈夫ですよ」

時間も時間だ。家に戻って入る。そういうことなのだろう。

「遠慮しなくてもいい………………よ? 」

強制はしない。ただ、もう少しだけ、ここにいてほしい。一緒にいてほしい。この家にいてほしい。

「遠慮はしてませんよ……。だからこそ、大丈夫って……」

「むぅ…………」

……仕方ない……。

諦める。まだまだ時間はあるのだ。ゆっくり、ゆっくりと。

「じゃ、もう……帰るの? 」

「そう…………なりますかね……」

だけど、やっぱり護といたい。

「悠樹……。もう一回、こっちにきてもらえます? 」

「ん……? 」





俺は、もう一度、悠樹を抱き寄せる。さっきは驚いた様子を見せていた悠樹だったが、今は違う。

……ふぅ……。

理性を抑える。こうすることによって。満足することによって。

お風呂を貸してもらう。それは避けたい。

悠樹のことだから、時間短縮とか言って、一緒に入ろうとするはずだ。

それは嬉しい。男としては嬉しいことなのだろうが、今、この後、一緒にお風呂にでも入ったりなんかしてしまった時は、自分を保てる自信がない。

だから、もう一回、悠樹と抱き合う。

お互い、何も言わない。想いは通じてるから。

……ふぅ……。

もう一度、息を入れる。気持ちを落ち着かせる。ストッパーを外すことは簡単だ。しかし、制御するのは難しい。改めて、理解した。

「それじゃぁ、帰ります」

「ん」

ゆっくりと、悠樹から離れる。

もうすぐ四時になる。長い時間悠樹の家に居たわけではないけれど、お互いに満足だ。

……彼女、か……。

悠樹が、俺の彼女になる。

選ぶのには時間がかかった。保留にした問いに対して答えを出すのに、苦労した。悩むこともあった。

……偽善か……。

一人しか選べない。あたりまえのこと。一人しか選べないから、悩む。真剣になる。他の人のことまで考えてしまう。

本当なら、考えなくてもいいことなのかもしれない。一人を好きになったらその人のことだけを考えて、他を顧みない。そんなのだも良かったかもしれない。

でも、俺は、そうできなかった。

自然と、無意識に、他の人のことを考えてしまっていた。

「護? 帰るんでしょ? 」

「あぁ、はい……」

いかん。ぼーっとしてしまう。こういうことを考える時はぼーっとなる。いつもの癖だ。こういうので、何を考えてるのかバレたりするんだろうなぁ……。

悠樹の部屋から出て左側が玄関。玄関から近い位置にある。

「護」

「はい? 」

靴を履こうと屈んだその時、悠樹が後ろから声をかけてくる。

「ありがと」

礼の言葉。何回聞いたか分からないほど。

「はい」


……ありがと……。

付き合ってくれて。プレゼントくれて。二重の意味以上の意味が、そこにある。

……本当に……。

ありがとう。

その言葉しか出てこない。

「またね。護」

「はい」

護は頷くだけ。それでいい。

護が玄関の扉を開ける。開いたその先から、風が流れ込んでくる。生温かい風だ。

「それじゃ」

護が一礼する。

「ん」

同じように、悠樹は頷きを返す。

……ありがど……。

そして、心の中で礼を言う。

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