大好きの気持ち
……もう本当に……。
「ずるいですよ。悠樹は…………」
何回言っただろうか。悠樹に対してずるい、と。どれくらいそう思ったのだろうか。
悠樹の告白。受けるのは同じ言葉を返せばいい。
だけど、それが難しい。難しかった。だから、俺は、今まで、悠樹だけではなく、他の人の告白も保留にしてきたのだ。
誰のことが一番好きなのか。それを決めるのが難しかった。決めるだけではない。その後のこともある。
だって、選べるのは一人だけなわけで、選ばれない人がいる。皆、俺のことを想ってくれている。選ばないということは、その気持ちを否定することになるのだ。
俺は、それが嫌だった。決める、何か決定的なものが欲しかった。
そういうものがあれば、決められると思っていた。
予想通りに。
「悠樹…………………………」
「ま、まも…………っ!護…………っっ!!? 」
悠樹の目をしっかり見て、それから、俺は、悠樹を抱きしめた。悠樹はそれを求めていたのかなって思っていたが、悠樹はすごい動揺している。
「ずるいですよ……。本当に…………」
「護……」
小さい。悠樹は小さい。強く抱きしめすぎると、壊れてしまいそうだ。優しく、優しく。柔らかく、柔らかく。
この時だけでも、悠樹の気持ちはかなり伝わった。
「断れないですよ。そんなに言われたら……………………」
「護…………」
少しだけ、力を込める。それに合わせるように、悠樹の手の感触が背中から伝わってくる。
「悠樹。ありがとう。俺のこと、こんなに想ってくれて……」
自分で言うのも、なんか恥ずかしいけど。
「うん…………。護、好き……」
「ありがとう」
「本当に、好き。いつまでも……。絶対に……この気持ちは変わらない」
真剣。悠樹の真剣さが伝わってくる。これで断るなんて、無理な話じゃないか。
悠樹以外が真剣じゃないとか、そういうことではない。決して、そういうことではないのだ。
「好きですよ。悠樹、大好きです」
「うん……っ!うん…………っ!!
」
好きから大好きに。そこに変える必要があった。そうしないといけなかったら、悩みがあった。どうしようかと悩んでいた。これからは、そのことで悩まなくてもいいだろう。
……ん……?
沙耶は、自室にいる沙耶は、お昼寝をしていた沙耶は、何かを感じた。そして、そのせいで目が覚めた。
「ん……………っ……はぁ……」
寝過ぎたかなぁ、と沙耶は心の中で思う。
護が帰ってくる気配がなかったから、昼寝をしていた。何もすることがなかったから。
「もう四時…………」
日中より暑さはマシになっているだろうが、その暑さは、感じる暑さは、そんなに変わらない。夏。夏は嫌いではないが、暑すぎるのは嫌いだ。
「まだかなぁ……。護は……………………」
今日は終業式。お昼には終わる。そのまままっすぐ家に帰ってくるとは思ってなかったけれど、護がいないと少し寂しくなる。
護がいないと寂しいのだ。だから、一人暮らしをやめて戻ってきた。耐えて、頑張って耐えていたが、限界がきた。
護との時間を増やすために。しかし、沙耶が思っていたほど、護といれる時間は増えていない。
そんなの、理由は一つしかない。護に友達が増えてるから。女友達が増えてるから。
「どうしたものか…………」
護に友達が増える。それは当たり前のこと。何もおかしくはない。女友達ばかり増えていたとしても、それはおかしくないとも言える。
……そうは思いたくないけど……。
沙耶は、苦笑する。高校に入ってから、それに拍車がかかっているような気がする。より距離が近付きやすいのか。その場にいないから分からないけれど、おそらく、そういうことなのだろう。
「護は………………」
誰を選ぶのだろうか。誰を好きになるのだろうか。誰を大好きになるのだろうか。
……決めにくいだろうねぇ……。
沙耶は知っている。誰が護に好意を寄せているのか。全員では無いかもしれないが、知ってる。告白だって受けてる。その上で、誰を選ぶのか。
……はぁ……。
今でも少なくなりつつある護との時間。護が勝負をつけてしまえば、その時間はますますへってしまう。
「どうしたらいいんだろうねぇ……………」
この気持ちを。報われない、この気持ちを。どうやっても叶わない、叶うことがない気持ちを。
頑張ったところでそれは認められはしない。絶対にだ。
だから、沙耶は応援するしかない。護が選ぶであろう誰かを。
「さってと……」
勢いをつけて起き上がる。寝ていてはダメだ。たとえ、護がまだ帰ってこないとしても。
「あ…………………………………………うわぁ………………」
悠樹の友達であり親友である麻依は、自室で、スケジュール帳をパラパラと眺めてた麻依は、頭を抱える。
「最低だ……。私…………………………」
今日は何の日か。七月二十日が何の日か。分かっていなかったわけではない。ちゃんと書き込んでいた。それなのに、忘れていた。
「どうしよ………………………………」
悠樹の誕生日。今日は、悠樹の誕生日。大切な日。大切な日なのに、忘れてしまっていた。それはもう、どうしようもない事実。
もう時間は四時を回っている。この時間からはどうしようもない。
「しっかり……書いてたのに……………………」
しっかりと、しっかりと、悠樹の誕生日と書いて、その周りをグルグルとピンクのペンで囲みまでしているのに。
「なんでかなぁ……………………」
何で忘れてしまったのだろうか。プレゼントも用意してない。もう、本当に、最悪だ。友達として、親友として、誕生日を忘れるなんてしてはいけないこと。
「……………………………………はぁ………………」
ガックリと肩を落とす。気が落ち込む。
……今頃は……。
何をしているのだろうか。誰かに祝ってもらったりしているのだろうか。
そういえば、終業式の後のホームルームが終わってすぐではなかったが、教室から出ようとキョロキョロとしていた。何か、用事があったのだろう。
それは、おそらく、誕生日に関わること。
青春部の皆に祝ってもらったのだろうか。それとも。
……護君……。
だけに祝ってもらってるのだろうか。その可能性だってある。もちろん、麻依は、悠樹の気持ちを知っている。応援している。
……もし……。
麻依が想像している通り、悠樹が護と二人きりで過ごしているのなら、護に誕生日を祝ってもらっているなら。
……仕掛けた……。
そう考えることが出来る。
七夕パーティーに参加してみて、護の優しさを実感して、悠樹が好きになるのも分かった。他の青春部の皆も。
だからこそ、仕掛けることが必要だ。勝負にでないといけない。そうしないと、勝てない。
……悠樹ちゃんは……。
勝ちにいったのだ。勝負を終わらせにいったのだ。
悠樹は負けず嫌いだ。恋愛に関してはどうなのかそこは知らないけれど、おそらく、そこもその負けず嫌いが発揮されるわけだろう。
……なら……。
もう決まってる可能性もある。負けず嫌いということは、押せるということ。自分の気持ちを前面に押し出せるということ。それは、一番の利点だ。自分の想いを知ってもらわないと、始まらない。
「大好き、か……………………」
悠樹の口から聞いたことがある。護が大好きだと。
「大丈夫…………。悠樹ちゃんなら…………」
真剣なその気持ち。それを、麻依は直に感じている。言葉でも聞いている。気持ちも知っている。悠樹に勝機があると思っている。
だから。
友達として、親友として。
「頑張ってほしいなぁ……………………」
「お…………………………? 」
真弓の髪飾りが、自分の前を歩いている、仲睦まじい二人を見て、反応する。ぴょこんと。
図書室に寄って、帰ろうとしていた真弓。昇降口へと向かう廊下。
「ララちゃん。ランちゃん」
少し離れているから、少しだけ大きい声を出してみる。時間も時間で部活終わりの人がいて、小さい声だと届かないような気がしたから。
真弓の声に、二人は足を止める。
二人にこちらに来させるのも悪いので、真弓は自分から二人の元へ。生徒の間をぬっていく。
「端に寄ろっか」
廊下の真ん中。この場所で喋ってしまうと邪魔になる。端なら邪魔にはならない。
「どうかしたんですか? 狩野先輩」
金色の髪をかきあげながら、ランは聞いてくる。その表情。何か、急いでるような、そんな表情。寄ったその端、その壁の上方には時計が掛けられていて、真弓の芽を見る前に、ランはそこに目を向けていた。
「急いでる? それなら、また今度ってことにする? 」
「あ、いえ……。そういうわけでは…………」
ランはちょっと慌てた風だ。そう否定していながらも、また時計を見ている。
「ほら、また見てる……………………」
「あ…………う………………」
「先に帰ってもいいんだよ?ラン」
ララが昇降口の方を指差す。急いでることに間違いはないようだ。
「だけど……………………」
「大丈夫だよ。そんな急な用ではないから」
「本当ですか………………? 」
心配そうなラン。
「ほんと。ほんと」
「真弓先輩の話は、僕が聞いておくから、ランは先に」
「う、うん…………」
真弓とララで、ランの背中を押す。呼び止めたのには、あまり理由がないのだ。見つけたから呼んでみた。それだけなのだ。急いでるというなら、それが優先だ。
「ごめんなさいっ。狩野先輩」
「気にしなくていいよ。急いでるんでしょ?ほら」
「は、はい…………」
ぺこりと頭を下げたランは、すぐに走っていった。そんなランの後ろ姿を、ララと真弓は見送る。
「ララちゃんは帰らなくてもいいの? 」
「僕は大丈夫です。用事ないですし、それに、真弓先輩」
「何かな? 」
「何か話したいことがあるのなら、僕に、じゃないんですか? ランではなくて」
……へぇ……。
「どうして気づいたのかなぁ」
理由はない。理由はないというのは、別に、今聞く理由がないということ。いつでも聞けるということ。
「同じ想いを持っていますから」
はっきりと、ララは言った。その目は真剣そのものだ。どこか男の子っぽいと思っていたけど。
……しっかり女の子じゃない……。
自分で言っておきながら、少し顔を赤らめている。少し恥ずかしそうにもしている。
「へぇ。そこまでバレてるの? びっくり」
「青春部に入った。その点で分かり……ます」
「なるほどねぇ」
……それもそうか……。
七夕パーティーに参加して分かった。皆が皆、護に恋してるのだと。当然、そこに混ざった自分も、護に恋しているということになる。
ララは自分で言った。自分から言った。同じ想いを持っている、と。
……恥ずかし……。
色んな意味で。自分の想いを真弓に伝えたことにもなるし、相手の気持ちを知っているということも、同時に相手に伝えている。
青春部への参加。もちろん、勝負に出るため。弱気になるのは駄目だけれど、青春部に入らないと勝負することすら出来ないと思ったから、ララは青春部に入ったのだ。
……この気持ち……。
初めての気持ち。男の子を好きになる、初めての気持ち。初めてだから、分からないこともある。だけど、のんびりはしてられない。ゆっくりはしてられない。
だから、青春部に入った。
「ねぇ。真弓先輩」
「……………………? ん? 何かなぁ? 」
「真弓先輩も……、護のこと、好きなんですよね? 」
「まぁね。だけど、邪魔はしないよ」
「邪魔………………ですか? 」
「そうそう」
真弓は、うんうんと頷いている。自分に言い聞かせるように。そういう風に、ララは見えた。
「七夕パーティー。あったの知ってるよね」
「はい…………。行けなかったですから」
熱が出てしまった。仕方のないことだけど、後悔だ。悔やまれる。あそこに行けていれば、何か変わっていたかもしれない。少なくとも、真弓が青春部に入ろうと思ったのは七夕パーティーに参加してからだと聞いた。本人から。
ということは、何か、大きなことが起きたということ。全体的になのか、真弓的になのか、それは分からないけれど。
「そこで思ったんだよ。私は。邪魔はしないってね」
「それは、どういう意味……ですか? 」
「んー? そのままの意味だけど……? 」
……?……。
そのままの意味。それは何を指しているのか。
邪魔をしない。その言葉を普通に受け取れば、皆の邪魔をしない。皆の恋の邪魔をしない。そういうことになる。でも、それなら、青春部に入る意味がない。これまで通り、外から眺めていればいいだけだからだ。だが、真弓はそうしていない。
「ねぇ。ララちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「僕で答えられる範囲なら……」
「ララちゃんは、本当に護のことが好き? 」
「もちろんですっ!! 」
声が大きくなってしまう。それだけ、この気持ちに嘘はないということ。
「そう。ありがと」
優しさに惚れた。好きにならないと、そう決めた男の子だった。でも、無理だった。好きになってしまった。勝てるかどうか分からない勝負に挑むことになった。
……大好き……。
この気持ちを前面に。想いは伝えてある。後は、どうすればいいのか。護からの返事を待つだけである。
「ねぇ? 護」
俺の腕の中にいる悠樹が、甘い声で俺を呼ぶ。いつものような、凛とした声ではない。完全に、こちらに甘えているような声だ。これまでに見たことがないような悠樹がそこにいて、揺さぶられる。
「なんですか? 悠樹」
「大好き」
甘えた声で、そう言う。なんというか、もう、どうしようもない。こんなのが、さっきから何度も続いている。
「俺も、大好きです」
その度に、答える。この気持ちに嘘はない。嘘なんてない。
「えへへ」
悠樹は嬉しそうに、本当に嬉しそうに微笑む。この笑顔、こんな笑顔を俺に向けてくれるなんて。最初、出会った頃を思えば、想像出来なかった。
時計の音が部屋に響く。それにプラスして、お互いの鼓動。密着している。抱き合っている。ドキドキとしている。それまでも、聞こえている。聞こえたとしても、恥ずかしくはない。
この状態がしばらく続くと、悠樹がまた、大好きと言ってくれる。そして俺が答える。で、また、何も喋らない時間。
これを、どれくらい繰り返しただろう。十分? 二十分? 三十分? 分からなくなってしまうくらい、俺達はこうしている。
俺の腕の中にいる悠樹の、鼓動が聞こえる。吐息の音が聞こえる。近くにいるから、聞こえる。
「ねぇ? 護? 」
少し違う。語尾の雰囲気が少し変わった。
「なんです? 」
「キス………………………………しよ…………? 」
「…………………………………っ!! 」
しようと思えばいつでも出来る距離にいながら、そんなにとも近づいているというのに、悠樹は、上目遣いで聞いてくる。聞かなくてもいいのに。お互いの想いが通じ合っているというのに。
「別に質問なんていりませんよ……。俺が、この状況で断るわけがないじゃないですか」
「分かってる。でも、言ってみたかった。許して……? 」
「分かっています」
「じゃ……………………、しよ…………? 」
「はい」
悠樹が目を瞑った。目を閉じて、俺に抱きついたまま。そこだけは変わらない。
……俺から……。
恥ずかしい。めっちゃくちゃ恥ずかしい。まぁ、そりゃ、こういう時は男からだろうが。心の準備が。というか、準備というより、こういうのはもう勢いに身を任せるのかな。時には、勢いは必要だ。この場において考えないといけないけれど、理性が邪魔をしてくる。理性なんてものは、どうでもいい。
……ドキドキしている……。
護が? 悠樹が? もちろん、どっちもだ。
悠樹は、自分の鼓動がいつもより速いことを感じている。そして、護の鼓動が速いことを。護に抱きついている。抱かれている。だから、感じることを出来る。
目を瞑る。護を待つ。
……キス……。
キス。恋愛において、意味を持つもの。キス。キスをするだけで、想いが通じる。言葉がいらなくなる。
……護と……。
キスをする。これから、護とキスする。
顔を近づけて、距離も近づけて、これまで以上に。護との関係を特別なものにする。強固なものにする。
……離さない……。
やっと願いが叶ったのだ。何があっても、離すことはしない。
目を閉じている。だけど、護を感じることは出来る。護の鼓動は、さらに速くなっている。
ここまでこれた。
葵、心愛、薫。青春部に護を含めて四人で入ってきたその時、悠樹は思っていた。この三人は、護のことが好きなんだと。その予想は見事に的中した。
三人が護のことを好きだということを知りながら、悠樹は、護に惚れた。護に惹かれた。
勝てるかどうかも分からない。もしかしたら最初から負けが決まっていたかもしれない試合に、悠樹は挑んだのだ。
だって、自分の気持ちに嘘をつけなかったから。自分に正直になりたかったから。
……正直に……。
なることが出来ただろうか。
気持ちには、想いには、正直になっている。でも、それだけだ。他のことは、まだ。隠していることもある。
話さないといけない。そのことを。
今のこの関係は、話せるようになったともいえる。
悠樹は後ろめたい気持ちを持っていた。ようやく、それを取り払うことが出来るのだ。
「悠樹………………………………………………」
護の声がする。自分を呼んでくれている。なら、返さないと。
「護…………。ん…………………………っ」
……きた……。
護が。護の唇が。護のキスが。
「悠樹…………」
少し触れ合うだけのキス。一秒くらいのキス。たったそれだけのキス。
それでも、距離がぐっと縮まった。そんな気がする。
……でも……。
「足りないよ……………………。護…………………………」
それだけで満足はできない。
「ん…………………………っ!!ちゅ……むちゅ……」
離れてすぐ、もう一度、悠樹は護を求める。離れたくない。そういう意思表示。
それだけ、それだけ。
護はなにも抵抗しない。
「んちゅ…………」
……また……。
鼓動がはやくなった。二人とも。
「はぁはぁ………………………」
息が荒くなる。悠樹としては珍しいこと。護が悠樹をそうさせた。
「ありがとう……」
悠樹は礼を言う。自分を変えてくれた護に。
色々変わった。積極的になれた。前に比べて、人と関わるようになった。
関われなかったのだ。昔は。
隠してることがバレるのではないか。そういうことを恐れていた。恐れていたから、関われなかった。
今でも、少しは怖い。でも、護になら言える。言えるようになった。そういう関係になることが出来た。ようやく、ここまで辿り着けた。
……皆にも……。
護だけではなく、青春部の皆にも言わないといけない。まだ先でいいかもしれないけれど、言わないと。
青春部。仲間。大切な仲間。護とのきっかけを作ってくれた、大切な仲間。
嘘はいけない。真実を言わないと。これまでではない。これからのことを考えて。
「あ………………」
護から離れる。いつまでも抱き合ったままでは、護が帰ってしまう時、駄々をこねてしまいそうだから。
……暑い……。
冷房は効いているけれど、汗をかいている。それは、護も。互いに密着していたから。
「汗、かいてしまいましたね……」
「うん」
少しだけ、ベトベト。
三時を回って、もうすぐ四時。そろそろ、時雨と氷雨も帰ってくるかもしれない。
「お風呂、入る?」
「い、いえ…………。大丈夫ですよ」
時間も時間だ。家に戻って入る。そういうことなのだろう。
「遠慮しなくてもいい………………よ? 」
強制はしない。ただ、もう少しだけ、ここにいてほしい。一緒にいてほしい。この家にいてほしい。
「遠慮はしてませんよ……。だからこそ、大丈夫って……」
「むぅ…………」
……仕方ない……。
諦める。まだまだ時間はあるのだ。ゆっくり、ゆっくりと。
「じゃ、もう……帰るの? 」
「そう…………なりますかね……」
だけど、やっぱり護といたい。
「悠樹……。もう一回、こっちにきてもらえます? 」
「ん……? 」
俺は、もう一度、悠樹を抱き寄せる。さっきは驚いた様子を見せていた悠樹だったが、今は違う。
……ふぅ……。
理性を抑える。こうすることによって。満足することによって。
お風呂を貸してもらう。それは避けたい。
悠樹のことだから、時間短縮とか言って、一緒に入ろうとするはずだ。
それは嬉しい。男としては嬉しいことなのだろうが、今、この後、一緒にお風呂にでも入ったりなんかしてしまった時は、自分を保てる自信がない。
だから、もう一回、悠樹と抱き合う。
お互い、何も言わない。想いは通じてるから。
……ふぅ……。
もう一度、息を入れる。気持ちを落ち着かせる。ストッパーを外すことは簡単だ。しかし、制御するのは難しい。改めて、理解した。
「それじゃぁ、帰ります」
「ん」
ゆっくりと、悠樹から離れる。
もうすぐ四時になる。長い時間悠樹の家に居たわけではないけれど、お互いに満足だ。
……彼女、か……。
悠樹が、俺の彼女になる。
選ぶのには時間がかかった。保留にした問いに対して答えを出すのに、苦労した。悩むこともあった。
……偽善か……。
一人しか選べない。あたりまえのこと。一人しか選べないから、悩む。真剣になる。他の人のことまで考えてしまう。
本当なら、考えなくてもいいことなのかもしれない。一人を好きになったらその人のことだけを考えて、他を顧みない。そんなのだも良かったかもしれない。
でも、俺は、そうできなかった。
自然と、無意識に、他の人のことを考えてしまっていた。
「護? 帰るんでしょ? 」
「あぁ、はい……」
いかん。ぼーっとしてしまう。こういうことを考える時はぼーっとなる。いつもの癖だ。こういうので、何を考えてるのかバレたりするんだろうなぁ……。
悠樹の部屋から出て左側が玄関。玄関から近い位置にある。
「護」
「はい? 」
靴を履こうと屈んだその時、悠樹が後ろから声をかけてくる。
「ありがと」
礼の言葉。何回聞いたか分からないほど。
「はい」
……ありがと……。
付き合ってくれて。プレゼントくれて。二重の意味以上の意味が、そこにある。
……本当に……。
ありがとう。
その言葉しか出てこない。
「またね。護」
「はい」
護は頷くだけ。それでいい。
護が玄関の扉を開ける。開いたその先から、風が流れ込んでくる。生温かい風だ。
「それじゃ」
護が一礼する。
「ん」
同じように、悠樹は頷きを返す。
……ありがど……。
そして、心の中で礼を言う。