ふたりきり #1
だけど、好きという気持ちは、大好きだという言葉は、このお礼のようにたくさん言うことはない。
本当に大好きだから言いたいけれど、その気持ちを抑える。だって、もう伝えているから。それに、何度も言ってしまうと、護が困ってしまうことになる。
護を困らせたくはない。護のことが好きだから。護と付き合えれば、付き合うことが出来たら、いくらでも好きだと気持ちを伝えることが出来る。
だから、それまで待つ。
アプローチもするけれど、待つ。行きすぎても駄目。待ちすぎていても駄目。難しいところがある。
恋をしたのが初めてだから、悠樹は迷う。どちらがいいのか。
敵はたくさんいる。仲間だけど敵。
駆け引きが大事。そのことを学んだ。どうすれば自分のアプローチが効果的になるのか。それも考えないといけない。
そのための誕生日会。今までの嫌いだった誕生日を好きになる。そういう目的もあるけれど、護と二人きりのこのチャンス。無駄にはしない。ずっと思っていることだけど。
ぬいぐるみを、護が買ってきてくれた白猫のぬいぐるみを、もう一度見る。
これは自分だけのもの。ふわふわのもふもふ。抱いて寝たりも出来るだろうか。これを護と思ってもいいだろうか。
……何を……。
一体何を考えているのだろうか。
護に出会ってから、思考が変わった。人のことをよく考えるようになった。昔からそうだったけれど、余計にだ。
護はよく、人のことを見て行動している。そんな護の真似をしてみようと、そう思ったから、それを続けているだけ。
護に視線を移す。護もこっちを見ている。
……護……。
護はその姿勢を続けている。悠樹もそのまま。見つめ合う。その時間が続く。目線を外すにも、何か気まずい。お互いがお互いにそらしてくれるのを待っているかのよう。
「ねぇ。護? 隣、座っていい? 」
「え……? ま、まぁ……、構いませんよ」
さっきは対面に座っていた。だけど、護のことをより感じるためには、隣がいい。だから、隣に座る。
「ぴと」
護の隣に座って、護にもたれかかる。本当なら、護の肩の上に頭を乗せたかったけれど、身長の差でそれは出来ない。護の腕にもたれるような形になってしまう。
それで良い。
自分で顔が赤くなっているのが分かる。暑いから。自分の気持ちが高ぶっていることを知っているから。
……ここは……。
この先、何をしようか。何が出来るだろうか。何度でも言うが、ここには悠樹と護しかいない。二人しかいないのだ。
……お、おぅ……。
俺の方にくっついている悠樹。何か、小動物のようにぴったりと。
あぁ、もう、可愛い。可愛いけど、耐えられない。これは耐えられない。いろんな意味で。
肩に頭を乗せる形にはなっていないけど、ふんわりと悠樹の匂いがする。こんなに近づいているのだから、当たり前か。
石鹸の匂い。これは悠樹が使っているシャンプーか。おそらく、しぃも氷雨も同じのを使っているのかな。
「ゆ、悠樹……? 」
「離れない」
「………………え? 」
「護が何を言いたいのか分かる。だから、先に言う。今は護から離れない。離れたくない」
その言葉とともに、悠樹が俺の右手を握ってくる。俺の身体右半分全体が悠樹とくっついてる感じ。
それと、俺の言いたいことはバレてるのか。バレてるというか、このタイミングで言うことがそういうことしかない、ってのもあるが。
「護は離れたいの? 」
……もう……。
「そう言うのはズルいですよ…………。悠樹」
悠樹に握られている手。こちらからも力を込める。悠樹からの力もさらに強くなる。
「分かってる。分かって言ってる」
「もう……………………」
お互いくっついたまま、手を繋ぎあったまま、お互いの体温を確認する感じで、時間がすぎていく。夏だから暑いとか、そんなことを言っている場合ではない。
いろんな意味で上がっている体温を、クーラーの冷房が下げてくれる。ありがたいのか。ありがたくないのか。
時計の針が進む音が聞こえる。自分の心臓の音が聞こえる。いや、もしかしたら悠樹のかもしれない。
悠樹の誕生日会。誕生日会ってのは、本当はどういうことをするものなのだろうか。プレゼントを渡して、その後何をするか。それが分からない。
もっと人数がいたら、もっとワイワイガヤガヤするのだろう。だけど、悠樹の誕生日。悠樹だから、そういうイメージは合わない。静かなイメージ。だからといっても、何も喋らないのが良いわけじゃない。
無理に会話をしなくてもいい。そりゃ、何か話した方がいいだろうけど、悠樹が相手だと、そういうこともしなくてもいいのかな、って思えてくる。悠樹が相手だから、のんびりと気ままでもいいか、って思える。
これが、俺と悠樹の関係かもしれない。
「護の匂いがする」
「そりゃ、くっついてますからね…………」
「私の匂いも、する? 」
「ま、まぁ………………」
「汗臭くは、ない? 」
「だ、大丈夫ですよ。それなら、俺だって…………」
「大丈夫」
学校からの帰り、スーパーまで、スーパーから家に戻る。汗をかくことがたくさんあった。かいた汗が制服に染みたりしてる。もうそれは乾いているが、乾いたらいろいろ臭いが出そうだ。
「護の匂い、好きだから」
護の何もかもが好き。嫌いなところが見つからない。
今後、もしかしたら嫌いなところが見つかってしまうかもしれない。でも、そうなってしまったら、その嫌いを好きになるように努力すればいい。
全部が好きだなんて、普通はありえない。嫌いなところがあるのも普通だ。
だけど、悠樹は護の全てを好きになる。なっている。
この恋愛観は、おかしなところがあるかもしれない。でも、気にしない。気にしてられない。
これは、自分の恋。自分でどうにかしないといけない。他の人が背中を押してくれたりする時だってある。だとしても、頑張るのは自分だ。自分の恋だから、他人がどうこうすることではない。
……すぅ……。
はぁ……。深呼吸。護の匂いが悠樹を刺激する。悠樹の中に護の匂いが染み渡る。
ふと、護を見上げる。横目で。
護はこっちを向いてくれてはいない。白猫のぬいぐるみだったり、お茶だったり、どこかまっすぐだったり、護の視線は色々と動いている。
護の鼓動が聞こえる。護がドキドキしている、という証拠。いや、もしかしたら、これは自分の鼓動かもしれない。自分もドキドキしているから。
護の隣にいることはたくさんあっても、こうやってくっつくことはあまりない。だから、こういう時を大切にする。いろんな意味で。
「護」
……好きだよ……。
「何ですか? 」
「何でもない」
「そ、そうですか…………」
「しばらく、手は握らせて」
「分かりました」
本心は、自分の心の中だけで。後でいくらでも言うことは出来る。それに、一度は伝えている。だから、無理をしなくてもいい。
頑張らないわけではない。頑張らないと、皆に抜かされる。抜かされるのは嫌。護の一番になりたい。その思いは皆一緒だから。
護も大変だし自分達も大変。だけどやっぱり、大変なのは護だ。皆の想いを知ってどうするのか。
恋をする自分達。恋をされる護。悠樹を含め、女の子側。女の子側は、相手のことだけを考えればいい。今回の場合、それは護のことだけを考えていればいいことになる。
しかし、護はそういかない。告白してくれた相手全員のことを考えないといけない。一人だけ、というわけにはいかない。
護は優しい。優しいから迷っている。そんな護の優しさにつけこんでいる。他の人が告白をしたとしても、少しだけ落ち着ける。護は保留するから。
護が大変なことを知っている。だとしても、諦めるわけにはいけない。諦められない。諦められるわけがない。
初めての気持ち。初めての想い。
絶対に諦めない。
さて……、この部屋に無言が流れてどれくらい経ったのだろうか。あぁ、三十分くらいか。
え? その間、ずっと、悠樹とは手を握り合ったままで寄りかかられているままだけど?
そりゃ、だって、言うことは出来ないし。手汗とかヤバい気がするんだけど、大丈夫かな……。
……手持ち無沙汰というか……。
何もすることがない。何も出来ない。
「ねぇ。護? 」
何度目か分からない問いかけ。悠樹は、こういう風に俺を呼ぶことが多いような、そんな気がする。
「何ですか? 」
優しく返す。悠樹の顔を見るわけでもなく、適当な場所を見ながら。
「夏休みは、楽しみ? 」
「はい。もちろん。高校になって始めての夏休みですからね。宿題は大変でしょうけど」
すごい数の宿題が。消化は出来る量だろうが、どれくらい時間がかかるのだろうか。羚とかには、手伝ってくれ、とか言われそう。
ん? まぁ、俺が手伝う必要はないのか。羚には彼女が、しーちゃんがいるわけだし、凛ちゃんも楓ちゃんも、羚に手を貸してくれるはずだ。うん。俺はいらないだろう。
「大変」
「悠樹は、いつもどれくらいで宿題を終わらせてるんですか? 」
「七月中。八月には残さない」
「本当ですか……っ!? 」
「本当」
俺だってそういう風にしたいと頑張りたいと思ったことがあるが、やっぱり無理だった。出来るはずがなかった。今までにできたことがない。これから先も、出来る気がしない。
「宿題だけに集中すればいい」
「それは分かってますけど、やっぱり難しいですよ」
「うん。結構頑張ってる。だけど、今年は無理そう」
「どうしてです? 」
「青春部がある」
「なるほど…………」
悠樹がどういうことを言おうとしてるのか、分かる気がする。
「杏はまだ何も言ってないけど、七月中に何かやってくるはず」
「ですねぇ……」
合宿とか? 杏先輩のことだ。そういったことを考えていたとしても不思議はない。
だけど、合宿。青春部で合宿。一体何をするのだろうか。
「だけど、楽しみだから問題ない。一回くらいは、八月に宿題をやってみてもいい」
「あはは……」
一回くらい。本当に七月中に終わらせてるのか。小学校の頃から。
「宿題、教えてあげる」
「良いんですか? 」
「構わない。数学とか化学とか、たまに難しい問題があったりするから」
「そうなんですか……」
まだ問題をパラパラとしか見てないから、どういったものがあるかは詳しく分からないが、悠樹が難しいというのだから、それなりの難しさなのだろう。
「しぃとひぃはいつも宿題に時間かかってるから、教えてあげたりしてくれるとありがたい」
「悠樹ははやいのに、二人は遅いのですか? 」
「うん」
それは、悠樹が教えてあげても、ということなのだろう。
「護が教える方が新鮮だから、二人もいつもより解けるかもしれない」
「そういうことなら」




