悠樹の誕生日 #5
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
無事に完成して、美味しく食べることができた夏野菜の焼きそば。ちょっとだけ、大変なことがあった。
別に、それほどでもないことかもだけど、カボチャを切った時に勢いよくやりすぎてなすがちょっとだけ流し台に落ちてしまったり、麺を入れて炒めてる時に鶏肉の存在を思い出したり、俺も悠樹も、少しだけ抜けてるところがあった。
いかん、いかん。浮かれている。この状況に。いや、浮かれているのは今だけではない。ずっとそうかもしれない。
何度も何度も思っていることだけど、俺は早く結果を出さないといけない。自分の納得いく結果を。皆が納得いく結果を。
だからこそ、積極的に動いてみたりもしているのだが、何かが変わったわけではない。
青春部としても、ララ、ラン、真弓の三人が入っただけで、何も変わっちゃいない。
変わった方がいいのか。それも分からないけれど。少なくとも、俺は変わる方がいいだろう。変わるべきだ。
でも、どうしたら今までと違う自分になれるのか。それは分からない。
悠樹にそのことを相談したとしたら、変わらなくてもいい、と言ってくれるだろう。悠樹だけではない。他の皆もそう言ってくれる。護は護のままでいい、と。
俺のことを好きだと言ってくれる。
それを、俺は保留にしている。ずっと、だ。何か機会がなかったら、ずっと保留にしてしまいそうなほどだ。悩みすぎている。悩んだところでどうにもならないが、悩まざるを得ない。
「どうかした? 」
顔に出ているのだろう。悠樹はいつものように心配してくれる。こんな悠樹というか、俺にだけ見せてくれるような表情を見れなくなる日が来てしまうのだろうか。
「いえ。お腹いっぱいになってしまって、少しぼーっとしてしまっていただけですよ」
「そう」
嘘はついてない。本当のこと。結構具がたくさんあったから、思っていたよりお腹がふくれてしまった。だから、嘘はついてない。
「片付け今する? 後でする? 」
悠樹は言葉を続ける。
「そうですね…………」
一時を回ったところ。別に後回しにしても問題ないか。時間はある。あっという間に過ぎるであろう時間が。
「後にしましょうか」
「ん。了解。水にだけつけておく」
そう言うなり、悠樹はすぐに俺のお皿も持っていく。自分がやっておく、という意思表示。
自分が座っていた椅子を戻して、悠樹のも戻しておく。後はクーラーの効いた部屋に戻るだけ。その後何をするかは、それから決めたらいい。
「戻ろ? 」
「はい」
「…………護」
部屋に戻ろうとした俺を、悠樹は止める。いつもみたいに、制服の裾を掴んで。
「鞄忘れてる」
「あ、すいません…………」
悠樹から受け取って謝る。
料理を作る前は覚えてたのに。駄目だな。なんか急いでる。そんな必要ないのに。
……ん……?
護の行動が、一瞬ひっかかった。鞄を渡すと、護はすぐ部屋に戻ろうとする。何かを、避けているような、急いでるような、慌ててるような、そんな感じがする。
廊下とリビングとを繋ぐ扉を後手で閉めて、その間にもスタスタと先に行ってしまう護を追いかける。
「護。待って」
何かを考えてる時の護だ。
「急ぎ過ぎ。そんなに急がなくても、時間はまだある」
「す、すいません……」
二度目の謝罪。護は悪くない。
護より前に出て、先に悠樹が部屋の中に入る。
「座って」
自分の机に鞄を置いて護の方を振り返ってみると、まだ護が立っていたから、そう言う。
焼きそばを食べている時はいつも通りだった。食べ終わってそれから。その短時間の間で、護の中で何かが変わっている。
いつもと同じように見えて、どこか違う。小さな違和感がある。
「あ、そうだ。はやめに渡しておきますね。プレゼント」
「いいって言ったのに」
「そんなこと言わずに。悠樹の誕生日なんですから」
「むぅ………………」
鞄を開いた護は、ゴソゴソと何かを取り出そうとしている。
「あ……………………」
プレゼント用の、白と赤でデザインされた長めの紙袋。上の方はもちろんリボンで包装されている。少し大きめのものだろうか。鞄の中に入るよう、この紙袋にしたのだと思われる。
「どうぞ。悠樹」
「ありがと」
……何かな……。
違和感は忘れる。今は、そんなこより目の前のプレゼント。もらえるのは嬉しい。それも、護から。
護の隣にいるだけで、それだけでそれが誕生日プレゼントになりかねてしまいそうなほど、護の隣にいたい。護の隣にいれて、尚且つプレゼントももらえる。嬉しいの二乗。
「開けていい? 」
「もちろん」
綺麗にリボンを取る。護がしたのか、それともお店の人がやったのか。この際、そんなのは問題じゃない。
立ち上がって、袋の中に両手をいれる。それでも普通に引き上げることが出来る。それも考慮してくれたのだろう。御崎高校の通学用鞄はそれほど大きくはない。ギリギリといったところだろう。他のものがあまり入らなかったに違いない。
「猫……………………」
猫。白猫。もふもふとした柔らかい白猫のぬいぐるみが、今、自分の手の上に乗っている。
……あ……。
くりっとしたその可愛い目。そんな目と目が合ったような気がした。
撫でてみる。思った通りの手触り。滑らかでふわふわしててもふもふで。
大きさとしては三十センチくらいか。この大きさも、可愛さを引き出している。持ち歩けないが、家の中で十分に愛でられる。
「ぬいぐるみです。あまり持っていないからどうなんだろうって思ってましたけど、気に入ってもらえたようで良かったです」
護の言う通り、悠樹はそういう類の物を持っていない。買ったこともない。だけど、これは良い。
「ありがと。本当に」
全体を通して、最高。
「高かった? 」
どこに基準を置くか。それで変わるけれど、そんなに安いわけがない。
「そ、そんなことないですよ…………? 」
「本当に……? 」
「何円だった? 」
悠樹は質問を続ける。確かめるために。
「えっと…………。それは…………」
護は目をそらし、口ごもる。そうなると思っての質問だ。
「値段の高い低いを気にしてるわけではない。ただ、知りたいだけ」
そう、そうなのだ。知りたいだけ。
「三八九八円。まぁ、四千円といったところですね……」
安いというわけではない。びっくりするほど高いというわけでもない。護の中の基準として、その四千円という値段が普通だったから、この白猫のぬいぐるみを買ってくれたのだろう。悠樹のために。
「ありがと。護」
再度、礼を言う。いくら言っても足りないくらいだ。
「いえいえ」
尻尾が動いたり耳が動いたり、そういったことはないけれど、それでも可愛さは変わらない。
「少し、大きすぎましたか……? 」
「そんなことない。大丈夫」
白猫の頭の方から尻尾の先までは三十センチ。もっと大きなぬいぐるみがあることだし、それほど、というほどでもない。
「机に飾る」
「邪魔になりませんか? 」
机の幅を少し取ってしまう。けど、問題ない。
「大丈夫。逆にやる気でるかも」
「そうですか。良かったです。本当に」
安堵している護。それほど、悩んでくれたということなのだろう。悠樹のために。
「結構悩んだんですよ」
……やっぱり……。
「アクセサリーとかにしようとも思ったんですけど、それは買ったことがあったじゃないですか」
「うん」
あの日から、髪飾りは護が買ってくれたもの。白の花の髪飾り。それをずっと使っている。護が初めて買ってくれたものだから。
「で、それだと被ってしまうんで他のにしようと思ったんですけど、これがまた、なかなか見つからなくて…………」
「ぬいぐるみ」
「はい。このぬいぐるみは少しピンってきたんですよ。悠樹がこれを持っていたら可愛いな、って。気に入ってもらえるか、そこだけが心配で」
可愛い。それは、どっちにかかっているんだろうか。聞かないことにしておく。
逆に、悠樹としては、ぬいぐるみ売り場にいる護を想像すると、護が可愛く思えてくる。
立ったままだった悠樹は、そのまま机の上に置きにいく。右端上。電気スタンドが置いてある正反対の場所に置く。
「本当にありがと。護」
何度目か分からない礼。本当にそう思ってる場合、かなり口から出てしまうんだなぁ、って、悠樹は自覚した。
「照れますよ。そんなに言われたら」
「本当に思ってるから」
言葉にしすぎるのはいけない。それは分かっている。陳腐になってしまうから。でも、言わざるを得ない。




