悠樹の誕生日 #4
「まぁ、着なくても料理は出来ますし」
「ん」
護のエプロン姿を見てみたいような気がするが、仕方ない。また、別の機会。チャンスは作ればいい。
さて、料理の開始。護の隣でやるのは二回目。二回目だけど、新鮮。あの時は、まだ今みたいに想いが強くなかったから。
「包丁二本ありますか? 」
「大丈夫。三本ある」
悠樹、時雨、氷雨。これで三つ。氷雨の包丁を護に渡す。
「ありがとうございます」
パプリカ、セロリ、玉ねぎ、を悠樹が。なす、ピーマン、カボチャを護が。カボチャは硬いから、護が、だ。
「あ、なす……、アク抜きするんですか? 」
「………………。必要なの? 」
「…………………………」
「…………………………」
護がポカンとすると同時に、無言の時が流れる。
「料理するんですよね……………………? 悠樹は」
「する。大丈夫。しなくて大丈夫……。炒めるわけだし…………。多分」
「多分って言いましたね…………」
「だって、知らないもん………………」
「まぁ、俺だって知らないわけですが…………」
「気にしなくてもいい。美味しく出来る……」
……はず……。
アク抜きなんて、気にしたことがなかった。今までしたことなかったから、別にやらなくても大丈夫。大丈夫。二人で作るのだ。不味くはならない。
「分かりました」
……玉ねぎから……。
護が始めたので、自分も。面倒なやつからやっていく。
玉ねぎを切ると、涙が出てくる。それは、硫化アリルという成分が理由。よく切れる包丁ですばやく切れば硫化アリルの発散が抑えられるし、冷やしてから切ると、涙が出にくくなったりする。
玉ねぎが疲労回復に効果があったりするのは、この硫化アリルが関係していたり。 血中のコレステロールの増加を抑えたり、胃液を多く分泌したり、発汗促進、などなど。玉ねぎについて悠樹が知ってるのはこれくらい。これ以上の詳しいことは知らない。
あまり涙が出ないように、だから、素早く。でも、玉ねぎの栄養の多くは外皮にあるから、切りすぎないように。
「………………危ない」
ちょっと目をこすろうとして、慌てて止まる。せっかくあまり泣かないようにとしているのに、目をこすってしまったら逆効果だ。
「あ、護? 」
「はい? 」
「六ミリくらいにスライスしといて」
「分かりました」
これを伝えておくのを忘れていた。大きさは揃える。全ての野菜の。
さて、はやく取り掛かろう。悠樹の手際の良さに見とれている場合ではない。
素早い手つきで玉ねぎを処理している悠樹。のんびりやるとその分涙が出やすくなるからだろう。はやくやればやるほど、それは軽減される。まぁ、それでも、悠樹の目には少し涙が浮かんでいる気がする。
……やろ……。
はやくやろうと思ったばかりなのに、すぐに意識が悠樹に持っていかれてしまう。いかんいかん。でも、まぁ…………。なんでもない。
アク抜きの必要がなくなったなす。時間の短縮は出来る。
まぁ、する必要はないのか。母さんが料理する時はいつもアク抜きしてたから必要なのかと思ったけれど、悠樹の反応を見る限り、絶対の必要はないみたいだ。
焼きそばだし、悠樹も言ったが炒めるわけだし、若干不安ではあるが、しなくてもいいだろう。炒めてしまえば一緒だろう。それに、不味くはならないはずだ。
へたとがくの境目で切る。そして、切り落とさずに包丁でぐるりと切り目を入れて、へたの部分をむき取る。煮たりするわけではないが、がくを取っておくか。
真ん中でなすを半分にして、後は斜めに薄く切っていく。六ミリくらいに、って言われたからそれくらいに。
前回も焼きそばを作ったし、今回も焼きそば。何か、あれだな。上手くは説明できないけれど。何か、良い。同じことを出来るというのは。
「悠樹」
「何? 」
「今度は、手を切らないでくださいね? 」
「分かってる。同じことはしない」
なんとなく、そう言っておいた方が良いような気がした。前と同じということで。まぁ、本当に同じことをやらかすとは思ってないけれど。
二人分だし、そんなに切らなくてもいい。二人分。おかわりとかするだろうけれど、作りすぎたら食べられなくなる。よく食べる二人だけれど。
「あ、カボチャは半分だけ置いといて」
「分かりました」
近いうちに使うから、と付け足す悠樹。俺の横には丸々カボチャが一個ある。半分だけでも、まぁ、十分なくらいか。焼きそばにカボチャを使うのは初めて。どれくらい合うのだろうか。ちょっとだけた、楽しみ。
次はカボチャだ。カボチャ。ピーマンがあるが、そんなものは後にしよう。この硬そうなカボチャをやろう。
……さてと……。
どうするか。切るだけでも面倒なカボチャ。電子レンジで五分くらい温めると、あの硬い皮が柔らかくなってくれたりするのだが、今回は半分しか使わないわけだから、それは出来ない。残す半分も温めてしまうことになるからだ。半分に切ってからチンしよう。
まぁ、普通にしても切れるわけだけど、力が必要だ。
あ、ちなみに、包丁が三人分あるということは、まな板も三個ある。なかなか便利。
まな板の端のほうに、さっき切ったなすを置いておく。結構大きめのまな板だから、そうしたとしても邪魔にはならない。
まな板の面と包丁の刃を垂直に。そして、力を入れる。
「よっと……………………」
一回では切れない。まな板が揺れる。
「いける? 大丈夫? 」
「はい。大丈夫ですよ」
少し目を赤くしてる悠樹が、心配そうにこちらを覗き込む。もう玉ねぎは切り終えたようだ。
「レンジ使っていい」
「半分だけやります。加熱処理すると、保存あまり効かないですから」
「ん」
頷きだけを返した悠樹は、再び目線を落とす。
はやく作って、のんびり食べよう。一学期のことを振り返ってもいいかもしれない。プレゼントを渡さないといけないし。
もう一度、包丁に力を込める。これで半分に出来る。
「スプーン。借りますね」
「ん」
使う方もそうだが、保存する方も、種と綿をキレイに取り除きかないといけない。そうしたら、冷蔵庫の野菜室で保存しておけばいい。
「…………」
護の隣で、護を見る。護の手際の良さを。そんなにしないとは言っていたが、やはり慣れている。母と姉から仕込まれたりしたのだろうか。普通のことしかやっていない。特段難しいことをやっているわけではないのだけれど。
水道水で手を洗う。玉ねぎを切り終えたから。手についた成分は流しておかないと。
エプロンのポケットにいれていたハンカチで手を拭く。適当なところで拭いたりはしない。
「どうかしましたか? 」
「なんでもない」
残りの半分を冷蔵庫にしまって戻ってきた護と目が合う。護と目を合わせるためには、悠樹は、顔を上げないといけない。偶然的に出来るものではない。
護の目を見てから逸らす。自分のやるべきことをする。後は楽だ。はやく終わったら、護を手伝える。
……まぁ……。
でも、護には必要ないかもしれない。こうしている間にも、護はカボチャとの格闘を始めている。のんびりと護に見惚れていたら、抜かされてしまうだろう。護を見るのはまた後で。
だって、二人きりだから。後でいくらでも見れる。二人が帰ってくるまで、自分達を邪魔する人はいない。誰にも邪魔されない。護を独占出来る。
ここは、この時間は、悠樹と護のための時間だ。
悠樹と護だけの時間だ。




