悠樹の誕生日 #3
護が悠樹の部屋に、悠樹達の部屋に入ったことを確認する。
……ふぅ……。
これからは、自分が護を独占できる。そのための、誕生日会。誕生日を好きになろうと努力する。護のために。
買ったものをキッチンの机の上に置く。
そして、後ろを、リビングの方に振り向く。
そこにあるソファには、護の鞄と悠樹の鞄がある。隣り合うように並んでいる。
「あの鞄の中に…………」
自分へのプレゼントが入っているのだろうか。護が側にいてくれるだけで、それだけでいいのだが、護は用意してくれるはず。護だから。
見ようと思えば、鞄の中をのぞくことが出来る。護が何をくれるのかが分かる。
でも、後の楽しみにとっておく。それが普通だから。
母に頼まれた買い物を終え、それを母に渡してから、叶は太一の家へ。叶は八号室。太一は一号室。御崎高校の生徒が、この階だけでも三人いることになる。
「ほら、入ってくれ」
「お、お邪魔します………………」
恐る恐ると、叶は太一の家へと足を踏み入れる。初めてのこと。
……広い……。
自分も住んでるから分かる。普通に、自分、妹、母、父の四人で住んでいても時たま広いと感じるのに、一人だったら、余計にだろう。
「何が食べたい? 叶」
靴を綺麗に並べて、太一の方を向く。走って太一に追いつく。
「え…………? 生姜焼きを、作るんじゃないんですか? 」
「いや、叶はそれでいいのか? 」
「どういうことです? 」
「重いのは、って言ってたしさ、叶が作って欲しいのがあればそれを作ろうと思って」
「太一先輩……………………」
「で、何かない? 」
「気を使ってくれてありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。生姜焼きで」
「無理しなくていいんだぞ? 」
……あはは……。
無理してる。そう思われても仕方ない。
「無理してないですよぅ? 太一先輩が作ってくれるなら、何でもいいです」
理想でもあった。同じ役職である先輩の太一から、料理を作ってもらうことが。
「そうか? 」
「はい」
「んじゃ、そうするわ」
鞄を机の上に置いた太一は、その近くの椅子にかけられていたエプロンを手に取って、それを身につける。
「どうかしたのか? 」
「い…….、いえいえっ」
初めて見る太一その姿に、少しだけ見惚れてしまっていた。この姿を見ているのが自分だけだと思うと。
「あ、そうだ。叶」
「何ですかぁ? 」
「さっき会った高坂さんだっけか? その人とは、仲良いのか? 」
単純な質問がやってきた。
「いえ。まったく」
太一の鞄の上に重ねるように自分の鞄を置いた叶は、興味さなげに答える。
「同じクラスだよな? 」
「そうですけど、全然喋ったことないですし」
自分の方から話にいこうとも思わない。
「へぇ。そういうものか? 」
「だって、喋り辛いですし、テンションが低いというか………………。太一先輩もそう思いましたよね? 」
「そりゃそうだが………………」
「高坂さん、いっつもあんな感じだから」
「そっか」
……あたしとは合わない……。
絶対に、仲良くなれるような気がしない。話したこともないけれど、話したら馬が合うかもしれないけれど。
それに、悠樹が誰かと話している姿をあまり見かけたことがない。それは、叶が悠樹のことを気にしてない、ということが大きいのだけれど。
「座っててくれ」
「あ、はい」
さっきまでエプロンがかけられていた椅子。そこに、叶は座る。
自分の鞄を手元に寄せる。終業式であったから、あんまり入っていない。筆箱とかクリアファイルとか。いつもみたいに重くない。生徒会に関する資料とかも、あまり入っていない。明日から学校に行く機会がぐっと減るし、もって帰る必要もないし、家に帰って出来る仕事ではない。
……生徒会……。
入るつもりはなかったのだけど、前期の選挙の時、友達に勧められたのだ。やってみたらどう? と。
こういうのとはかけ離れていた叶。最初はどうなるかと思ったが、今は楽しい。生徒会のメンバーでいるこの時間が。生徒会長はすごい人だし、色んな出会いがあった。
……でも……。
少し、寂しい。前から思っていたことだけど、最近、そういうことを思うようになってきた。
……そっか……。
今日一学期が終わって、明日から夏休み。夏休みが終われば二学期がやってくる。当たり前のこと。二学期になるということは、生徒会の任期が切れる時期が迫っているということ。今の生徒会メンバーが変わってしまうということ。二年である叶は続けて立候補することが可能だが、一個上で三年である太一は無理。生徒会長の佳奈も無理。絶対に今までの関係が崩れることになる。
……嫌だなぁ……。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
しかし、どれだけ嫌だと思っても、その時は絶対にくる。
太一は、もうすでに料理にとりかかっている。一時間もすれば、完成するだろう。太一の料理が食べられる。
……嫌だなぁ……。
繰り返し、思う。今度は、この時間が長く続かないことに対して。
前から思っていたことだが、この家のとても広い。一部屋一部屋も大きい。この部屋だって。まぁ、悠樹、氷雨、しぃの三人がこの部屋を使っているのだから、それも当たり前か。三人の勉強机が、北、東、南の位置に置いてある。
「お待たせ」
開けたままにしていた扉から、悠がもどってくる。お茶を持ってきてくれたようだ。ちいさめのお盆の上に、ペットボトルのお茶とコップが二つ乗っている。
「ありがとうございます」
俺は慌てて、簡易テーブルを部屋の端から持ってくる。前に来た時にも出してたっけ。トランプをやった覚えがある。色んなことがあったっけ。悠樹と抱き合うことになったり、それをしぃに見られたり。ある意味、懐かしい。でも、そんなことがあったのも、まだ二ヶ月くらい前。全然時間は経っていない。
「ありがと」
「いえいえ」
お盆を机に置いた悠樹は、立ち上がって扉を閉めてくれる。あ、俺が閉めるべきだったな。
「クーラーつける? 」
「そうですね。暑いですし」
外から帰ってきたばかり。外寄りか暑さはマシであるが、家の中でも暑いものは暑い。それに、二人きりでもあるし。
クーラーの稼働音がし始める。後数分で、この部屋は快適な空間となることだろう。
悠樹が持ってきてくれたのは、普通の烏龍茶。冷蔵庫でキンキンに冷やしてくれていたのだろう。とても美味しい。というか、身体が休まる感じがする。
「あ、そうだ」
「何? 」
「さっきの人達は…………誰ですか? 」
「あぁ……」
紹介してくれるわけでもなく、二人だけで話しが進んでいた。お下げ髪が印象だった女の子。
男子がその女の子の隣にいたが、俺と同じで喋っていなかった
「斎藤叶かなえさんと、もう一人は……おそらく生徒会の人? 」
疑問系で帰ってくる。女の子が斎藤さんって言うのは分かった。
「詳しくは知らない。写真で見たくらい」
「写真、ですか………………? 」
「そう。生徒会メンバーが集まった写真がある。それをちょっとだけ佳奈に見せてもらったことがある」
「へぇ。そういうことなんですか」
それで、見覚えがあるということだろう。
「それで、その、斎藤さんとは、仲いいんですか? 」
「そんなに………………………」
あれ? こんな答えが帰ってくるとは。普通に話してたように思ったけど。クラスメイトとは言っていたけど、本当にそれ以上でもそれ以外でもないのだろう。俺だって、まだクラスの中で話したことが無い人の一人や二人はいる。だって、タイミングとか合わないと話さないし、そもそも何か話すことが無ければ話しかけない。だから、どうしても、仲間内だけになってしまう。まぁ、それでもいいんだけど。
「斎藤さんとは………………仲良くなれる気がしない…………」
「え……………………? 」
またまたびっくり。二回目のびっくり。まぁ、悠樹にも、そういう人がいるということだろう。俺だってそうだ。
「何を話せばいいのか…………分からない……」
……本当に……。
青春部の皆とか、麻依とか、遥とか。今ではたくさんの友達がいるけれど、中学の時とかは、こんなではなかった。今、叶かなえに対して思っているようなことばかりを、思っていた。
どうすれば良いのか。何が正解なのか。何を話せばいいのか。分からないのだ。
共通の趣味が見つからない。共通の想いが見つからない。
「でも……、そんなに気にしてない」
仲の良い人が増えたから。
「護達に会えたから」
「そ、そうですか。あり……ありがとうございます」
特に、護の影響が強い。青春部のメンバーは好きだけど、それは護が来てから。護が青春部にやってから、何かが変わった。
護が来るまでの青春部は、特に何もしてなかい、ただの暇つぶしみたいな部活だった。暇つぶし、という点に置いてそこは変わってくれないかもしれないけれど。
護が変えてくれた。護によって、青春部が変わった。
青春部が変わったことによって、共通の想いを見つけられるようになった。
「ねぇ、護? 」
今、悠樹は、護の対面に座っている。それでも満足だけど、護の隣に移動しようかと思ってしまう。今はやめておこう。まだ、時間はたっぷりある。
「もう、昼ご飯、作る? 」
十一時を回ったところで、十二時までにはまだ遠い。だけど、はやくても問題はない。
「そうですねぇ………………」
部屋に飾られている時計を、護は見ている。
お昼を作って食べ終えてしまったとしても、まだまだ誕生日会は続く。誕生日会というか、いつも通りだけれど、護が誕生日会をしようと言ってくれたから、今日の時間は誕生日会になるのだ。まだまだ、護は悠樹の隣にいてくれる。
「作りましょうか」
「ん。分かった」
ゆっくりと立ち上がり、制服のスカートをぱっぱと払う。制服は着替えない。着替えなくてもいい。
「冷房はどうします? 」
「切らなくていい。食べ終わって戻って来た時に出して暑かったら困る」
「火も使いますしね」
「そういうこと」
少しくらいの汗をかくことは必至。クーラーを切ってしまっていたら、暑くて暑くてたまらなくなってしまう。部屋を涼しくしておけば、本当に楽になる。それから先のことに。
護が立ったのを確認してから、悠樹はキッチンに向けて足を動かした。
さっき閉まったばかりの食材を冷蔵庫から取り出す。
パプリカ、セロリ、唐辛子、なす、玉ねぎ、カボチャ、後は、鶏肉。それと、買ってはいないけれど、冷蔵庫に少しだけ残っていたピーマン。パプリカと被ってしまうが、気にしない。具は多めにしておく。その方が、お腹がふくれる。
冷蔵庫の横には、三つ、エプロンがかけられておる。もちろん、悠樹、氷雨、時雨の分だ。エプロンはこれだけしかない。
「護はエプロン………………着れない……」
自分が着てから思う。護のサイズにはどれも合わない。
「そうですねぇ。さすがに……小さいですねぇ」
時雨も氷雨も、悠樹と身長はそれほど変わらない。ということは、着れない。絶対に、合わない。




