リヤン・ド・ファミユ #3
「楽しかったに決まってる」
そう言いながら、悠樹は自分の勉強机の横に持って行っていた鞄を置き、椅子を引いて、そこに腰を下ろす。三人それぞれの勉強机がある。部屋が広いから、邪魔にはならない。全く。
「だよね。やっぱり」
目をこすりながら、少し眠たそうにしながら、氷雨は声を作る。
「何か、良いこともあった? いつもより、良い笑顔だから」
「誕生日」
「え…………………………? 誕生日………………? 」
「うん。誕生日」
「そりゃ…………もうすぐ、ゆう姉の誕生日だけど………………」
悠樹が誕生日が嫌いだということを、もちろん、氷雨は知っている。
「護が、祝ってくれる」
「なんだ………………。そういうこと……」
納得したような、だけど、どことなく腑に落ちてないような表情を浮かべる氷雨。
「護さん……以外の青春部の人達にはお祝いしてもらわないの? 」
「してもらう。その後で、護にもう一回してもらう」
「わ…………。なるほど……。それは、ゆう姉が頼んだの? 」
「ん」
頷く。少し、恥ずかしいけれど。護が側にいるのなら、何かを乗り越えられる、そんな気がする。
「ゆう姉は、本当に護さんのこと、好きだね」
「大好き」
はっきりと、そう言うことが出来る。恥ずかしがらずに、言うことが出来る。これだけは、揺るがないこと。何があろうと、護のことを嫌いになる日はこないだろう。来るはずがない。
「頑張って、ゆう姉。私達は応援しか出来ないけど」
「ひぃとしぃが応援してくれるだけでも嬉しい。ありがと」
誰かが応援してくれる。妹が応援してくれる。だからこそ、皆に負けないように頑張らなくちゃ、と思う。妹達の期待に応えないといけない。悠樹としては、そんなこと関係なくとも頑張りたい。護のことが好きで好きでたまらないから。
「ふぅぅわぁぁぁぁ………………」
氷雨から大きめの欠伸が漏れる。
「寝ていい。私はまだ、することがあるから」
「ごめん、ゆう姉。それじゃ、先におやすみするね」
「ん」
疲れているものの、すぐに寝れるわけではない。ちょっとだけ、することが残っている。
氷雨が自分の布団に潜り込む。ベットはこの部屋にない。左から順番に、時雨、悠樹、氷雨。悠樹が二人にはさまれる状態。川の字の状態でいつも寝ている。これは変わらない。三人で暮らすようになってから、変わっていない。変えてはいけない。
「それじゃ、おやすみ。ゆう姉」
「ん。おやすみ」
……さてと……。
音を立てないように椅子から降りる。まずお風呂に入って、それからすることがある。護が青春部に入ってから、護を好きになってから、ずっとしていることがある。時期的にはまだ早いけれど、早いうちから作っておく。
……何をするかは内緒……。
「………………んっ……ふぁぁぁぁ……」
まだ辛そうな表情が残るララが目を覚ます。
「まだこんな時間…………」
十二時をちょっと過ぎたくらい。ランが作ってくれたお粥を食べ終えたのが九時。そこからすぐ横になったけど、それから三時間しか経っていない。
……学校、行けるかなぁ……。
出来るだけ、休みたくはない。高校生活は始まったばかりだから、まだまだ時間はあるけれど、その日その日は一回しか訪れない。同じ日は、二度と訪れないのだ。
「治さないとなぁ…………」
今日、いや、もう昨日のことになってしまうが、七夕パーティーがあった。本当なら、ララもランも参加するはずだったのだ。なのに、ララが風邪を引いてしまったため、二人とも参加出来なくなった。仕方ないことなのだけれど、やっぱり残念。それほどまでに、ララは、ララとランは、護も参加する七夕パーティーに行きたかったのだ。
寝て起きて風邪が治っていれば、普通に学校に行ける。護に会うことが出来る。護から話を聞くことが出来る。
「ラン………………。ありがと」
ララが寝ているベットに寄り添うようにして寝ているランのためにも、心配してくれている護のためにも、元気な姿を見せないと。
ランの金色の綺麗な滑らかな髪に触れる。自分とは、少し違う髪質。
「ラン…………起きて」
ゆっくりと身体を起こして、ランを揺さぶる。
「………………ん……あ……………………。ララ? 」
「そう。僕だよ。起きてよ、ラン。僕の風邪が移っちゃうから」
ランまで風邪を引いてしまったら、元も子もない。
「私、寝てしまってたんですね………………」
「ありがとね。ラン」
「いえいえ。それで? 少しは良くなった? 」
「うん。少しはね………………」
「そっか…………」
まだ、完全復活ではない。完全までは遠い。
額に浮き出る汗を拭う。部屋の暑さ。風邪を引いているからクーラーをつけていない。そして、掛け布団をガッツリとかぶっていたのが原因だ。
「汗、いっぱいかいちゃった」
「着替えないといけませんね」
このままでいたら、治るものも治らなくなってしまう。そうなってしまったら困る。
「汗も拭かないとだね」
「それじゃ、私がタオルと水を持ってきますから、ララはちょっと待っていてください」
「ゴメンね。ラン。ランも眠たいのに…………」
「気にしないでください。双子じゃないですか」
「そうだよね。ありがと」
「はい。それじゃ、取ってきます」
「うん」
ゆっくりと立ち上がったランは、ゆっくりと部屋から出て行く。
部屋が一気に静かになる。電気も消してあるから暗い。
「あ、そだ。扇風機、扇風機」
さすがにクーラーをつけて身体を冷やすことは出来ないが、扇風機なら大丈夫。直接当たらないようにすればいいだけ。
「今はいいよね……? 」
この部屋には、ララしかいない。ランが戻ってくるまでに、まだ時間がある。
「よいしょっと……………………。あー、涼しいぃ…………」
電源を入れ、弱のスイッチをいれる。弱くて、だけど涼しいと感じられる風が、ララの身体に当たる。ララの髪をなびかせる。
「わぁぁ…………。快適……」




