リヤン・ド・ファミユ #2
「お祝い、してくれる? 」
「もちろん」
誕生日は、とても大切なものだ。一年に一回、自分が主役になれる日。祝ってほしいと思うのが普通だ。
折角、同じ青春部にいるのだ。祝うしかない。心愛の誕生日の時は知らずに後からになってしまった。ちゃんと、出来なかった。同じ失敗はしてはいけない。したくない。
「ん。ありがと」
微笑む悠樹を見てると、それにつられてしまう。誰の笑顔でも言えることなのだけど。
「終業式の日ですから、部室に集まって皆でワイワイやる方が良いですよね? 一学期最後の部活にもなるわけですから」
……え……。
嫌だ、と、自然と口から出そうになった言葉を慌てて抑える。普通なら、そう考える。護なら、そう考える。
誕生日。誰か一人に祝ってもらうより、大勢に祝ってもらったほうが嬉しい。普通に考えれば、そうなる。それが、普通だからだ。
でも、悠樹は、誰か一人に祝ってもらうだけで充分なのだ。護に祝ってもらうだけで充分なのだ。寧ろ、それ以上の事もそれ以下の事も望まない。
「明日にでも、杏先輩に言っておきましょうか。杏先輩のことだから、悠樹の誕生日を知っていてすでに計画してるかもしれないですけど」
「待って……っ」
「………………!? 」
「……………ごめん。何でもない……………………」
「俺……、何か変なこと言いました……? 」
言ってない。そんなこと、全くない。護は関係ない。護は悪くない。
「違う……。私の問題………………………………」
悠樹は誕生日が嫌いだ。どうしても、好きになれない日だ。それは、悠樹だけではない。時雨も氷雨も一緒。自分が主役になれる誕生日。主役になれるということは、必要のない視線までもが自分に集まってくるということ。悠樹は、それが嫌だった。好きにはなれなかった。
「もしかして………………、嫌、だったりするんですか…………? 」
護の表情には驚きと不安が混じってる。不安の方が大きいか。
「……………………否定はしない……」
「そうですか………………」
不安から落胆に変わる。
「でも………………っ。護が、祝ってくれるなら……っ! その誕生日を好きに、なれる……………………っ」
それ以前の誕生日のことは、過ぎてしまった誕生日のことは、好きになれない。でも、これからの誕生日は、そういう風にはしたくない。護がいるのなら、隣に、護がいてくれるのなら。
「もちろん、悠樹の誕生日なんですから…………っ。ちゃんとします。でも、皆に祝ってもらって好きになってもらいましょうよ」
「…………………………っ」
今は皆はどうでもいい。他の人のことはどうでもいい。護がいい。
悠樹は、わがままだ。
「その後に」
急に、護の雰囲気が変わる。護が優しくなる。落胆が消えている。
「皆で祝ったその後に、悠樹の家で誕生日会しましょう。俺と悠樹だけで」
「わがまま……。私のわがままを、聞いてくれるの…………? 」
「もちろんですよ」
「……っ。ほんと…………? 」
「えぇ。何か、理由があるんですよね? 誕生日が、嫌いな理由」
「うん……………………」
その理由を、護に言うことは出来ない。今の、この関係では。もっと先に進めたその時、悠樹の願いが叶った時、護に自分の全てを教えることが出来る。
……その時まで……。
待ってほしい。護には待っていてほしい。護が絶対に自分に傾倒してくれる確証はないけれど。いざとなったら、自分からその時を掴みにいく。モヤモヤが残らないようにするために。
「そろそろ、行きましょうか」
歩くのを、足を進めることを忘れていた。それじゃ、いけない。
「護……………………? 」
護を引きとめる。何度やったかは分からない、服の裾を掴む感じで。
夜も遅いから、周りに人がいる気配はない。さっきから、その状況は変わっていない。
「抱きついても………………いい? 」
そう言いながら、悠樹は護の胸に顔をうずめた。身長差でこうなる。
ぎゅーっと、自分の身体を護に押し付ける。背中に手を回して、ぎゅーっと。
「悠樹………………………………」
驚いた様子はない。呼び止められて、そうなるということを分かっていたのだろう。
護の匂いがする。落ち着く匂いがする。安心できる匂いがする。お互い汗をかいている。夏だから、仕方ないこと。だけど、気にならない。それを含めて、全てが護の匂いだから。
……すぅ……。
護でいっぱいになる。もう、満足だ。今、この状況下においては、満足だ。
「後は、自分で帰る」
護から、三歩、四歩、後ろに離れてから言う。もう、帰れる。少し、吹っ切れた。完全に、ではないけれど。
「分かりました」
ゆっくりと、護は頷く。家までの道のりは、後半分。大丈夫だ。護成分も補給した。誕生日会の約束もした。大丈夫だ。
「また、明日」
もう少しでその明日は来てしまうけれど。
「はい。おやすみなさい。気を付けて」
「ん」
薫が家の中に入るのを確認してから、護父、大介は自分の家に戻る。
「おかえりなさい。大介さん」
ただいま、と、そう言う前に出迎えてくれる。まるで、帰ってくるのを待っていたような感じがするが、そういうことではない。お風呂上がり。たまたま、タイミングが重なったということだ。
「ただいま」
「えぇ。あ、護はまだよ? 」
「あぁ、知っているさ。そこで会ったから」
大介は後ろを指差す。それで、通じる。
「それじゃ、護は? 」
「悠樹ちゃんを送っていくように言った。三十分くらいで帰ってくるだろう」
「あら、悠樹ちゃんね。知っているわ」
「そうなのか? 」
初めて見たが、とても仲が良さそうに見えた。薫との仲と同じくらいに。
「家に来てくれたこともあるから」
「そういうことか」
廊下で立ち話を続けるのもあれだから、二人はリビングに入る。
「で、大介さん」
「何だ? 」
ソファに腰を下ろした大介は、立ったまま髪を拭いている妻の方を向く。
「気付いてますか? 」
「何をだ? あぁ……………………、あのことか」
一瞬首を傾げた大介であったが、すぐに何を言われてるのかを理解した。この状況では、あのことしかない。
「十七年も前のことなんですね」
かなり前のことを思い出すかのように声をつくる、大介の妻、貴美。
「もう、そんな昔のことになってしまうのか」
「はい。護が産まれる前のことですから」
「KSグループがMDグループに吸収合併された。今年の七月二十日で、か………………」
「はい」
過去、KSグループ。MDグループ。そのどちらも、御崎市を中心にして、全国に市場を展開している大手企業だ。
御崎市にあるもののほとんどがこの二つの企業によって作られていて、二つのグループの資産など売り上げなど、そういった類のものはほぼ同じだった。
しかし、この形体は突如として崩れさったのだ。KSグループがほんの少しだけMDグループの売り上げを下回ったその時が、KSグループの終わりだった。それを見計らっていたかのようにMDグループが事業を展開し、ものの三年でKSグループが追いつけなるほどまでに、成長したのだ。そして、吸収合併。これが、十七年前にあったことだ。
「危なかったよなぁ。俺、もう少しで首切られるところだったし」
大介は苦笑いを浮かべる。その当時は、冷汗ものだった。
「本当ですよ。あの時もしも切られていたら、この家には住めてなかったでしょうし」
「そうだな」
MDグループが業績を上げれば上げるほど、KSグループは下火になり、合併。KSグループの事実上の倒産とでも言われたほどだ。そして、KSグループの管理職に着いていない人間は全て首を切られた。KSグループの社長とその秘書が行方をくらましたのは、それから何年も経ってからのことだった。こうして、今のMDグループに成り上がった。
今では、大介はMDグループで働いているものの、吸収合併が起こる前日に管理職に昇格するまでは、普通の社員だったのだ。本当に、危機一髪である。
「あいつは、護は、どこまで知ってるんだ? 」
「あの子は何も知らないですよ? 恐らく。それぞれの名前くらいは知っていると思いますけど」
「まぁ、そうだわな」
「まぁ、暗い話はこれくらいにして、大介さん? 」
「な、なんだ…………!? 」
一定の距離をあけていた貴美が、いきなり詰め寄り、大介の横に座って身体を密着させてきた。
「護、あなたにそっくりですよ? 高校時代の時のあなた、に」
「ど、どいうことだ……? 」
そっぽを向いてみる。とぼけてみる。貴美が何を言おうとしているのか、何となく分かっていたけど、そうしてみた。
「もぅ、大介さん。分かっているくせに」
貴美はピンポイントに言った。高校時代の自分と今の護が似ている、と。高校時代の大介なら何のことか分かっていなかったが、今なら分かる。そんなことまで分からない大介ではない。
「護にも、仲が良い女の子がたくさんいるんです。昔のあなたと同じように」
「あはは、そ、そうなのか」
「今の護を見ていると、昔のあなたを思い出します」
「そんなに似てるか? 」
「えぇ。そっくりです」
高校時代。かなり前の話だ。しかし、鮮明に覚えている。どんな恋愛をしてきたか、ということは、特別に覚えている。それだけ、記憶に刻まれているということ。
「まぁ、あの時の大介さんとは違って、護は何人かの女の子の自分に対する好意に気付いているようですけど」
でも、あれは、告白をもうすでに受けて悩んでいる最中みたいです、と貴美は付け足す。
「気付いていなかったって言われてもなぁ」
「大介さんは鈍感過ぎたんです。今の護より。私を含めた皆がどれだけ頑張ったか」
「ま、まぁ………………、そんなことは置いといて」
話を切り替えようとする。昔の甘酸っぱい記憶がよみがえってきて、少しむず痒くなってしまうから。
「感謝してるんですよ? とても。私を選んでくれて」
告白をしたのは、大介からだった。貴美からも、他の女の子からも、大介は告白を受けていない。
「恥ずかしいな。こういう話は」
「護に聞かれでもしたら、もっとそうなるかもしれませんよ? 」
自分達の馴れ初めを、護に話たことはない。沙耶には話たことがあるけれど。護からは聞かれていないから、言っていない。
「護は、大変そうか? その、恋については」
自分の口から恋という単語が発せられることに、大介は少しの違和感を覚える。年が年だから。
「大介さんよりかは大変だと思いますよ? だって、好意を知った上で選ばないといけないんですから」
「そっか……。それはきっついなぁ……………………」
しみじみと、そう思ってしまう。自分の子供のことなのだけれと。
「それに、もっと複雑なことも絡んでそうですよ? 」
貴美は、何かを知ってそうだった。
「ゆう姉。おかえり」
「ただいま。ひぃ」
自分の家にへと帰った悠樹を出迎えてくれたのは、氷雨だった。もうすでに水玉模様のパジャマに着替えていてるから、寝ようとしているところなのだろう。
「しぃは? 」
「さっきまで起きてたんだけど……」
「そう」
もう日付が変わろうとしている。寝てしまっているとしても、何ら不思議はない。
「ゆう姉が帰ってくるまでは頑張って起きてよう、って二人で決めたんだけど」
「そこまでしなくても」
靴を脱ぎ、綺麗に揃え、時雨が寝ている部屋に入る。氷雨も続く。三人同じ部屋。三人それぞれ一人部屋にすることも出来るけど、三人一緒がいいから。こうしている。
部屋の中は冷房が効いてるから、かなり涼しい。廊下の突き当たりにあるリビングの窓を全開にすると、その窓から風が流れ込んできて廊下もある程度は涼しくなるのだが、それとは比べものにならない。
「聞くまでもないと思うけど、楽しかった? 」