リヤン・ド・ファミユ #1
俺は悠樹と薫の分の切符を、遥は麻依先輩と成美の分の切符を、後ろの人を気にしながら購入する。
「はい」
「ありがと。護」
「ん」
薫に渡してから、悠樹に手渡す。俺を含め、この三人は降りる駅が一緒だから楽だった。
咲夜さんの家を出てから二十分と少し。そろそろ、手伝いも終わった頃だろうか。時間も時間だから、速く速く終わらせようとするはずだ。
電車が来るまでに時間があるなら待ってみてもいいかもしれないが、五分とか十分の間隔で電車が来るから、さすがに待つことは出来ない。
切符を改札口に通してホームに入る。駅の外と駅の中。このホームにはそれほどの人はいなかった。電車内も人が少なかったらいいんだが、そういうことにもいかないと思う。まぁ、朝よりも人は少ないだろうが。
麻依先輩を五人で見送ってから、俺と薫、そして悠樹が降りる。成美は幹池駅だと言っていたし、遥は乗り換えがあると言ってたから、進月駅辺りでの乗り換えかもしれない。
「帰ろ? 護」
「そうですね」
いかん、いかん。ちょっとだけボーッとしていた。電車の中のムワッとした空気から解放されたから。まぁ、どちらにせよ暑いんだけど。
黒石駅から十分くらいで俺と薫の家に着く。悠樹の家はそれからまた十分くらい。
道の真ん中を歩かないように左に寄る。左から、薫、悠樹、俺の順番。後は帰るだけ。
「楽しかった。すごく」
静かな道。三人の姿しかない。他の人がいる気配もしないし、響くのは三人の足音だけ。
「料理が凄かった」
思い出すかのように悠樹が声に出す。本当に、本当に、咲夜さんの料理は美味しかった。
「さすがにあそこまでの料理は作れないね。悠樹先輩は、料理しますか? 」
「うん。それなりには、しないと駄目だから」
そっか。悠樹は、氷雨としぃちゃんと三人暮らし。悠樹は休みの日で、二人が平日。そういう担当になっているんだと、氷雨から聞いた。
……ん……?
休みの日。休みの日というのは、土曜日と日曜日。そして、今日は日曜日。
「あれ? 悠樹……」
「なに? 」
「今日は、大丈夫だったんですよね? 日曜日ですけど…………」
「大丈夫。しぃとひぃに頼んである」
「そうでしたか」
まぁ、そりゃそうだよねぇ。 そうじゃなかったら大変だ。今思えば、別に聞く必要は無かった。
「しぃとひぃというのは…………、悠樹先輩の妹さんですか? 」
「そう。時雨と氷雨。双子の妹」
そっか。薫は知らないのか。
……あれ……?
薫は、一つ、悠樹の話を聞いて不思議に思ったところがあった。
薫の問に対して、悠樹は料理をしなければならないと言った。加えて、今日は悠樹が晩ご飯を作る当番であるということを護が示唆し、悠樹は双子の妹の時雨と氷雨に頼んだと言った。
「普通の日は、しぃとひぃが作る。土曜日と日曜日は私が。ちなみに、これは晩ご飯だけの話。朝ご飯は三人で作るし、休みの日の昼ご飯も一緒」
「そう、なんですか……」
不思議が疑問に変わる。強い疑問に、だ。
悠樹の口から、妹の話を聞いた。いや、妹の話しか聞いていない。妹以外の悠樹の家族が、話題にあがっていない。母親と父親がいるはずなのに、その単語が聞こえない。
「三人暮らし」
「…………え……? 」
「私としぃとひぃの三人で暮らしてる」
「やっぱりそうなんですか」
……そういうことね……。
疑問解消。一緒に住んでいないのだから、出てこなくて当然だ。
何故子供だけで暮らしているのか。そこには絶対に理由があるが、聞いちゃいけないだろう。そこまで、踏み込んではいけないだろう。
おそらく、理由までは護も知らないだろう。知りたいとは思っているかもしれないが、聞かないはずだ。護じゃなくても、そこまでの気は回る。回さないといけない。
「あ、薫ちゃんっ!! 」
……ん……?
途端、薫を呼ぶ声がする。少し、護に似た。護より音が低い声。そんな声が、薫を呼んだ。一斉に、顔をその方向に向く。
「あ、護のお父さん」
気が付けば、護の家がある所まで、薫の家がある所まで帰ってきていた。護とはここで別れることとなる。
一歩遅れて、二人の後を追う。少し、びっくり。護の父は、この時間に帰ることが多いのだろうか。
一瞬だけ自分が置いていかれそうな感覚がしたので、悠樹は慌てて護の左に並ぶ。さっきとは逆。護が、悠樹と薫に挟まれている状態。
「この時間まで遊んでたのか? 」
遅くまで遊んでいる子供を叱るような言葉。しかし、護の父はとても笑顔だ。護と似た笑顔。護の父なのだから当たり前のことだ。
「ま、まぁ、そんなとこ」
「そっかそっか。で、隣にいる娘は? 」
護と薫に向いていた視線が悠樹に移る。やっぱり、護の父である。
「高坂悠樹です。背、小さいですけど、二年で護の先輩です」
護より身長の高い護父。護との身長差も三十センチあるのに、それ以上の身長差が護父との間にはある。見上げないといけない。少し、首が、痛くなるような気がする。
「部活の先輩なんだ」
「ほぅほぅ」
うんうん、と、護父は頷いている。それは、自分達がどんな部活に入っているのかを知っている、そういう表情をしている。
薫がハンドボール部を辞めたということ、それは薫の親にとって、隣の家の幼馴染である護の親にも、それはちゃんと伝わってるはずなのだ。
「悠樹ちゃん、だっけ? 」
「………………はい? 」
「家はどこかな? 近い? 」
「は、はい。ここから見える、あの、マンションです」
悠樹が指差した方向を、護父は振り返る。
「そっか。すぐそこか………………。でも、護」
「何? 」
「送っていけ。悠樹ちゃんを」
「え………………………………?」
「え…………? え…………? 」
悠樹と護の、驚きの声が重なる。驚きが大きいのは悠樹だった。当然といえば当然。
願わくは、送ってもらえればなぁ、なんてことを思っていた。夜だから、かなり遅いから、頼めば護は送ってくれる。護は優しいから、絶対にだ。
でも、自分からは頼みたくなかった。だって、それは、わがままになってしまうから。
「何驚いてるんだ? 当然のことだろう? 」
護父はポカンとしている。二人が驚いている理由が分からないからだ。
……やっぱり……。
護のお父さんだ。再度、確認する。確認させられる。
護父と護。二人は似ている。行動が。雰囲気が。恐らく、護が優しいのにはそういう理由があるからなのだろう。
その理由は聞かない。聞かなくてもいいから。知らなくてもいいから。知らなかったとしても、知ったとしても、護の印象が変わるわけではない。どんな理由がそこにあろうと、護が護であることに変わりはない。護が優しいことに変わりはない。
「まぁ、当然といえばそうだけどさぁ…………」
「だろ? 悠樹ちゃんも、その方が良いだろうし」
「あ……………、え。ま、護が………………、護が良いと言うなら…………」
「俺は大丈夫ですよ。問題ないです」
さすが、護。快く承諾してくれる。
護が送ってくれるということは、その間は護と二人きりになれるということ。
七夕パーティーの場では無理だった。隣にいることは出来たが、それしか出来ていない。それ以上のことは無理だった。
……やっと……。
やっと、二人きりになれる。やっと、だ。
想いはある。想いがあっても伝わらない時がある。護を好きになってから、そのことをつくづく思うようになった。なってしまった。
告白はした。返事は帰ってこない。護のことが好きなのが自分だけではないからだ。たくさん、いるからだ。
もし、護に告白したのが自分だけだったら、護は迷ってないだろう。悠樹の気持ちに絶対に応えてくれる。
それほどまでの自信が、悠樹の中にはあった。護に対する想いは自分が一番強い、と自負している。
伝わっているけれど伝わっていない。恋とは、そういうものなのだろう。
決着がつかない。いつ、この恋の、勝負が決まるのだろう。そるは分からない。誰にも分からない。
「じな、はやいうちに送ってやれ。これ以上遅くなったら、家族が心配する」
「おぅ。分かってるよ」
「薫ちゃんもおやすみ。いつもごめんね」
視線が再び薫に戻る。
「い、いえ……。そんなこと、ないですよ、護のお父さん。護のことは分かっていますから」
「お、そうか? 」
幼馴染。そのアドバンデージは、絶対にある。壁として、目の前に立ちはだかっている。
でも、気にしない。気にしないことにする。それは難しいことだけれど、気にしても何も変わらない。どう足掻いたって、護と薫との関係が幼馴染である、ということは変わらないのだから。
「はいっ。護とは、ずっと一緒にいるんですから」
「それもそうだな。それじゃ、おやすみ」
「はい。おやすみなさい。護も悠樹先輩も」
「また明日な」
「ん、おやすみ」
後ろを振り返ってみる。薫も父さんも、家の中に入ったようだ。母さんはまだ起きているはずだから、父さんは何かを言うはずだ。まぁ、母さんは悠樹との面識があるし、面倒なことにはならないはずだ。姉ちゃんは…………、寝てるはずだ。うん。時間も時間だし。
「護? 」
後ろを向きながら歩いていたからか、少し歩幅が短くなっていて、隣を歩いていた悠樹との間がちょっとだけ開いてしまっていた。
「あぁ…………、すいません」
慌てて、悠樹の隣に並ぶ。そして、悠樹の歩幅に合わせる。普通にしてると、俺の方がどうしても速くなってしまいがちだからだ。
「似てる」
「え………………? 何がです? 」
「護と護のお父さん」
「そういうことでしたか。そりゃ、親子、ですからね」
「そういう意味で言ったんじゃない」
ありゃ? なら、どういう意味だろうか。何か、似たようなことを前にも言われたような気がする。母さんに、だけど。
「護のお父さんは、いつも遅いの? 」
仕事について、ということだろう。
「まぁ、そうですね。日曜日にここまで遅いのは珍しいですけど」
「お母さんも働いてる? 」
「あ、はい。そうですね。姉ちゃんが戻ってくるまでは一人になることが多かったですね」
「そう」
言ってて思い出した。
今は姉ちゃんが家にいるし、青春部で出かけることも多いから一人になることは少なくなった。
顔をふとあげると、悠樹としぃちゃんと氷雨が住むマンションが見える。家にいても見えて大きいと思うのだから、近付けば尚更、より、大きく見える。
言ったことがあるから分かるが、あれ絶対に家賃高い。高いに決まってる。御崎高校はバイト普通にOKだけど悠樹がバイトをしているという話は聞かないし、まだ中三のしぃちゃんと氷雨はしてないだろう。ということは、一緒には住んでない親から仕送りが来てるはずだ。
その仕送りは、家賃だけでは済まないはずだ。ご飯を作るのにかかる費用然り、女の子三人が住んでるわけだから服とかそういうものに関する費用も然り。かなり、かかるはずだ。
「あ………………、護」
「はい? 」
「護の誕生日、いつ? 」
話題がコロコロと変わる。悠樹ってこんな感じだったっけか?
「三月ですよ。三月十四日」
「三月……………………。まだまだ先」
そう、まだまだ先。言ってしまえば、つい最近終わったばかり、って感じ。
「悠樹の誕生日はいつなんですか? 」
「私は、七月二十日」
「もうすぐじゃないですか」
「うん。もうすぐ」
二十日ってことは、一学期終業式のその日。クラスメイトには祝ってもらえる。これが夏休み入ってからだったりすると、ちょっと残念なことになってしまったりするのだ。