家に帰るまでが七夕パーティー
「しっかりと、他の皆様を送ってあげてくださいね」という咲夜さんの言葉を受けて、俺達は咲夜さんの家に出ることになった。
送るといっても、皆がそれぞれ家まで帰るのを見届けるわけではない。駅までの道のりを、ちゃんと俺が見ればいいだけのこと。
さすがに、皆の家までは無理。バラバラの場所にあるのだから。見届けられるのは、隣の薫とちょっと近くの悠樹だけだろう。
六人横並びでは歩けないので、二人組参列で夜道を歩く。もう十時。予定通りの時間だ。家に着く頃には十一時を回ってしまうのは、もう確定だ。成美とかは日を越してしまうだろう。全員、明日に響かないようにしなければならない。
前が悠樹と麻依先輩。真ん中が薫と成美。後ろが俺と遥。前にいて皆を先導しようかとも思ったがそれはここに来る時にしたし、皆も道を覚えていると思ったから、俺は後ろから。
「ねぇ、ねぇ。護君」
遥の髪飾り。黄色の大きなリボンが揺れる。
「はい? 」
「じ、実は、不知火さんに言ったの私なんだよ? 」
「何を……………………って、あぁ……、片付けのことですか? 」
「そうそう」
シャリオの近くから見ていて、咲夜さんと杏先輩と佳奈と遥の四人が何やら話しているなぁって思ってたけど、それはその話をしていたのか。
「護君ならそうするんだろうなぁ、って思って」
「俺なら? 」
まぁ、言おうとは思っていた。だって、咲夜さんは頑張ってくれてたわけだし。帰るのが遅くなるくらい連絡したらどうにかなるものだ。
「うん。護君優しいし、こういう時は気が回るでしょ? 」
「ありがとうございます」
「まぁ、結局のところ、提案したのにじゃんけん負けちゃったけど……」
苦笑いをする遥。残るつもりだったのだから、じゃんけんに負けて帰ることになってしまったのは本意ではないのだろう。どちらかというと、俺だって残りたかった。負けちゃったから仕方ないんだけど。
駅に近付くにつれて、人の数が少しだけ増えてくる。仕事帰りなんだろうなぁって人も見かけるし、俺達みたいにどこかに出掛けてて帰って来たところって人もいる。暑いから、噴水の近くでのんびりしている人もちらほら。
本当に暑いしその気持ちは分からなくはない。まだパーティー途中の時も暑かったが、その時は立っていたし、動いたとしてもちょっとだけだった。それでも暑いと感じていたのだから、歩いていたら余計にだ。汗が滲んでくる。帰ったら風呂に入らないと。
「楽しかったですね。七夕パーティー」
「そうだね。不知火さんの料理も絶品だったもんね」
「はい」
……あ、諦めない……。
じゃんけんに負けてしまったから帰ることになってしまったが、護も同じように負けて隣にいるから、どちらにせよ一緒である。それに、提案をしたのは自分だということも言った。
佳奈の家では隣にいられなかったけれど、今は隣にいる。運良く、といったところだろうか。
……もうすぐだなぁ……。
後数分歩けば、風見駅。七夕パーティーが終わってしまう。遠足の場合だと、家に帰るまでが遠足だと言う。ということは、七夕パーティーだって帰るまでが七夕パーティー。風見駅に着くまでが七夕パーティー。遥は、そう解釈する。
告白とか、そういうことを今は出来ないけれど、この先出来るかも分からないけれど、諦めない。それだけは決めた。
……諦めない、諦めない……。
一度、杏の背中を押した。今度は、杏に背中を押してもらった。お互いの気持ちを知った上での行為。
相手を陥れるようなことはしない。それが、暗黙の了解になっている。なっているはずだ。そうなっているから、七夕パーティーが開けるのだ。皆が皆、皆のことを考えているから。
どういうルールがあるのか。それは遥には分からない。護と一緒にいる時間が短いから。青春部の皆といる時間が短いから。
でも、この気持ちを持ち続ければ、いつの日か分かる。皆と同じ場所に立てる日が来るかもしれない。
……そのためには……。
何をしなくちゃいけないのだろう。並んで追い越す。そのためには、どれほどの努力が必要なのだろう。
そのための七夕パーティー。何回も言うが、そのための七夕パーティーなのだ。
遥は、今日、再び心に想った。想い直した。それだけのことしかしていない。スタートラインにすら立っていない。
……だけどだけど……。
諦めたりはしない。そう、心に決めたから。落ち込むことだってあるだろう。かなわないと思うことだってあるだろう。でも、遥は落ち込まない。そう決めた。決めたんだ。
諦めてしまったら意味がない。恋敵ライバルが沢山いる。諦めてしまったら、恋の戦争に負けてしまう。瞬時に、負けが決まってしまうことだろう。一度負けてしまったら、這い上がってくることは絶対に不可能だ。
「また、今日みたいに楽しめることがあったら良いね。護君」
「夏休みになったら…………、杏先輩が楽しませてくれますよ。絶対に」
護は少し笑う。その笑みは、あまり見ない護の表情。自分達、護のことが好きな側にとっては絶対に楽しくなる。だが、護は大変かもしれない。悩むことになるかもしれない。おそらく、護はそれを無意識のうちに感じ取ったりしているのだろうか。
護に無理はさせたくない。護を困らせたくはない。もしかしたら、この状況下で遥が護のことを好きになるということ自体が護を困らせることになるかもしれないが、それは別。別にしたくはないが別のこと。好きになってしまったのだから、仕方が無い。
……うん……。
仕方ないのだ。護を好きになって、護から離れようとして、もう一度護を好きになった。だから、仕方ない。
「戻ってきたねぇー」
成美が、んーっ、と背伸びをする。最初、集合をした場所に戻ってきた。
もう、終わり。四時間の体感的にはとても短かった七夕パーティーはおしまいだ。
護と関わりを持っていれば、青春部との関わりを持っていれば、今回のようなイベントに参加出来るだろう。参加するつもりだ。参加したくないわけがない。
だが、今回のような七夕パーティーが来年もあるかは分からない。おそらく、ここまでのボリュームにはならないだろう。
だって、その頃には、護の気持ちも決まっているはずだからだ。誰が護の隣にいるか。それは見当もつかない。だけれども、今日からの一年間、護は誰かを決めるはずだ。
一年という、そんな長い時間は必要ないかもしれない。一ヶ月後、二ヶ月後には、もう決まってしまうかもしれない。
これからどれだけのアプローチが護にかけられるのか。これまでのアプローチも護を迷わしている。それなのに、時間が経てばアプローチは度合いを増す。
……大変になる……。
それはもう、間違いない。誰にとっても、この恋は大変なものになる。
放っておけば、護に好意を寄せる女の子が増えてしまうかもしれない。護は護だから、その可能性は否定出来ない。
焦ってはいけない。短期での決着が必要となるかもしれない。長期になるかもしれない。分からない。分からないけれど、焦ってはいけない。
「もう少し、端に寄りましょうか」
護の一言により、護以外の皆がギュッと近寄る。これ見よがしに。
朝も人が多かったが、この時間でも多い。御崎駅などと比べると規模は少し劣るが、広いことに変わりはない。交通の便も良い。
「人が多いですから、俺が皆の分の切符を買ってきます。遥と麻依先輩、家の最寄り駅を教えてもらえませんか? 」
……そっか……。
教えてはいなかった。今までは教える必要がなかったから。そして、護は、遥と麻依にしか聞いてない。この中で、六人いるの中で自分達だけを知らなかったということ。
「私は御崎だよう」
「遥はどこです? 」
「私は自分で買うよ。乗り換え、必要だし。後、私も手伝う。六人分買うとなると後ろつっかえそうだし、半分半分にした方が時間も短縮出来るしね」




