希望 #4
「え………………っ!? 」
え? 俺に振ってくるの? 咲夜さん。ちょっとびっくり。ほら、心愛と雪ちゃんも驚いている。
「そんなに驚くことですか? 」
「びっくりしましたよ……」
咲夜さんは、何で俺達が驚いているのか分からない様。咲夜さんなりに気をきかせてくれたということなのだろうか。
「その方が楽しいと思いまして。そうですよね? 心愛様? 雪菜様? 」
「まぁ………………」
「…………はい。楽しくはなりそうです」
心愛も雪ちゃんも、それでいいみたい。
まぁ、俺としても嫌なわけじゃないし、咲夜さんに料理を教わることが出来たらもっと上達できる。
「いつにされますか? 」
「心愛が決めていいぞ? 」
「あたしでいいの? 」
何を言ってる。
「心愛が咲夜さんに頼んだんだからな、心愛が決めて当然だ」
「そっか……。そうだよね」
「雪菜もそれでいい? 」
「うん。大丈夫だよ」
「それじゃ…………。やっぱり、夏休みに入ってからになりますよね」
「時間を多く取りたいなら、そのほうが良いかもしれませんね」
もうすぐ期末テストが始まる。そしてテスト返しやら何やらでバタバタしてると、あっという間に夏休みを迎えることになる。別に、何か特別に忙しいということにはならないと思うけど、咲夜さんの言う通り、夏休みに入ってからの方がいい。雪ちゃんとの兼ね合いもある。
「あ………………」
「どうかされましたか? 護様」
「あ、いえいえ……。ただ、夏休みになったら青春部でも何かやったりすると思いますから、それと被っちゃったら駄目だなぁって」
「あ、そっか。杏先輩のことだから、絶対何か考えてるよね」
心愛の言う通りだ。杏先輩は、こういう大きなイベントには目がない。目がないというか、何か出来るのだから何かをしようとする。まぁ、今回の七夕パーティーは杏先輩じゃなくて成美が発案者みたいだけど。
「それなら、そちら側の予定が決まり次第、こっちの予定を決めた方が良さそうですね」
「すいませんね。咲夜さん」
「気にしなくていいんですよ? 暇ですから私は」
暇といってもその暇は、俺達が感じる暇とは何か違う部分があるのだろう。
「それじゃ、メールアドレス交換しましょうか。その方が連絡を取りやすいですから」
「わ、分かりました」
心愛が慌てて携帯を取り出してる中、雪ちゃんはそんな心愛とは反対にゆっくりとしていた。
「あれ? 護は? 」
雪ちゃんより先に咲夜さんとメアドを交換している心愛が、聞いてくる。
「俺はもう知ってるから」
「あ、そっかそっか……。そうだよね」
……だよね……。
心愛は、自分が落ち込んでいるということを自覚した。
別に、護が咲夜のメールアドレスを知っていたとしても、何ら不思議はない。そう、不思議ではないのだ。
護は優しい。誰とでも仲良くすることが出来る。相手が年長者であろうと、たとえ佳奈の執事だとしても、それは関係ない。
「ありがとうございます。不知火さん」
心愛はぺこりと頭をさげる。
「こちらこそ」
気持ちを整え直す。ここにいる青春部の皆は、鋭い。何を考えているのか、ばれてしまう時だったある。
だから、いつも通りに振る舞うことにする。誰にもこのちょっと落ち込んだ気持ちを悟られないように。
……本当に護は……。
護がこうだから、心愛は護を好きになった。分かっている。分かっていること。だけど、毎回ではないけれど、ヤキモチを焼いてしまうこともある。
別に、そのことだって、心愛だけではない。大体、皆似ているのだ。皆、護のことが好きなのだ。護に対する想いは同じだ。
……ふぅ……。
ちょっと緊張した。大人の人とメールアドレスを交換するなんて初めてだったし、仲良くなれそうな、そんな気がしたから。
護のお姉ちゃんの沙耶とも仲がいいけれど、あれは別。
雪菜は着ている浴衣の裾をちょっと整える。気持ちを整える。
「すぅ…………はぁ……」
予定を取り付けることが出来た。これで、夏休みも護と会うことが出来る。
こういう機会がないと、雪菜は護と会うことが出来ない。青春部の皆とは、御崎高校にいる皆とは、立っているポジションが違うのだ。
だから、ちゃんとしないといけない。
……頑張ろ……。
自分のために。周りの人のことも考えないと駄目だけれど、呑気にしている場合ではない時だってある。
それは今ではないのだろうか。もっと、頑張らないといけないのではないのだろうか。そのために、沙耶のススメで浴衣を着たりして、気を引き締めているのだ。
「それじゃ、また」
一礼すると、咲夜は別のところに。
「まーくん…………」
「……護」
……あ……。
被った。被ってしまった。
「どっちから……? 」
護も少し困っている。
「雪菜からでいいよ」
「心愛ちゃんが先にどうぞ……」
譲り合い。譲ってしまう。無意識に。そう、無意識に。
「そう? 」
「心愛ちゃんからで」
雪菜が譲ってくれた。雪菜の方がちょっとだけ早かったのに、心愛に譲ってくれた。
「不知火さんがいる時に言ったらよかったかもしれないけどさ、不知火さんだけでなく護にも料理教わりたいなぁって」
「俺がか? 」
「そそ」
護の料理をそんなに食べたことないけれど、咲夜の方が料理が上手に決まっているけれど、やっぱり、護の料理も見てみたい。
「まーくん……。私もそれ思ってた」
護が料理を作るということは、自分の好みの味付けになるということ。護の好き嫌いが分かるということ。護から料理を教われば、護に料理を振る舞うことがある時、より護の口に合う形になる。
「俺でいいのか? 咲夜さんの方が上手いし、時間を有効に使うなら…………」
「護に一回作ってもらいたいんだよ。料理、するんでしょ? 」
「まぁ、そうだが」
「それに、あたしより絶対に上手く作れる。参考にしたいんだよ。護を」
護に作ってもらいたい。願わくは、自分のために。自分のために護が料理を作ってくれることがあるのなら、それはもう、飛び上がるほど嬉しいことだから。
「雪ちゃんもそれでいいのか? 」
「うん。私もそんなに…まーくんの料理食べたことないし……」
「そうだっけか? 」
「そうだよ……。よく会ってたのは小学校の頃だし…………、その時は沙耶さんとお姉ちゃんが作ってくれてたわけだし」
「そっか。そうだったな」
……そっか……。
護と雪菜は昔から付き合いがあるのだ。護の幼馴染といえば薫になるけれど、雪菜も幼馴染ではあるのだ。護と雪菜、2人だけの絆がある。思い出とかもある。
それらは、もちろん、心愛にはないものだ。まだであって三ヶ月ほどしか経っていないし、まだまだ知らないことだってたくさんある。薫や雪菜には言えるけれど自分には言えない、なんてことだってあるだろう。
……まぁ……。
これから、これから。これから頑張ればいい。2人を越えられるような思い出を作ればいい。それだけの話。まぁ、それが難しかったりするのだけれど。
「ねぇ。護」
「なんだ? 」
「楽しみだね」
「そうだな。なんか、楽しくなりそうだ」
「雪菜も、これからよろしくね? 」
「あ…………、え……? 」
「今日、せっかくこうやって会ったわけだし、こらから仲良くしよってこと」
「あ、うん……っ。よろしく。心愛ちゃん」