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せいしゅん部っ!  作者: 乾 碧
第一編〜七章〜
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希望 #3

うん。美味しい。暑くて熱い。うん。ポトフを夏に、夏の始まりのこんな日に食べることになるとは。うん。美味しい。

「美味しいですか? 護様? 」

「あ、はい。とても」

「顔に出てましたよ。護様」

嬉しそうに、咲夜さんは微笑む。あ、顔に出てたのね。それほど美味しかったということ。自然と顔がそういう風になったということ。

「咲夜さん」

「どうされましたか? 」

「ポトフって、普通は冬に食べる料理ですよね? 」

「そうですね。身体が温まる食べ物ですから」

ですよね。温まるを通り越して暑いけど。汗が吹き出しそうになる。だけど、これがいい。夏だし、やっぱり汗をかかないと。かきすぎるのもどうかとは思うけれど。

具沢山なポトフ。どれくらいの時間がかかったのだろうか。お肉も野菜もとても柔らかくなっている。

「作るのに……どれくらい時間かかったんですか? 」

「うーん。忘れてしまいました。あまりそういうこと気にしませんからね。楽しくてやっていることですから」

「そうですか」

にこやかに微笑みながら声を作る咲夜さん。本当の本当に、料理を作るのが好きなのだろう。ここまで料理をするのが好きだという人を、俺は見たことがない。

「凄いですね。咲夜さんは」

「そうですか? でも、護様だって料理するでしょう? 」

「するのはしますけど……、それなりに出来るわけでもありませんし、咲夜さんみたいに毎日作るわけでもないですし」

「私だって昔からこれほどまでに出来たわけではありませんよ。ずっとやってきて、皆が褒めてくださるから、料理を作るのが好きになるんです。自分の作った料理を美味しそうに食べてくれる人をイメージしながら作るのが、上達の近道だと思いますよ」

「なるほど」

咲夜の言葉は的を射ている。何の目的も無しに作ったものはやっぱり駄目。相手のことを考えることが必要だということ。この人はこの味が好きだからこういう味付けをしよう、とかとか。そういうことを常に考えているから、咲夜さんの料理はこれほどまでに美味しいのだろう。納得出来る。

「護様は無いんですか? 」

「え…………? 」

「私なら基本は佳奈お嬢様のことを考えて料理を作ります。そういう相手が…………護様にもいらっしゃるのかなって」

「そうですね……」

隣にいる心愛と渚先輩に目を向けてみる。

心愛には一度朝ご飯を作ってもらったりしたっけ。あの時は手伝いとか言っていたけど。渚先輩に何かを作ってもらったことはないし、何かを作ってあげたこともない。

「難しい質問ですね…………」

基本的に料理をする時は、母さんの帰りが遅い時自分のために。姉ちゃんが戻ってきてからは、姉ちゃんのことを考えて作ることもあったっけ。

だけど、これは咲夜さんのいう相手には入らない。入らないと思う。

咲夜さんの言ったことを言い換えると、料理を作ってあげたくなる相手、とも考えられるのだろうか。

今日の場合なら、俺を含め皆が、その対象になる。

料理を作る。相手に喜んで欲しいから作るというのが普通だろうか。

そこに、一種の愛情表現があったりするかもしれない。

だって、好きな女の子から自分のために料理を作った、なんてことを言われたらやっぱり嬉しいわけだし、料理が得意な男側からしてみれば、彼女の得意料理を振る舞う、そんなことも簡単に出来てしまうわけだ。

ちょっと意味がズレてしまうかもしれないが、咲夜さんがそういう意味も含めて俺に問うてきたとするなら、俺はどういう答えをするべきなのだろう。

料理を作ってあげたいということは、その人のために何かをしてあげたいということ。相手が一人特定の人になればなるほど、さっきも言ったがそこには愛があるのかもしれない。それが全てではないだろうけど。

愛情表現の一つの手段。

相手に想いを伝える方法。そんなものはたくさんある。告白を筆頭に、いろんなものがある。

そうなれば、やっぱり………………うーん。上手く伝えられない。

「やっぱり難しい質問でしたか」

「何かすいません…………」

答えられない。というわけでもない。今は答えを出せない。そういうことなのだ。

葵から告白を受けて心愛、薫に繋がって。青春部に入って悠樹、成美、杏先輩から告白されている。

俺は返事をしていない。渋っている。出来るわけがない。

誰か一人しか選べないわけで、全員を選ぶというそんな希望でもなんでもなくて、不可能なことだ。そんなことで皆が納得するわけがない。納得してもらえたらいいのか、と言われたらそんなわけでもないのだけれど。

告白される。そのことはとても嬉しいことだ。羚以外のクラスの男子にそんなことを言ってしまったら羨ましい目線をもらうことになるだろう。

はやめに、答えを出せば良かったのだろうか。葵に告白された時点でOKしていたら良かったのだろうか。

もし、その時に了承していれば心愛と薫の告白を断ることが出来たわけで、薫はハンドボール部を辞めることなく青春部に入ることもなかった。青春部に入っていなかったら、悠樹、成美、杏先輩から告白されることはなかった。

OKを出していれば、このようなことにはなってなかった。そう断言できそうだ。頭を悩ませることもなかったかもしれない。

だけど、そうしてしまった場合、それは本当に葵にとって良いことだったのだろうか。

あの時点で、俺と葵との接点は、学級委員長という役職が一緒だった、というだけだった。それなりに楽しくお喋りをしていたが、それだけの関係でしかなかった。葵が俺のことを好きだと言ってくれても、あの時の俺は、葵をクラスメイトとしか見ていなかった。好きだという気持ちがなかった。

だから、友達として、という言葉で保留した。断りに近い保留だったかもしれない。

今告白されたら、絶対に断れない。だがそれは、葵以外から告白を受けていなかった場合に限る。

嬉しいことに、俺を好きでいてくれているのは葵だけではない。

心愛、薫、悠樹、成美、杏先輩の気持ちを知っているから、安易に答えを出すことが出来ない。真剣に考えないといけない。

一体、俺は誰が好きなのか、と。

もし、俺と同じようなことになっている人がいるなら、その人はすぐに答えを出してしまうかもしれない。

だって、自分に素直に、正直になればいいだけなのだから。

でも、決められない。

ヘタレだとか、意気地なしだとか、罵ってくれても構わない。安易に答えを出したくはないんだ。

皆それぞれに好きなところがある。その中で誰か一人を選ぶってのは、やっぱり難しいこと。難しすぎること。

……まぁ……。

難しいことだが、早いうちに結論を出さないといけない。俺の中でちゃんと。先延ばしにしていてはいけない。

待ってくれている。俺の答えを待ってくれている。そんな今の立場に安住していてはいけない。

本当に、そろそろ、答えを出さないといけない。


……護……?

咲夜の問いによって、誰のことを思って料理を作るのか、という問いによって、護は困っている。心愛の目にはそう映った。

自分の目の前にいる護が、いつもより真面目に見えたから。心愛はそう感じたのだ。

普段あまりしないような表情が、そこにあった。

護が普段真面目でないとか、そういうことを言っているのではない。もちろん護は普段から真面目で優しい。

いつもの護。だけど、いつもの護ではない。何かに迷っているような、はたまた、何かを決めたかのような。

護が心の奥で何を考えてるのか、心愛には分からなかった。

……いや……。

少しは分かっている。だけど、もし、何かを決めているとして、それが自分にとって望んでないことだったら、これからのことの意味がなくなってしまう。

頑張れなくなってしまう。だから、護から答えを聞いてないのだ。自分が頑張るため、それだけのために。

答えを知らないから、歩み続けることができる。ゴールは決まっているけれど、ゴールまでの距離は分からない。何をどれだけ頑張ればゴールに辿り着けるのか、それすらも分からない。

だけど、心愛は今日まで歩みを止めたことはない。ゆっくりになったりはしたけれど、完全に諦めたりはしなかった。

想いは伝わっているから。伝えているから。後は自分次第なのだ。

頑張ればいい。ただそれだけ。護に対する想いを深める。

今日の七夕パーティーだって、それが目的。心愛だけではない。皆がそう。青春部の皆がそう。ここからまた頑張ろうと、そう奮起するための場。杏ではなく成美が発案したというのも、やる気が現れている証拠となり得るだろう。

……のんびりはしてられない……。

護も薄々、そう感じているのだろうなら、こちらとて、同じこと。

今、心愛は護の隣にいる。皆の視線があったりするから、目立つようなことは出来ない。

いや、そんな大きなことをする必要はこれっぽっちもないのだ。小さなことでいい。本当に、ちっちゃなちっちゃなことでいい。それで、護の心を掴めばいい。

……そうだ……。

それでいいのだ。護の隣にいるというこのアドバンテージ。これを使わないわけにはいかない。

小さなことの積み重ねは、とても大切なことだ。

「あ、あの…………。不知火さん…………」

「どうされました? 心愛様」

……こそばゆい感覚……。

様と付けられるのは、どこか恥ずかしさを覚える。初めてだから慣れない感覚。護を見ている限り、もう護は慣れてしまっているような気がするけれど。

「普段…………、不知火さんは何をしているんですか? 」

「やっぱり気になりますか? 」

「ま、まぁ……」

気になるというか、自分のために咲夜のことを知っておきたい。それだけのこと。

「そうですねぇ。特にこれといったことはしてません。掃除とか料理とか。それくらいしか、することがありませんからね」

「趣味とかは……ないんですか? 」

ちょっと失礼かな、と思いながらも心愛は続ける。

「趣味ですか。そうですね。料理が趣味といえますかね。この言葉では、不満足ですか? 」

「い、いえいえ…………っ!! そんなことないです」

心愛は慌てて否定する。

そして心愛は思う。自分も料理が趣味だと言ってみたいと。

そこまで好きだから、これほどまでの料理が作れて皆を満足させられるのだと、心愛は実感した。

ここまで出来るようにとは思わない。というか、これは咲夜だからこそ出来ることだ。決して、心愛に出来ることではない。

でも、護を喜ばすことは心愛にだって出来る。それは誰にでも出来ること。手段があれば。

だから心愛は、その手段を増やすことにする。料理という手段をもって。

心愛はそれほど料理が上手くない。だけど今日、この場にいて、料理というものは素晴らしいものだと、人の心を掴めるものだということが分かった。

自分の新たな一面を護に見せるためにも頑張りたいと、心愛は思った。護の一番になるために頑張る。

「じゃあ……不知火さん……」

「はい」

咲夜はもう何かを見透かしているようだ。

……かなわないなぁ……。

「あたしに、料理を教えてくれませんか? 」

「えぇ。構いませんよ」

「ありがとうございますっ」

これで、少し近づくことが出来るだろうか。教えてもらうだけでは駄目。その上で、それを自分のものにしないといけない。そうしないと、護の隣にいたいという希望は実現しない。

「あ、あの………………」

消え入りそうな声が一つ。雪菜の声だった。あまり輪に入っていないような、そんな気がしていた。

「雪菜様もですか? 」

このタイミングということは、そういうことなのだろう。咲夜に料理を教わりたいということなのだろう。心愛だけが思いついた事ではないということ。

「あ、はい……」

「それじゃ、三人でやりましょうか」

心愛、雪菜、咲夜の三人。

「護様も参加ですよ? 」

心愛、雪菜、護の三人のことだった。

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