希望 #1
「あ…………………………」
護が離れていく。さっきまで近くにいてくれたのに、離れていってしまう。心愛と雪菜を連れて。自分の隣から、護が離れていく。
……私も……。
そう言えばいい。そう言えばいいはずなのに、渚は行動に移すことが出来なかった。今、自分がついていけば護の迷惑になってしまうと、そう思ってしまったのだ。
「渚、良いの? 」
「お姉ちゃん……………………」
いいわけがない。護の隣にいたい。そのために、渚はここにいる。頑張ろうと思った。今までの自分を変えようと。
「さっきまで……私が護君を独り占めしてたから………………」
「我慢するの……? 」
「そういうわけじゃ…………」
我慢してるわけではない。渚は自分にそう言い聞かせる。だけど、やっぱり、我慢しているようにしか見えないのだ。成美が言うように。
「渚? 」
「何……? お姉ちゃん」
「想いは、伝えた? 」
渚は横に首を振る。
「そっか」
伝えようと思った。伝えるために二人きりになった。想いを伝えないと、何も始まらない。だから、護に好きだと、言うはずだった。言わなければならなかった。
だけど、無理だった。
「無理だよ……………………」
「諦めるの? 」
「諦めない……。けど……」
「遠慮はしないほうがいいよ? 」
「お姉ちゃん……………………」
成美も護のことが好きなはずなのに、大好きなはずなのに、渚の背中を押してくれる。自分の恋敵が増えるというのに。
「時には遠慮も必要だったりするけどね……」
成美は乾いた笑いをする。
成美は渚のことを下に見ているわけではない。同等に、もしくは成美以上だと見た上で、後押しをしてくれる。
「想いは伝えないと。自分の中に閉まっておくのが一番駄目だよ? 渚」
「うん……。分かってる」
想いを伝えた上での勝負。ガチンコの勝負。それで勝たないと、張り合いが無い、そういうことでもあるのだろう。
……やっぱり……。
伝えないといけない。成美のこともある。
「チャンスあるかな………………」
一度、チャンスを逃してしまった。この場で、皆がいる中で、また二人きりになるのは至難の技だろう。
「渚が頑張るしかないよ」
「そうだよね……」
そうだ。その通りだ。背中を押してくれはする。だけど、頑張るのは自分なのだ。自分が頑張らないと、想いは伝わらない。
「もう一回、頑張ってみる」
どこまで出来るのか分からない。けど、心に決めた。
「うん。頑張れ」
……ちょっと残念……?
せっかくの二人きり。告白出来るチャンスがあったのに、渚は告白をしてこなかった。
決して、告白が全てではない。だけど、想いは伝えないといけない。伝えないと、何も始まらない。
だから、成美は、渚が告白してくると思った。髪型を変えることを勧めたり、背中を押したりもした。ちょっとだけ、残念。
……でも……。
渚は頑張ると言った。なら、成美はそれを応援する。
この応援は、自分が引くという意味ではない。一緒に頑張るための、応援だ。
成美は渚の気持ちを知っている。渚は成美の気持ちを知っている。そして互いに告白したとなれば、遠慮がいらなくなる。
もう、渚に対して遠慮はしたくない。もう、そういう時期は過ぎたと思いたい。
貪欲に。
強欲に。
護の隣にい続けるために、出来ることはいっぱいある。今日の七夕パーティーだって、それの一貫。
そろそろ、皆が本気を出してくるころだろう。なら、成美も本気を出さないといけない。これまで以上に。
「告白………………」
誰にも聞こえないような、成美にだけ聞こえるような、そんな声で渚がつぶやく。
そもそも、渚と成美の二人は、男の子を好きになったことがなかった。護が初めて。ということは、もちろん、告白するのだって初めて。
……かなり恥ずかしかったし……。
成美は思い出してみる。その時のことを。それだけで、顔が真っ赤になってしまう。
初めて男の子を好きになって始めて告白した。それが護。護に出会って変わった。成美も渚も。
自分を変えてくれた、そんな護に感謝したい。ずっと隣にいたい。この大好きだという気持ちを持ち続けていたい。
決して、この想いは無駄にならない。無駄になるはずがない。
「護……………………」
渚から護に視線を移す。
いつも通りの護。今日は七夕だ。この場がなにを意味するのか。もしかしたら分かっているのかもしれない。だけど、護はそれを表に出してはいない。
どちらにせよ、気負ってるのは、自分達だけだ。
護はいつも通り。何も変わらない。女の子に囲まれているのもいつも通り。その人数がいつもよりちょっと多いだけだ。それでも、護はそれに慣れている。
自分達が、護をそういう環境に慣れさせたと言えよう。
……さてと……。
何か、行動を起こそうか。まだまだ時間はある。まだまだ護といれる。まだまだチャンスはある。
待っていてはいけない。自分からいかないと。
……成美……?
護を目で追いかけていた悠樹。途中、成美の視線とバッティングしてしまう。
成美が微笑んだ。それも、何か含みのある笑みだ。悠樹はそう思った。
……そっか……。
成美だって、護のことが好き。自分と同じ想いを抱いている。護を見るのは当然だと言えよう。
護と出会って、悠樹は結構な頻度で護のことを考えていた。
護の家にも行った。護が家に来てくれた。護の隣で寝た。色々と、護の気持ちを自分の方に寄せようと、頑張っていた。
それらの全てが成功しているのか。それは分からない。護が誰が好きなのか、それも分からない。
「………………護」
今、護の隣にいるのは、心愛、雪菜、咲夜。咲夜が何かを説明している。この位置からは、何を話しているのかは分からない。
護の隣にいれたのは最初だけ。七夕パーティー終了まで二時間くらい。この後、何が出来るだろうか。何をしなければならないのだろうか。
……ん……。
しなければならない。そう考えるのが駄目なのだろうか。自分の中で強制にしてしまっているのが駄目なのだろうか。
何が起こるのか。分からない。だから、柔軟に対処することが必要。ひたむきに頑張るだけでは駄目なのかもしれない。
「ねぇ、悠樹ちゃん? 」
「何? 真弓先輩」
近くに佳奈がいる。だからか、真弓は少し声をひそめている。佳奈は遥と杏と話しているから聞こえないとは思うけれど。
「悠樹ちゃんは凄いね。うん……。素直にそう思うよ? 」
「どういうこと…………? 」
真弓が何を言いたいのか。悠樹には分からなかった。
「護君のこと、そんなにも想ってるんだね。悠樹ちゃんは」
「うん」
悠樹は頷く。本当のことだから。嘘をつく必要はないから。必要のない嘘は嫌いだ。
「うんうん。見てるだけでも伝わってくるよ。悠樹ちゃんの気持ち」
「そう? 」
「うん」
護を想う気持ち。その気持ちは確かなものだ。大きいものだ。それを、真弓は認めてくれた。そういうことだろう。
「でさぁ、悠樹ちゃん」
「ん? 」
「私が青春部に入る、って言ったらどう思う? 」
……青春部に、入る……?
それはどういうことを示しているのだろうか。真弓のどういう気持ちの変化を表しているのだろうか。分からない。
「どういうこと……? 」
「そのままの意味だよ」
「真弓も、護のことが好き? 」
「うーん……。断言は出来ないかな…………」
「………………? 」
「護君には迷惑…………かけたくないしね……」
真弓の口振りから、もう青春部に入る、そのことは決心しているのだろう。それなのに、真弓は悩んでいる。護を好きになるかどうかを。
「好き。そう解釈していい? 」
……真っ直ぐだね。悠樹ちゃんは……。
本当に、真っ直ぐだ。眩しいくらいに。いや、眩しすぎるくらいに。
もちろん、真弓にここまでの気持ちはない。
護のことが好きだという気持ちは、心のどこかにあるかもしれない。探せば見つかるかもしれない。
「好き、と解釈していい?」と、悠樹は言った。おそらく、「うん」という答えを求めているのだろう。そうじゃなければ、そんな質問はしない。
真弓がその輪の中に入ってしまえば、恋敵
ライバルが増えることになる。それなのに、今でも大変だろうに、悠樹はそのことを気にしてないようにみえる。
「護君を好きになっていいの? 」
「構わない」
……悠樹ちゃんにはかなわないなぁ……。
瞬時に返ってくる答えに対して、真弓はそう思った。
「本当に……、いいの? 」
「うん」
悠樹はブレていない。
悠樹はずっと、思い続けているのだろう。強くなり続ける想いを。
「悠樹ちゃんは負けず嫌いだったりする? 」
「分からない。急に何で……? 」
「そう思ったから」
「見える? 負けず嫌いに」
「ちょっとだけ」
口に出したのは嘘だ。本当は、かなり負けず嫌いにみえる。護のこととなると。
この七夕パーティー然り、護と喋るようになってから、真弓は皆のことを、青春部のことを見ていた。
その中で、嘘偽りなしに、護への気持ちが一番大きいのは悠樹だと、真弓は思った。杏でも佳奈でもない。この七夕パーティーで、それが確信に変わろうとしている。
なにも、悠樹以外の皆、杏、佳奈、成美、渚、葵、心愛、薫の想いが足りないとかそういうわけではない。上から目線になってしまうけど、見ている限り、皆頑張っている。
だけど、悠樹が群を抜いている。真弓の目にはそう映っている。
「護君に告白はしたんだよね? 」
「もちろん」
護は誰にも返事をしていない。そりゃ、選べるわけがない。もし、真弓が今の護の立場だったら、同じ境遇になっているだろうと思う。
……こりゃ、どっちも大変か……。
これから、悠樹を含め皆のアプローチは強く勢いを増していくことだろう。この七夕パーティーだって、その始まりにすぎない。
そして、皆が頑張れば頑張るほど、護は迷うことになる。誰を選べばいいのか分からなくなってしまうだろう。誰かに相談したいとか、そんなことを思うかもしれない。
……なら……。
真弓はどの立場に立つべきなのだろうか。護への気持ちを抑えながら皆のことを応援し、護がもし困っていたら支える。
そんな立場が自分にとって相応しいのではないか。