チャンス #2
……渚何してるのかなぁ……。
護の言葉を素直に受け取れば、渚はお手洗いに行っている。こんなところで嘘をつく必要は全くないが、これは二人きりになるための作戦かもしれない。
……いや、別に……。
本当にお手洗いに行っているのだとしても、二人きりになれる。渚は護に案内を頼んだからだ。
……タイミングを見計らったのかな……。
成美は護の隣に渚がいることを知っていた。どうにかして、自分もその位置にいたいと思っていた。護をずっと見ていた。
護がちょうど取り皿に取った分を食べ終えたその後に、渚は護に頼んだのだ。咲夜がこちらに料理の味を聞きに来たそのタイミングで。
渚が自分から行動した。そう考えることが可能だ。
成美は渚の気持ちを知っている。渚も成美の気持ちを知っている。そして、もちろん、青春部のメンバーは、互いが護のことを好きでいるということを知っている。
知った上で、この場にいる。護の隣にいたいと願う。
だから、皆、自分以外の人の行動に敏感だ。護の行動に対して敏感になる。気になるから。気になって仕方ないから。
……七夕パーティー……。
今日の七夕パーティー。提案者は成美だ。杏が何もしなかったから、成美は動いた。その点で、皆より上にいる。気持ちだけは。
でも、気持ちがあるだけじゃどうしようもならない時だってある。いや、そういう時しかない。護の隣にいることは、いつも難しい。
……大変だ……。
成美は、自分の置かれた立場を客観視する。した上で、大変だと思った。
……でも……。
一番大変なのは護だ。皆に求められるのだから。
護の身体は一つしかない。増えることはない。護を手に入れることが出来るのは、絶対に一人だけなのだ。
それは当たり前のこと。そして、その当たり前はさらに当たり前のことを決めつける。
……護と付き合いたい……。
この気持ちはずっとある。忘れたくない。この暖かい気持ちを。
忘れたくはないが、叶わなかったどうしよう? どうするべきなのだろうか?
この段階では、まだ分からない。護が誰に気があるのか。決まっているけど、顔に出さないようにしているだけかもしれないが。
叶わない恋をし続けるのは悪いことなのだろうか。
もしもの時のために、そんなことを考えてしまう。
護への気持ちが高まる一方で、そんなことも思ってしまう。現実のことを考えてしまう。
……これは……。
チャンスなのだろう。ムードというものを考慮しながら押し切るとすれば、この場は活用すべきだ。その方が楽だからだ。
でも、迷ってしまう。
迷う気持ちが自分の中にあることに、成美は少し苛立ちを覚えざるを得なかった。
……あ……。
護が席を外した。たったそれだけのことで、場の雰囲気が変わった。麻依はそう感じた。
やっぱり、皆の心の中に護が好きだという気持ちが共通しているのだ。気になっても仕方ないといったところだろうか。
変わったのは一瞬だった。すぐに、元に戻る。普段を知らない麻依にとっては、何が元で何が元でないのかは判断し辛いものがあったりするのだけど。
……いやいや……。
麻依は護ばかりを見ていてはいけない。麻依はこの場を楽しみにしてきたのだ。皆が護に対してどういう行動を取るのかを楽しみにしているのだ。
「悠樹ちゃん……」
「何? 」
「ごめん……。何もないよ」
「そう? 」
悠樹に話しかけてみる。いつもの悠樹。
さっきまでは護と渚が歩いて行った方をジッと見ていたけれど、今はそんなことなく、目の前にある料理に集中していた。
咲夜が作った料理。フランス料理に目を奪われがちではあるが、それだけではない。ちゃんと、和食だってある。
麻依と悠樹は、先にこっちの方を食べたくなったのだ。
つぶ貝のやわらか煮、茄子の田楽。
この二品がどこかの料亭で出てきそうな細長い形状のものの上に乗っている。これで一つというカウントだろう。
フランス料理と和食。それだけで異彩を放っているこのロングテーブルの上に乗っている料理。その出来栄えが凄すぎるから、余計にだ。
「麻依ちゃん」
「…………どうしたの? 」
考え事をしていたからか、少し反応に遅れてしまう。いけない。
「食べないの? お箸進んでない」
「え……? あ、そ、そうだね……」
どうしても、悠樹のことが、周りのことが気になってしまう。皆がどういう思いでここにいるのかが知りたくなってしまう。
つぶ貝の方を先に食べてから田楽の方を食べると、味噌の味がより引き立つ。そういうのも計算して、咲夜は作っていたのであろう。
「美味しいね。悠樹ちゃん」
「うん」
……はぁ……。
さっきとは異なり、雪菜は、悠樹の対角線上にいた。どちらかというと、護に近づいている。
……まーくん……。
料理が運ばれてくるまでの時間。護を見ていた。護の気持ちを知ろうとしていた。
……だけど……。
やっぱり分からない。いや、分かったら面白くないのだけれど。気になってしまうのも事実。
……まーくんは……。
誰が好きなのだろうか。もう決めているのだろうか。まだ決まっていないとしても、自分が選ばれる可能性は低い。これから先、護と会える機会が減るからだ。
だから、この場で何か一つ、アクションを起こすことが必要だ。
……でも……。
何をすれば良いのかが分からない。
護と会う時、いつも沙耶がいてくれた。魅散がいてくれた。いつも、アドバイスをしてくれた。雪菜はそれに従っているだけで良かったのだ。
だけど、今は違う。頼りになるのは自分だけだ。頼りない自分をしか、頼りにすることが出来ない。
護の気持ちを惹くためになにが出来るのか。そんなことを周りの皆に聞いてみたとしても、誰も答えてくれないだろう。
もし、そんな方法を知っているのだとしたら自分のために人には教えないだろうし、知らないのだとしたら逆に問い返される可能性だってある。
……むむ……。
ここにいるのは楽しい。この雰囲気は楽しい。今は少し席を外している護の表情がここにいる皆といる時にいつもより笑顔になっているということも知っている。
大切な、場所なのだろう。皆のことが大切なのだろう。
……だから……。
答えを出すのに迷っているのだろうか。
護が誰かと付き合うことになれば、今の関係は崩れてしまうかもしれない。崩れるまではいかないにしても、何かしらの変化が訪れるに決まっている。青春部というものが変わってしまう。
……なら……。
青春部と関係がない雪菜が護と付き合えばどうだろう。御崎高校にいない雪菜が護と付き合えばどうなるだろう。
そうなったら、青春部は変わらない。変わるはずがない。その内部に、護の彼女はいないのだから、いらぬ闘争が起きたりもしない。
しかし、そうなるためには、もちろん、雪菜と護とが付き合うという前提が必要になる。
……できるのかなぁ……。
難しいこと。全員より上に立つということは。それを望んではいる。護の彼女になれることを望んでいる。
でも、望んでいるからといって、それが実現するわけではない。神頼みはいけない。いけないことではないけれど、神様にお願いした上で、それが叶うように自分で努力をしないといけない。
雪菜は今日、浴衣を着てきた。魅散の案だ。この場にいる中で浴衣を着ているのは、雪菜だけだ。
皆と違うところがある。浴衣という夏の風物詩がある。
……お姉ちゃんは……。
何のために浴衣を用意してくれたのだろう。何のために浴衣を着せてくれたのだろう。
もちろん、理由は簡単だ。護との距離を今まで以上に縮めるためだ。それ以上でもそれ以下でもない。それだけが目的なのだ。
……頑張らないと……。
護はまだ戻ってきていない。なら、この間に動こう。
もちろん、護の取り皿は置いたままだ。心愛の横に置いてある。
ということは、護はそれを取りにもう一度心愛の隣にくる。
だけど、その場にとどまることはないだろう。他の料理も食べたいはずだ。なんたって、咲夜の料理は美味しいのだから。
護が戻って来たその時に近くにいて、護が動けばそれについていけばいい。そうしたら、簡単に護の隣にいれる。
「心愛? 何ボーッとしてるの? 」
「わ……いや……。何食べようか考えていただけですよ」
「そう? 」
心愛は慌てて取り繕う。本当に、ボーッとしていた。何人かが移動していることに気付かなかった。そりゃ、そうだ。一つの場所にととまる必要はない。
心愛の左隣に成美が来て、さっきまで渚がいたその場所に雪菜がいる。動いていないのは心愛だけだ。
……別の料理……。
「ねぇ、心愛」
「何ですか? 」
止められた。成美に。
「これ……ラタトゥイユ、だよね? 」
「知ってるんですか? 」
成美はこういうことをあまり知らないだろう、と思っていた心愛は、少し驚く。フランス料理なんて、お目にかかる機会なんてまずない。
「一応ね」
「そうなんですか」
心愛はあまり料理はしない。何もしないというわけではないが、何か特別に出来るわけでもない。得意料理だってない。その点では、葵や薫には負けている。
「どう? 美味しかった? 」
「もちろん。不知火さんの自信作ですし」
「へぇ……」
一番食べてほしい相手は護ですけどね、と心の中だけで足しておく。
成美がラタトゥイユを口に運ぶ。
……もう一回食べよ……。
美味しかったから。護が美味しいと言っていたから。味付けの参考になるかもしれないから。
「これ食べてさ……、護は満足そうな顔してた? 」
「えぇ、もちろん。かなり笑顔でしたよ? 」
どうしてそんな質問が飛んできたのか分からなかった心愛であったが、深く考えないことにする。
「なるほどねぇ…………」
成美が何かを考えているような顔付きになる。
成美も一緒のことを考えているということなのだろうか。
「ニンニクとオリーブオイルの絶妙な加減が良いよね、これは」
「分かります、分かります」
……この味が良かったのかなぁ、護は……。