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せいしゅん部っ!  作者: 乾 碧
第一編〜七章〜
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チャンス #1

……あ……。

お手洗いに行きたい。ちょっとだけしていた緊張がほぐれてしまったからか、渚は不意にそう思った。もちろん、護が隣にいるから、緊張が解けたのである。

何か話したわけではない。護が隣にいるだけ。それだけでいいのだ。

キョロキョロと、周りを見渡す。

自分達の近くにいた咲夜は離れてしまい、成海達の方にその歩みを向けている。杏も佳奈も話し込んでいる。

……なら……。

ここは護に頼むべきなのだろう。護はこの家のことを知っている。女の子のトイレに付き添う。そのこと自体が嫌だったりするかもしれないけれど、護は断らない。断らないということを、渚は知っている。

……ということは……。

二人きりになれる。

ただ、トイレに行くだけ。何もおかしなところはない。誰かが不信に思うこともない。

これは、絶好のチャンスなのかもしれない。いや、絶好のチャンスであろう。

ちょうどいいことに、護は皿に取った分を食べ終えたようで、今ならフリーだ。

「ま、護君………………っ」

「何ですか? 」

「護君は……、ここに来たことがあるんだよね……? 」

「あ、はい……。そうですね」

「じゃぁ…………、お手洗い……ついてきてくれない……? お願い」


……おとととと……。

渚先輩からの、とんでもない頼みごと。いや、別に普通といえば普通かもしれない。分からないけど。

「俺が………………ですか? 」

「う、うん……」

恥ずかしいのか、渚先輩の顔は少しだけ赤くなっている。そりゃ、そんな頼みごとをしようものなら、そうにもなるだろう。

俺に頼んだということは、佳奈、杏先輩、咲夜さんには頼めないということなのだろう。

待っていればいいと思うのだが、それほど急ぐということなのだろう。

まぁ、別に断る理由ないし、いいか。

「分かりました」

「ありがと。護君」



「ごめんね。護君」

「気にしなくていいですよ」

中庭から家の中に戻る。

洗面所があったあの場所に、トイレもあったはずだ。近いから、この広すぎる家を動き回る必要はない。

部屋の扉は引き戸になっているから、扉を引いて、渚先輩を先に。俺は後から。

「ありがとう。護君」

「いえいえ」

後ろ手で扉を閉める。

佳奈の家の部屋は、どこも広い。この洗面所もそうだ。普通の家では考えられないほどの広さがある。

「ここで、待っててもらえる? 護君」

「あ、はい…………」

待つんですか。先に帰ってもいいですか、と聞こうとしたんだが、その言葉を言う前に飲み込むことになった。まぁ、別に困りはしない。

渚先輩が、トイレの中に消えていく。


……護君が……。

すぐ近くにいる。このトイレの扉を挟んだその先にいる。

この洗面所。この部屋に二人きり。あの場に戻るまで、護と二人きり。そんな時間を過ごすことが出来る。

……好き、なのかな……。

この感情の所在が、ちょっとだけ分からない。

護が好き。その気持ちは、間違っていないだろう。ベクトルは違っても、正しい気持ちだ。

……無駄には……。

無駄にはしたくない。この気持ちを。

この気持ちを無駄にしないためには、護と付き合うことが必須の条件。

無駄か、そうでないのか。それは、自分の気持ちの持ちようだ。自分が思えば、そういうことになってしまう。

護が渚以外の誰かと付き合ってしまったら、今持っているこの好きだという気持ちを沈めざるを得ない。

絶対報われないのに、思い続けても意味がないからだ。

だから、悩んでいるのだ。

今、この二人きりの、この空間。これは、チャンスだ。チャンス以外の何物でもない。

このチャンスを生かすべきなのだろうか。いな、生かすべきなのだろう。

でも、悩む。

護を想っているこの気持ちを無駄にしたくないから。絶対に、絶対に、絶対に。

「ねぇ、護君…………」

「何ですか? 」

護はそこにいる。待っていてくれている。

……やっぱり……。

「佳奈先輩の家って広いね…………」

……ダメだ……。

言えない。もう少し後になってからにしよう。

「ここまでくると、掃除とかかなり大変だと思いますけどね。羨ましくはあります」

佳奈も掃除をしているだろうが、一番大変なのは咲夜さんだろう。この家のメイド? 執事? なんだから。

そう考えたら、本当に、咲夜さんは凄いと思う。

今日だって、全部料理を作ってくれたのだ。疲れることだってあるだろう。それなのに、咲夜は、そういうことを表に出したりはしない。

「護君の家だって大きいよぉ? 私、びっくりしたもん」

「そうですか? まぁ……、そうかもしれませんね」

まぁ、広いと言われれば広いのだろう。だけど、あんまり気にしない。狭かろうが広かろうが、そこには人が住んでいる。

「また、行かせてね? 護君の家に」

「はい。いつでも構いませんよ」

姉ちゃんが家にいる時だったら何を言われるか分からないけれど。別に姉ちゃんがいたら困るわけではないけれど、色々と詮索される可能性があったりするから、それがちょっとだけ。


……約束……。

約束だ。護の家に行くという約束を。

二人だけの秘密。この場での約束だから、もちろん、自分達しか知らない。他の皆は、知り得るはずがない。

もしかしたら、バレてしまうかもしれない。自分のせいで。

護の家に行ける。そのことだけで、嬉しくなってしまう。顔がにやけてしまう。

それを勘付かれてしまったおしまいだ。この思いを胸に秘めておかないといけない。誰にも知られないようにしなければならない。

だって、二人きりになれるのだから。今日みたいに、他の人のことを気にしなくてもいい。正真正銘の二人きりになれるのだから。

「いつがいいですか? 渚先輩」

「うーん。そうだねぇ……」

やっぱり、テストが終わってからだろうか。それとも、夏休みに入ってからだろうか。

……そっか……。

夏休み。夏休みだ。

さらっと流してしまいそうになったが、もうすぐしたら夏休みなのだ。学校で護と会えなくなる。部活はあるだろうが、その数だって限られている。毎日あるわけではない。

「夏休みになってからでもいい? 」

「詳しい日は、後で決めますか? 」

「うん。そうしよ? まだ夏休みのどの日が空いてるとか、分からないことも多いから」

部活がある日は除きたい。部活がない日に会いたい。せっかくだから。




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