苦しみ
……すごい、この味……。
心愛はレベルの違いを感じていた。自分が料理をしたとしても、ここまでの味は絶対に出すことが出来ない。出来るはずがない。そもそも、自信がないから。
野菜の味が口の中を支配するわけではない、ほどよい感じで口の中に広がっていくのだ。ここにいる全員の好みを知らないにしろ、なるべく合うように作ったんだろうなぁ、と思わせられる味だ。
隣で、護が美味しそうにラタトゥイユの一つの具である赤ピーマンを口に運んだ。
咲夜の口振りから、ここに来てからの護を見ていて、やっぱり護はここに来たことがあるんだなぁ、と実感させられる。
……不知火さん……。
その美味しさからか、護の表情に満足の色がつく。こんな表情、あまり見れない。
咲夜は、それを引き出した。心愛が知らない護を、咲夜は知っている。
……もしかしたら……。
いや、そんなことはない。自分で出した答えをすぐに否定する。
護は誰にでも好かれる。その優しさ故だ。
その優しさに惹かれた。でも、その優しさは当然他の人にも向けられる。心愛だけに向けられるものではない。
分かっている。分かっていること。
咲夜も、そんな優しさに触れただけなのだろう。護が喜んでくれるから、これほどまでに料理を頑張ったのだろうか。
……大丈夫……。
自分に言い聞かせる。まだ、これからだと。まだ、先はあると。
護を好きになって、青春部に入って、かなりの時間が経ったかのようなそんな気がしてしまうが、実際はそんなことはない。まだ、七月。護と出会ってから、三ヶ月しか経っていない。
護はまだ決めてないだろう。告白を受けた中から、誰と付き合うのか。まだ、迷っているはずだ。迷っていてほしい。
本命が心愛なら問題ない。でも、そうではない可能性もある。そっちの可能性の方が高いかもしれない。自分以外の女の子に護が惹かれている可能性の方が高い。
自分を卑下しているわけではない。この場にきて、少し感じた。
同じクラスだということにあぐらをかいて、これまであまり頑張ってこれなかった。
のんびりしていても良いと思っていたのだ。今でも、少しだけ、この関係を続けていたいと願う気持ちもある。青春部のメンバーで楽しくわいわいしたいという気持ちが。
だって、それは楽しいから。落ち着くから。皆、そこは同じ気持ちだと思う。
だけど、その楽しさは、護を苦しめてしまうかもしれない。
こちらがアプローチをかければかけるほど、護は真剣に考えてくれるだろう。そしてそれは、護を悩ませてしまうことに直結する。
護は優しいから。優しすぎるから。
きっと、全員のことを考えて行動している。護はそういう男の子なのだ。他人のことを第一に考える。自分のことを後回しにする。
皆が皆、その護の優しさに甘えているのかもしれない。護が待ってくれると信じて。
心愛だって、護が答えを出すのを待ってくれていると思っている。だって、いつまでも待ってると言ったから。その答えがどちらであるとしても、護の中で決まるまで待つと言ってしまっているから。
一見、その言葉は良いように聞こえる。だけど、その言葉は、相手に自分は気がある、そう伝えているだけなのだ。
そして、相手からの答えを期待している。自分の思いを知ってどう答えるのかに期待している。
……うわぁ……。
そんな風に考えてしまったら、告白してからずっと、護のことを苦しめていたかもしれない。自分の近くに縛り付けていたかもしれない。
護の隣にいたい。護が好き。それは大切な気持ち。一生持っていたい気持ち。何があっても絶対に忘れたくない気持ち。
「あ…………」
咲夜さんが動いた。
「他の皆さんにも、料理の出来栄えがどうなのかを聞いてきますね」
「あ、はい……」
「分かりました」
心愛が返事をした後に、護の声が続く。
当たり前だ。護のためだけに作った料理ではない。当然、ここにいる皆のことを思って作られている。一番は護だとしても。
……あ……。
護の視線が咲夜から料理にへと移る時、その視線に心愛の視線がバッティングする。
一瞬だけ。一瞬だけだったが目があった。そして、護が微笑んだ。
……いつもの護だ……。
今日は特別な日だ。そして、この場も、色んな意味で特別な場所だ。
男一人というこの空間にいながら、護は平生を保っている。いつもで慣れているからなのか。
いつも通りの護が、そこにいた。