七夕パーティー #3
だけど、今日だけは、変えてみようと思った。今日が七夕の日だから。ロマンチックな日だから。勝負できるかもしれない日だから。
皆、それぞれ思っていることがあるだろう。思い通りにいったりいかなかったり、どっちに転ぶかは分からない。ただ、頑張れる範囲で頑張ろうと思う。
だって、そのための、七夕パーティーだから。そのために、皆がこうして集まっているのだから。
この中で少しでも今までより距離を詰めることが出来たら、自信に繋がる。これから先、強気に出ることが出来る。
だから、今晩は、重要な時間。皆にとって大切な時間。
「どっちか、決めにくいことだけど……、まぁ、ポニーテールだな」
「どうして? 」
「やっぱりその方が見慣れてるしさ、今日みたいなのもたまには見たいなぁとは思うけど、心愛はポニーテール、っていう印象がもうあるからさ」
「そっかぁ……」
自分でも、そう思うところはある。ポニーテールの方が似合っていると。護がこの方が良いと言う理由の中には、このサイドテールが姉の沙耶と被るというのもあるのだろう。
髪型はその人のイメージを決定出来る一つのファクターでもある。一番目につくのは髪型だろうと、心愛は思う。
それが被ってしまうのは良くないのかもしれない。それも、沙耶だ。姉だから、一番護と近い距離にいるといっても過言ではない。
護と一番近い距離にいるのは、心愛でも薫でも葵でもない。沙耶なのかもしれない。
小さい頃からずっと見てる。姉として、弟の護を見ている。
護は、振り回されることが多々あると言っていた。それも、苦ではないと言っていた。
やっぱり、自分達と、姉である沙耶との間には、何かの壁があるのだろう。分かることは出来ないけど、そこにあるように感じてしまう。
「ありがと。護」
「どういたしまして」
「そうだ。護」
「何だ? 」
ちょっとだけ、沙耶のことを聞いてみようと思う。
「このサイドテールが沙耶さんと似てるってことだけど……、沙耶さんはずっとサイドテールなの? 」
「いや……。別にそうではないな」
「そうなの? 」
「おぅ。悠樹みたいに短い時もあったし、葵みたいなロングヘアな時もあったな。普通にポニーテールの時もあったし」
「そうなんだ」
「言われてみればそうだな。姉ちゃんは頻繁に髪型変えてる」
……へぇ……。
それだけ印象を変えたいと思っていたのだろうか。それとも、ただの気まぐれだったりするのだろうか。
……沙耶さんのことだから……。
気まぐれかもしれない。片手で数えられるくらいしか沙耶と話していないが、何となく、分かるような気がした。
……あ……。
遥は見逃さなかった。一瞬の変化を。心愛の動作を。
ほんの一瞬だった、このタイミングで護の方向をチラッと見ていなかったら、気付けていなかっただろう。
それくらい、遥は護のことを気にかけていた。他意はない。
「遥………………? 聞いてる………………? 」
……心愛……。
「遥……っ! おーい。遥ーっ」
「へ………あ……。すいません……。何でしたっけ? 」
「聞いていなかったみたいだね」
「すいません……」
気持ちを護に持っていかれてた。だから、杏のことが頭から離れてしまっていた。
「そんなに護が気になるの? 」
声に出さなくても分かる。ここにいる皆が、護を気にしているのだから。
「まぁ……………………」
「結局さ、遥の気持ちはどうなの? 」
「え………………? 」
直球な質問。誰もこっちのことを気にせず隣の人とお喋りをしているとしても、耳に入ってしまうかもしれない。護に聞かれてしまうかもしれない。それなのに、核心をつく質問が、杏の口から発せられた。
「聞かれたらどうするんですか……? 」
「今更だよ。ここにいる大体の気持ちは同じなんだからさ」
「それはそうかもしれませんけど…………」
悠樹に誘われて参加になった麻依。そして、杏と佳奈の友達である真弓。真弓の気持ちは分からないが、麻依は絶対に護に好意を寄せているはずがない。さっき出会ったばっかりなはずだからだ。
だとしても、少なくとも、九人が護に対して好きという気持ちを持っているということになる。そんな中で、遥は何が出来るのであろうか。
「で、どうなの? 」
「…………………………分からない……ですよ………………」
「前もそんな感じの答えだったよね」
前というのは、あの時のことだろう。杏、成美、悠樹、遥の四人が護の家に泊まったあの時のこと。
一目惚れに近いものだったのかもしれない。だからなのか、それ故、分からない。他の人の気持ちが分かってしまうと、もっと分からなくなる。このままでいていいのか。護を本当に好きになっていいのか、分からなくなる。
「はい…………………」
「私はあの時から決心がついたけど」
「そう……なんですか……? 」
「まぁね」
「告白は……したんですか? 」
まずは告白だろう。告白して、護に気持ちを気付かせないといけない。もっと護に見てもらえるようにしないといけない。そうした方が、勝負に出やすくなるだろうから。
「まぁ……、ムードもへったくれもなかったんだけどねぇ……あはは」
乾いた笑いをする杏。
「そうだったんですか…………」
……本当に……。
ムードもへったくれもない告白だった。今思えば、あのタイミングで告白しなくてもよかったのかもしれない。護と過ごせる時間が減ってきているとしても、まだ時間があるのだから。
それに、あの告白はズルい告白だ。皆の気持ちを知っていて、護に告白しているメンバーがいることを知っていて、護が悩んでいることも知っていて、告白した。
護は優しい。優しいから、断るということをしない。いくら後で断ることになったとしても、あの場では断らない。告白した側としてはありがたいのかもしれない。時間が与えられたということだから。
だけど、護に告白をしてしまったあの日から今日まで。杏は何をしてきただろうか。護に好きになってもらうために努力をしてきただろうか。
何もしていない。ずっと護を見ていただけ。流れに身を任せていただけ。二人の間に変化が無くて当然。
今の関係を変えたいと、強く強く思う。思うだけじゃ駄目なのも分かってる。
……何をしたら良いのかなぁ……。
分からない。何をすれば最適なのか。何をすれば護が振り向いてくれるのか。どうしたら杏先輩ではなく杏と呼び捨てで呼んでもらえるのか。
昔の杏なら、悩むことなく、手に入れたいものがあるならそこに一直線に向かっていっていたはずなのだ。佳奈を連れて。なのに、今はそれが出来ない。
……佳奈……。
いつも一緒にいた。どんな時も、佳奈が隣にいた。喧嘩だってしたことない。嬉しさは二倍に、悲しみは半分になる。そんな存在。切っても切れない関係が杏と佳奈の間にはある。
今この場、佳奈は杏の丁度反対側にいる。さっき杏が遥と話していたように、佳奈は真弓と雑談を繰り広げている。
……佳奈に遠慮している……?
この私が? 杏は自分に問いかける。
なぜ? どうして? そんなことをする必要はないはずなのに。
遠慮なんてもの、本当にそんなものをしているのだとしたら、逆に佳奈に怒られるかもしれない。本気でこい、と。
杏は気づいていた。佳奈の気持ちがあきらかに変わっていることを。護が好きだという気持ちが増幅していることを。
だから、遠慮してしまっているのだろうか。分からない。分からないことだらけだ。
……はぁ……。
だって、杏は、これまでに、恋愛なんてしたことがなかった。男の子を好きになったことがなかった。だから、初めての恋。護が初めて。こんなに気持ちが揺らいでいるのだって初めて。混乱しているのかもしれない。初めてのことだらけで。
でも、杏が初めてなら、佳奈だって、護が初めてなのだ。ずっと見てきたのだから、佳奈がこれまでに恋愛をしてこなかったことも知っている。
お互い、初恋の相手が護なのだ。
心愛の動きを、葵も見逃してはいなかった。
……く……。
自分があそこにいたら、同じ行動をとっていただろう。ちょっとだけ、悔しいと思ってしまう。
……隣に……。
せめて、隣にいたい。でも、無理だ。この状況で、心愛か悠樹のどちらかを退けて隣に居座ることは出来ない。
本来なら、あそこには、護の隣には、自分がいたはず。ここに参加していなければ、護の隣には葵がいたはずなのだ。二人きりで、七夕の夜を過ごしていたはずなのだ。
……散々です……。
きっちりと、綿密にたてた計画は、無残にも散っていった。その計画が成功したのは、昨日の朝だけだった。朝だけ、二人きりで勉強できた。昼からララとランが来て、二人きりでなくなった。そして、七夕パーティーに参加することにもなってしまい、結局、二人きりでいられなくなった。
なれないことはないのだろう。ここ、佳奈の家でも、なろうと思えばなれるだろう。だけど、葵は佳奈の家に初めて来たから、どういう風になっているかをしらない。もし、どこかいい場所を見つけたとしても、そこは佳奈にばれてしまう場所だ。
ばれてしまっては意味がない。誰に気付かれることなく、距離をもっと縮めなくてはならならない。気付かれてしまうと、その気付いた相手に火を注ぐことになってしまう。相手の行動を活発にさせてしまうかもしれない。
それは避けたい。自分が不利になってしまうようなことは。
……だけど……。
もう無理だ。この場にいることが自分にとって不利になっている。二人きりになれない以上、この場で有利なのは、今隣にいる悠樹と心愛。この二人が筆頭になる。
……どうすれば……?
どうすればいいのか分からない。どうしたら、これより先に進めるのか。皆より上に立てるのか。一歩先に行けるのか。
それが分からない。
今までは、こんなに悩むことはなかった。もっと、楽に物事を捉えていた。しかし、今更だけど、そんなに簡単なことではない。護の隣にいつづけることは。
タイミング、タイミングで隣にいれることは出来るだろう。でも、いつづけられない。
そこに達することが最大目標。付き合うことが、最大目標。皆同じの最大目標。
だから、難しい。
「ね……ね…………。葵……ちゃんで………………良いんだよね……? 」
左側から、声がかけられる。おっとりとした、ゆっくりとした、声。
……麻依さん……。
「あ、はい」
悠樹のお友達。どことなく、似た雰囲気がある。
「もしかしたら………今更かもしれないんだけど…………一つ、質問しても……いいかな? 」
「いいですけど……」