七夕パーティー #2
「お待たせしました」
「五分ぴったり」
咲夜さんが戻ってきた途端に悠樹の声が聞こえてきたから振り返ってみると、ちょうど顔を上げたらしい悠樹と目が合う。腕を曲げていたから、腕時計で時間を見ていたのだろう。
「はい。待たせるわけにはいきませんから」
どのくらいの時間が経っているのかを分かって、わざと五分ぴったりで戻ってきたかのような口ぶり。
もし、これを意図的にやってのかたとするなら、咲夜さんの体内時計は完璧だということになる。ある意味、凄い。
「で、見つかったのか? 」
そうそう。体内時計がどうとか言うまえに、そのことを気にしないと駄目だ。
「はい。キチンとありました」
「そうか」
ふぅ……。よかった……。これで、運ぶのはかなり楽になっただろう。
「すでに取り付けておきましたから、早速運びましょう。時間も押していますから」
机を運ぶのは楽だった。重くなかったし、ローラーがついてるからコロコロと転がすように運ぶだけ。ただ、机が大きいために、廊下の壁とかに当たらないようにしないと、とか、そういう面でヒヤヒヤした。
「それでは料理を運んできますから、しばらくの間、御笑談をお楽しみください」
「本当に手伝わなくても大丈夫なのか? 」
「はい」
全員分の、それも、全員が満足出来るような料理を作ろうと思ったらそりゃ大変だし、咲夜さんのことだから、ちゃんとそういうことも考えて作ってくれたのだろう。料理を作るのが好きだと言っていたような気がするが、やっぱり、一人というのは骨が折れるだろう。手伝えることなら、俺だって手伝いたいし。
「料理を作って、ここまで運んできて、皆さんに美味しいと言ってもらう。そこまでが、私の仕事ですから」
「悪いな。咲夜」
「いえ。私が好きでやっていることですからお気になさらないでください」
この言葉に嘘はないのだろう。
「ありがとうございます。咲夜さん」
お礼を言う。感謝の気持ちは、言葉で表さないと。嘘っぽくなってしまう時もあるけど。言葉は大事だ。
「いえいえ」
咲夜さんは、恥ずかしそうに笑った。褒められることに慣れていないのかもしれない。
「それでは。しばらくお待ちください」
「はい」
咲夜さんは少し急ぎ足で、家の中に戻っていった。
「はじまる………………」
悠樹はボソッと呟いてみる。何となく、理由はない。強いて言えば、気合いをつけるため。
「何か言いましたか? 悠樹」
「何も言ってない」
隣にいる護には聞こえてしまっていたのか。でも何を言ったのかまでは聞き取れてなかったようだから、何も言ってないということにしておく。
ちょっとだけ、誰にも気づかれないように、護との距離を詰める。隣にいるから出来たこと。
何で隣にいれるのか。それは、机を運んだ時の並びのままだから。その並びで上手く皆が並ぶことが出来ているから、よほどのことがない限り、場所が変わることはないだろう。
ということは、ずっと護の隣にいれるということ。
悠樹は護の左隣。護の右隣は心愛だ。いつもと違う髪型の心愛。そわそわしている心愛。
ちなみに、自分の隣は鳥宮雪菜。護の友達だとか。護は雪ちゃんと呼んでいた。それなりに、仲がいいのだろう。
それに、雪菜は浴衣を着てきている。気持ちが表れているからなのだろう。
「雪菜」
「え……あ…………はい……? 」
唐突な呼びかけに驚いている雪菜。無理もないか。いきなり名前で呼び捨てにしたのだから。
「これから、雪菜って呼んでいい? 」
「あ………はい………」
「高坂悠樹。悠樹で構わない」
「じゃ……、悠樹さんで……………………」
「……ん」
少しだけ、親睦を深めておく。
名前で呼び合う。仲を深めるには、重要なファクターになり得るものだろう。苗字と名前。やっぱり、後者の方が、第三者が見ても仲が良いとそう思うだろう。
「ねぇ、雪菜」
「……何ですか……? 」
「どうして、浴衣着てきたの? 」
大方、予想はついている。でも、確かめておきたかった。
「お姉ちゃんが着ていけ…………って言うもんですから…………。それに……夏だから……ちょうど良いかなって。恥かしい…………ですけど」
……へぇ……。
「お姉ちゃんいるんだ」
「はい。悠樹さんはどうなんですか…………? 」
「双子の妹がいる。だから、わたしがお姉ちゃん」
「そうなんですか…………。やっぱり……大変だったりするんですか……? お姉ちゃんっていうのは……」
「分からない」
分からない。お姉ちゃんといっても、お姉ちゃんらしいことをしてきただろうか。
「ただ、面倒見るのは好き。妹だから」
妹だから、時雨と氷雨だから、面倒を見たいと思う。お姉ちゃんであることが苦にならない。
同性だから、何も気にすることもない。趣味だって合いやすいし、服の貸し借りだって出来る。
でも、もし、妹ではなく弟だったら。どうなっていただろう。自分の考え方も変わっていたかもしれない。もっと男の子っぽい性格になっていたかもしれない。
「私達三人暮らしだから、余計に面倒見るのが好きなのかもしれない」
「……そうなんですか…………。じゃ、家事とか………全部……やってるんですよね……? 」
「全部ではない。分担してる。雪菜はお姉ちゃんとの二人暮らし? 」
「いえ……。お母さんとお父さんも一緒です」
「………………そう」
普通はそう。高校生だから、一人暮らしをするなら分かる。でも、自分と妹を含めての三人暮らしとなると、事例は少なくなるだろう。はっきりいって、珍しいものだろう。
「妹さんは高校生ですか…………? 」
「中三」
「大変じゃ…………ないですか……? 子供だけで…………生活する……というのは…………」
「そうかもしれない…………。でも、慣れた」
慣れた。もう長いから。慣れてしまった、という方が合ってるかもしれない。慣れてしまっては駄目なのかもしれないが。
「そう…………ですか……」
「うん」
雪菜の表情が少し寂しそうなものになったような気がしたけど、気のせいだろう。そういうことにしておこう。
……護の隣だ……。
やっぱり落ち着く。落ち着くからこそ、隣にいたいと思う。今隣にいれるのは、偶然だ。偶然、護の隣にいることが出来ている。
なら、チャンスだ。幸いにも、護の左隣にいる悠樹は護の友達の雪菜と話している。そして、自分は机の右角にいるから、隣はいない。強いて言えば杏だが、杏は遥と話している。
話しかけるタイミングも、チャンスも、ここが一番楽だろう。ここを逃してしまえば、次チャンスが訪れたとしても上手く活用出来る気が全くしない。
「ねぇ、護」
護に呼びかけながら、護との距離を詰める。それなりに、見られていたら気付かれるだろうほどに。
「ん? 」
「ポニーテールとサイドテール。どっちの方が似合ってる? 」
「難しい質問だな………………」
分かってる。その上で、質問している。
今日はサイドテール。もちろん、初めてだ。いつもはポニーテール。この髪型は、小学校の頃から何一つ変わっていない。ずっと、これできている。
だから、今日、髪型を変えるのには少しだけ抵抗があった。変えたいと思っていたけど、抵抗があった。