七夕パーティー #1
「あそこが佳奈の家です」
角を曲がると、この住宅街の中でも大きめの通りにでる。咲夜さんの車で初めて家に行ったときも、この道を通った。
「あそこって……………………、あのおっきい家……? 」
歩くのにつれて揺れる心愛のサイドテール。うん。新鮮。
「うん。びっくりだろ? 」
心愛だけではない。皆の顔を見てみると、皆驚いている。驚いていないのは、俺と真弓だけ。真弓は何回も来ているだろうから見慣れているだろうが、俺はまだ二回目。やっぱり、すごいなぁと思う。
佳奈の家に近づくにつれて、その大きさがよりはっきりと分かるようになる。今更だけど、佳奈ってお金持ちなんだなぁと思う。咲夜さんは佳奈お嬢様って呼んでるし。お母さんかお父さんかのどちらかが、どっかの有名な会社の社長さんだったりするのかな。
あ、門は開けてくれているようだ。大きな噴水が真正面に見える。
自分で頼んだのにあれだけど、防犯とかは大丈夫だよな。まぁ、この辺りに住んでる方々はそんなことしないだろうし、そういうことはなかったと思う。
「もう六時だね」
隣を歩いている真弓が時間を教えてくれる。あ……、腕時計忘れた。携帯あるから良いか……。
予定通りの時間に到着。
夏だからそんなに暗くはなっていないけど、だいたいそんな時間なのだろうと、空を見たら分かる。
さてと、七夕パーティーの始まりだ。時間にしたら三時間から四時間くらい。だけど、濃い濃い時間を過ごせるだろう。終わってほしくない。そう思う時間がくるのだろう。
青春部皆で集まる機会はこれからも沢山あるだろうが、そこに、真弓、遥、麻依先輩、雪ちゃん。今日はこれなくなってしまったララとラン。これだけの人数が一同に集まるとなると、やっぱり難しい。現に、ララとランはこれなくなった。
一番は、雪ちゃん。通っている高校が違うってのが、厳しい。その分、予定が合いにくい。
……あぁ、でも……。
今から一年の月日が流れてしまったら、佳奈と杏とも会い辛くなってしまう。そうしたら、このメンバーではもっと会えなくなってしまう。
……ダメだダメだ……。
青春部から誰かがいなくなる。それは当たり前のことだけど、考えると悲しくなってしまう。だから、考えないことにする。このメンバーは好きだ。落ち着く。嫌なことは考えない。今だけは。
楽しまないと。そのための、七夕パーティー。今、この時の時間を、楽しまないといけない。
「さぁ、皆? 佳奈達が待ってるから早く行こ? 」
俺の服の裾を引っ張りながら、真弓は佳奈の家の方向を指差して言う。
「そうですね」
止めていた足を再び動かし始める。
「佳奈お嬢様。杏様」
花壇の整理を終えた咲夜は、入り口近くの噴水の所にいる二人の元に行く。
暑いから本当ならこの格好から着替えたいものではあるが、護を含め、佳奈のお友達が来る。だから、ちゃんとしないといけない。
「後少しで、護様達が来るようです」
「咲夜か……。分かった」
「咲夜さん。かなり汗かいてるみたいですけど…………」
杏は不思議そうな顔持ちで、こちらを見てくる。当たり前だ。暑いのは暑いが、動いていなければそれほど汗をかくほどのものではないから。
「あぁ……。ちょっと色々」
「花を……いじっていたのか? 」
「……その通りです。佳奈お嬢様」
何で気付かれたのだろう。一時間くらいやっていたから、花の香りが服に移ったりしたのかも。
……思った通り……。
自分の汗の匂いに混じって、少しだけ花の香りがする。
「言ってくれたら手伝ったのに」
「そうですよ。咲夜さん」
「ありがとうございます。でも、自分でしたかったものですから」
「そうか……。で、もう終わったのか? 」
「はい。大丈夫です」
「汗を流してきたらどうだ……? 」
「そうしたいのは山々なんですけど……、時間がありませんから」
護からの連絡を受けたのは五分ほど前。後十分くらいもすれば、皆到着するだろう。たったそれだけの時間では、間に合わない。
「それもそうだが……」
あまり、今のこの汗だくな姿を見られたくはない。主に、護に。
……護様は……。
どういう反応をするのでしょうか。シャワーを浴びてきてください、と言うのだろうか。
……護様なら……。
そう言うかもしれない。優しさから、そう言ってくれる可能性が高い。気を使われる必要もないだろう。
「じゃ………………、やっぱり……入ってきます。すぐ帰ってくるので、ここか厨房、もしくは佳奈お嬢様のお部屋のどこかで待っていてもらえますか? 」
厨房にある大きな机を運ばないといけないから、先に中庭に行かれると少し困る。
「なら、佳奈の部屋じゃない? 」
「そうだな」
「分かりました」
すぐシャワーを浴びて、すぐ戻ってこよう。迷惑をかけるわけにはいかない。
「佳奈。杏先輩。お待たせしました」
皆を引き連れてぞろぞろと佳奈の家の敷地内に入り、噴水前で待ってくれていた二人の元へ。
ありゃ、咲夜さんがいない。先に待ってくれてたりするのかな。
「お疲れ様。咲夜が戻ってくるまで私の部屋で待機だから、ついてきてもらえるか? 」
「分かりました」
戻ってくるまでということは、先回りしてるわけではなさそうだ。何か用があるのだろう。
「なんというか…………。これだけの人数がまとめて私の部屋にいるってのも、何か珍しいものだな」
「それもそうだね」
佳奈の言う通り。俺、心愛、葵、薫、悠樹、成美、渚先輩、佳奈、杏先輩、雪ちゃん、遥、真弓、麻依先輩。十三人が同じ部屋にいるわけで、珍しいというか、こんなに大きな部屋でも皆が入ればやっぱり狭くなるんだなぁ、って思う。
それでも、一人一人がちゃんと腰を下ろすことが出来る。やっぱり、俺の部屋とは大違い。いや、まぁ、比べるのがおかしいんだけど。
「私が発案者なのにこんなことを言うのはどうかと思うんですけど……、テスト勉強とか…………大丈夫ですか? 」
「大丈夫だよ。成美」
「あぁ。心配するほどのものではない」
そういえばそっか。期末テスト間近だ。テストの点が悪くなることはなさそうだけど、忘れてしまいたくなる。面倒だし。
「護達も大丈夫? 」
「はい。大丈夫です」
俺に続くように、葵達も頷く。そりゃ、葵は大丈夫だろう。青春部の一年の中じゃ葵が一番勉強出来るわけだし、俺と心愛と薫の三人は、休み時間とかに勉強を教えてもらうことが多々ある。ありがたい。
今はテストのことは横に置いといて、七夕パーティーのことを考えるようにしよう。咲夜さんが戻ってきたら、本格的に始まる。楽しみだ。
「あ、そうそう。ちょっと力仕事になるかもしれないんだが手伝ってもらいたいことがあるから、それは皆手伝ってほしい」
「手伝ってほしいこと? 」
佳奈のその言葉に、真弓が反応する。ついでに、猫耳の髪飾りも反応しているようだ。本当にどんな仕組みになっているのか気になる。
「護と杏と真弓は知ってるんだが、厨房に結構な大きさの机があってだな、あれを運ばないといけないんだ。咲夜が作ってくれた料理を乗せたりするために」
「あれを、運ぶんですか? 」
「そうだ」
「マジですか…………」
大きめの机とか、そういうレベルのものじゃない。縦も横も数メートルもあるような机だ。ここにいる全員で運ぶとしても、大変だろうと思う。まさかまさかの力仕事である。
「運べるの? 」
「運ぶしかない。あれしか、適当な机が見つからないからな」
「そっか……」
ということは、あの机を中庭に並べることになるのだろう。立食パーティーみたいな、そんな感じなのだろうか。
まぁ、こんなに大人数なわけだし、あの机しか使えないのだろう。
「ねぇ、護」
「どうしたんだ? 心愛」
「護は佳奈先輩の家に来たことあるの? 」
「まぁな……」
来たことあるというか、泊まりまでしたし、佳奈を看病したり、一緒に寝ちゃったりもした。今考えたら凄いことである。まぁ、心愛の家にお見舞いで行ったことがあるけど、それは本当にお見舞いだけだった。
「へぇ、そうだったんだ…………。いつ頃来たの? 」
「えっとだな………………」
佳奈に頼まれて、真弓と遥も含めて四人で植物園に行った時のことだったから、六月の頭くらいのことだったけか。
「六月の最初の頃だな」
「皆で水着を買いに行った日の前くらい? 」
「おぅ。そのくらいだ」
うん、そうだ。佳奈の看病をして、本当は離れたくはなかったけどしーちゃん達との約束があったからそっちを優先し、その後雪ちゃんの家に泊まってその次の日に熱出して皆がお見舞いに来てくれて、んでまたその次の日に水着を買いに行ったりしたから、六月の頭であってる。
振り返ってみたけど、じぶんでもびっくりなほどのハードスケジュール。まぁ、それはそれで楽しいからいいんだけど。
そんな忙しかった(?)六月の頭から今日の七夕パーティーまで、昨日から今日のお昼くらいまではちょっとバタバタしていたかもしれないが、比較的そんなに連続して用があったわけでもなく、僕の懐が萎むこともなかった。
まぁ、僕のお財布事情的には嬉しいことだけど、やっぱり皆とワイワイガヤガヤしたいという気持ちもある。
皆にもそんな気持ちがあったから、今日の七夕パーティーが企画されてこんなにも人が集まったのだろう。咲夜さんを含めて十四人もの人が。
男と女の比率は一対十四。あれ? なんかおかしくない? 昔から男子ではなく女子に囲まれることが多かった俺だけど、さすがにここまで極端な比率になったことは………………あるかもしれん………………分からんけど。
いや、だって、昔から何でか知らんが男の友達少なかったわけだし、今でも親友として心置きなく話せる男友達は羚くらいだし、この結果も仕方ないということにしておこう。そうしないと、適当な答えが見つからないし。
「やっぱり護君は佳奈さんの家に行ってたんだね」
遥が話に入ってくる。あの時は佳奈がお礼をしたいと言ってくれて、それを断るのもどうかな、って思ってたし。
「あれ、真弓さんの策略だって知ってた? 護君は」
「策略? 真弓のですか? 」
一体何のことだろうか。
「植物園で私と真弓さんは急にいなくなったでしょ? そのこと」
「あ…………そうだったんですか? 」
「気づいていなかったわけね……」
にしし、と真弓の笑い声も聞こえてくる。
あの時佳奈は真弓と遥が急にいなくなったというか帰ってしまってとても驚いていたから、真弓だけが考えて行動に移したことなのだろう。
そういえば、佳奈がお礼をしたいと言ったのも、二人がいなくなってからだったっけ。
てことは、真弓がそういうことを考えていなければ俺が佳奈の家に行くことも無かったわけで、もしそうなってたら佳奈の看病とかして意外な一面を知ることもなかったわけで。
そう考えたら、人生って何が起こるか分からない。飛躍し過ぎたかもしれんけど。
「う、わ……………………」
お風呂上り。バスタオル一枚を身体に巻いただけの、そんな状態。咲夜は、一つ失敗した。
「着替え……………………。はぁ……………………」
急いでいたからか、急ぎ過ぎていたからか。護を待たせたくない、皆を待たせたくない。そんな思いが咲夜を急がせていたのだろうか、着替え一式を忘れてしまっていた。
「はぁ…………………………」
再度、ため息をつく。普段ならしない失敗だ。明らかに、自分の気持ちがいつもとちがうから失敗したのだ。
残念ながら、さっきまできていたあの執事服みたいなのを着るわけにもいかない。一度脱いだ服をもう一度着るのは嫌だし、何せもう洗濯を回してしまっている。
「どうしましょう……」
どうしようと考えたところで、することは決まっている。この姿のまま自分の部屋に戻って着替えないといけない。待たせるわけにはいかない。時間をかけるわけにはいかない。
でも一つ、問題がある。
「この姿じゃ………………」
バスタオル一枚のあられもない姿。誰にも見られなかったらそれで良いのだが、誰かに見られてしまったら終わりだ。特に護に、護に見られたくない。
咲夜と佳奈の部屋は近い。運が悪かったら、鉢合う可能性がある。皆が佳奈の部屋でちゃんと留まってる可能性はない。
「はぁ…………」
でも、どれだけ考えたとしても、この脱衣所から出て自分の部屋に戻らないといけない。ここにとどまっておくことは出来ない。ここで時間を潰すわけにはいかない。
「よかったぁ………………」
誰かに見られるわけでもなく、バレるわけでもなく、咲夜は自分の部屋に戻る。
そして適当に、かつ、護に変に見られないような服をチョイスする。胸周りと裾を、パンチングレースとピンタックで飾ったインナーワンピース。色はピンク色。実は、咲夜はピンク色が好きだったりするのだ。もちろん、下にキャミソールを着込んでおく。
「ふぅ………………」
ドライヤーで乾かしはしたがまだ少し濡れている髪を櫛でとかして、準備を整える。髪が長かったらもっとアレンジとか出来るんだろうなぁ、と思いながら。
「さてと………………」
自分が合流したら、始まる。皆が待ちわびていて七夕パーティーが始まる。
咲夜だって楽しみにしていた。だからこそ準備をしていたし、料理も張り切って頑張ったりもした。皆に楽しんでもらうため。ひいては自分も楽しむため。
「どうなるのでしょう……」
護の取り合いになるのだろうか、なんてことを思ってみる。そうなる可能性は高いだろう。もし、そうなったとしても、自分は見物人だ。
いつものカッコ良く決まっている執事服ではなく、ピンク色の可愛らしい私服に着替えた咲夜さんに案内されながら、俺達は厨房に向かう。力仕事が俺達を待っている。
咲夜さんの私服姿を見るのはこれで二回目だろうか。前見た時も、ピンク色の服だったような気がする。
咲夜さんがこういう感じの色合いの服を着てると、ギャップを感じてしまう。
佳奈にも当てはまることなのだが、二人ともクールとかかっこいいというイメージがある。だからどうしてもそのイメージが先行してしまう。
「本当に運べますか? 咲夜さん……」
やっぱり気になる。これだけの人数がいても不安になる。
「護様は……力持ちなほうですか……? 」
「それなりに力はあるつもりですけど…………」
この中で俺だけが男だ。期待されるのは当然。でも、運べるかどうかなんてことは運んでみないと分からない。
「もっと運びやすい方法があればいいんですが、あいにく、私には皆で力を合わせて運ぶやり方しか思いつきませんし…………」
運びやすい方法か。簡単に運べるとまではいかなくても、俺達にかかる負担を減らすくらいの方法はあるかもしれない。よし、考えよう。
歩きながら、考えを巡らせる。うーむ……。
「ローラーとか、タイヤ付きの何かがあればいいかもしれませんね…………」
もしあれば、かける力がぐっと減る。
「なるほど………………」
「ん? 咲夜………………」
「どうかしましたか? 佳奈お嬢様? 」
「机の脚につけて運びやすくするためのやつ…………、無かったか? あの机を買った時にそんなのが一緒についていたような気がするんだが…………」
お? 問題解決?
「あるかどうか分かりませんねぇ。あの机を動かすつもりなんて毛頭ありませんでしたから、捨ててしまっているかもしれません…………」
残念……。振り出しに戻っ てしまった……。
「ただ…………探してみてもいいかもしれません。時間がかかりそうなら仕方なく諦められますし」
「それもそうだな。他の皆もそれでいいか? 」
佳奈の問いかけに、皆は首を縦にふる。見つかるといいな。
「私だけで探してきますから、皆さんはここで待っていてもらえませんか」
この角を曲がれば厨房という所で、咲夜さんが足を止める。
「私達も探しますよ。その方がはやく見つかるかもしれませんし」
杏先輩の意見は尤もだ。
「作った料理を……まだ見てほしくないんです。後のお楽しみにしておきたいので」
「そういうことなら…………」
杏先輩は残念そうな顔をしているが、そういう理由なら仕方ない。ここは、楽しみだ、という気持ちを取っておくべきだろう。
「五分くらいで戻ってきます」