護を好きになったわけ
「佳奈…………。おーい、佳奈? 」
杏は隣に立っている佳奈に声をかける。腕を組みながら、何かを考えいるような佳奈に。
「佳奈……っ!! 」
再度、声をかける。返事が返ってこなかったからだ。
「え………………あ、あ……。ど、どうした……? そんな近い距離から」
「どうした、じゃないよ。何回も呼んだのに」
「そうだったのか……? それは悪かった……」
「もう……」
杏はため息をつく。
「どうかしたの? 」
佳奈がこんな状態になるのは珍しい。名前を呼ばれても返事をしないなんて。
「いや……。なんでもない……」
「?? 」
ちょっと腑に落ちない。
おそらく、七夕パーティーのことを、護のことを考えているのだろう。だけど、詳しくは分からない。詳しく知りたいのだ。杏は。
だけど、もう一回問うわけにはいかない。
「なぁ、杏」
「んー? 」
「杏は………………どうして護のことを好きになった……? 」
唐突な質問。前にも聞かれたような、聞かれてはいないような、そんな質問。
「どうしたのさ、急に」
「気になってな。どうなんだ? 」
「うーん………………」
難しい質問。
護が好き。それは間違いない。だけど、理由を聞かれると答えられなくなる。
当たり前だ。理由なんてものはないから。いつの間にか、好きになっていたから。
当然、いつから好きになったのかも分からない。もしかしたら、あの時、葵の家で中間テストのお勉強会そしてお泊まり会をした、あの時からかもしれない。
杏、と、名前で呼んでもらうようになったのもあの時から。
「そ、そういう佳奈はどうなの? 」
質問を聞き返す。佳奈の気持ちを知りたかったから。
「私か? 私はだな………………。看病してもらった時くらいからかな。あの時から真剣に想うようになった」
「そうなんだ」
佳奈の気持ちは本当だ。佳奈は嘘をついていない。それは言葉の迫力から、佳奈の目からも判断することが出来る。
……ん……?
「看病って……風邪でも引いてたの? いつ……? 」
護と出会ってから、佳奈が風邪を引いたという記憶が、杏の中には無かった。
「杏には言ってなかったか? あぁ、休みの日だったからな」
「そうだったんだ」
自分の知らない出来事。自分が知らないうちに、佳奈と護は距離を縮めていたことになる。
……やっぱり、皆もそうなのかなぁ……。
機会を設けてはいる。青春部の皆で行動して、皆が皆のことを見ていられるようにしている。もちろん、自分が知り得るためでもある。
でも、それだけでは、やっぱりカバーしきれてない。やっぱり、自分が知らないうちに、皆、護との距離を縮めているのだ。
他人の追随を許さず、どうして護との距離を縮めるのか。そんなの簡単。二人きりになればいい。そして、自分以外の女の子のことが考えられなくなるほど、行動を起こせばいい。
ただ。
……それが出来るのなら、もうやってるしねぇ……。
簡単なことだが、出来ない。出来ないからこそ、こうやって、悩んでいるのだ。どうしたら、ずっと護の隣にいることが出来るのかを。
杏は、杏と佳奈は、三年生。嫌でも、来年、卒業式を迎えてしまうと、毎日のように会えなくなってしまう。
でも、そうならないようにする方法がある。
もちろん、それは護と付き合うということ。
彼氏彼女の関係になってしまえば、としの差なんてものは関係ない。こちらの自由が聞くようになる分、護に迷惑をかけない程度で毎日会いに行くことが出来る。
そんな未来を手に入れるため、杏は頑張っている。
今は、同じ部活仲間という関係。先輩と後輩の関係。横の関係もあるが、やはり縦の関係のほうが強くでている。
護は優しいから、受験のこととか、そういうことを気にしてくれるだろう。後輩であるということを意識しながら接してくれるだろう。
だが、それは嫌なのだ。ずっと隣にいたい。ずっと一緒にいたい。
二人きりではあったものの、ムードもへったくれもなかった、水着を買いに行ったあの時。何か、流れで告白してしまった。護に想いを伝えてしまった。
あの日以降、護に変わった様子はない。心配をかけないように、表に出さないようにしてくれているのだろう。護は優しいから。
……でも……。
護は呼び捨てでは杏のことを呼んでくれない。あの時は呼んでくれた。しかし、時間が経てば戻ってしまっていた。
……佳奈のことは、佳奈って呼んでるのに……。
そうだ。最初に名前で呼んでもらった時も、佳奈にヤキモチを焼いてしまったからだ。名前を呼んでもらうのも、佳奈のほうが速かった。
全てにおいて、佳奈の方が先。自分より一歩前にいる。
……やっぱり、佳奈も変わったんだね……。
昔は違う。おとなしいとか、凛々しいとか、頭がいいとか、そういうところに関しては一切変わっていない。変わってるところは、自分より前にいるということ。小さい時は、杏の後ろについてくるような感じだった。
そりゃ、杏から誘っていたことが多かったから、それは当たり前のことかもしれない。
今は違う。杏が考えたことであっても、先に佳奈がいる。今回の場合なんて、遠慮してしまったために、成美に持っていかれてしまった。
……あれは不覚だったねぇ……。
まさか、成美がそういうことを言ってくるとは思っていなかった。いや、自分以外の誰かが、積極的に皆を絡めて護と会おうとするなんてことを考えるとは、思ってなかったのだ。
だから、しまった、と思ったのだ。
今回は何かが違う。いつもとは違う。自分だけではない。他の皆も、徐々に力をこれまで以上に入れ始めている。
……負けられない……。
絶対に、負けられない。
護を取られたくはない。