風邪を引いた #1
お昼時。もう昼だ。
昼だというのに、ララはまだ寝ていた。
「…………………………んっ……」
寝ている。だけど、ララの表情は苦しそうだ。頬も赤くなっている。もちろん、そうなる理由は一つしかない。
カチャ。
ゆっくりと、あまり音をたてないように扉が開かれる。ランが部屋の中に入ってくる。その手には、体温計が握られている。
「ララ………………………………」
「……………………………………っ。あ………………、ラン……? 」
「起こしてしまいましたか…………………………? 」
ララは、自分のおかれた立場を理解していなかった。だって、今起きたのだから。熱があるのを理解していないから。
「え………………………………?
も、もう……お昼なの………………? それに身体も重いし………………」
「熱あるんだから、当たり前です」
ランはララに事実を伝える。その言葉に、ララは驚きの表情をする。だけど、辛そうな表情の方が表に出ている。
「熱………………………? 僕が……………………? 」
驚きながら、ララは自身のおでこに触れようとする。でも、そのララの手は、ランが用意した冷やしたタオルに触れる。
「ほんとに……………………僕が風邪………………? 」
「本当です。びっくりですよ」
ララの驚きも無理はない。当事者ではないランもびっくりしている。
だって、これまでに、ララが熱を出したところを見たことが無かったからだ。風邪になったことすらないはず。
……タイミング悪すぎですよ、ララ……。
「熱……自分で測りますか? 」
「うん……。そうする……」
手を伸ばしてきたララの手に、持ってきた体温計を握らせる。
「うわ………………………………」
……三八度超えてる……。
「下がってませんね。逆に上がってます」
体温計が示す体温を見た瞬間、さらに身体が重くなる。しんどくなる。
当たり前だ。だって。
……護に会えない……。
今日は七夕パーティーだ。どんなに頭が回らないとしても、それだけは分かる。楽しみにしていたのだから。
でも、その楽しみが無駄になった。自分のせいで無駄になった。
熱がある。それも三八度をこえる熱。それほどの熱があるのに、護に会えるわけがない。熱を移してしまう。
……護が看病してくれたら……。
すぐ治るかもしれない。いや、ずっと隣にいて欲しいから、逆に長引くかもしれない。
でも、それも出来ない。だって、七夕パーティー。皆が楽しみにしていたパーティー。一年に一度のパーティー。護との距離をさらに詰めることができるパーティー。
重要で大切なパーティーに参加できない。
それは辛すぎる。でも、どうすることも出来ない。
「護………………………………………………………」
自然と、ララの口から護の名が漏れる。その声は、とても辛そうだ。
あ、そだそだ。葵に連絡しといてもらわないと。
「あ、葵」
「何ですか? 護君」
ちなみに、さっきまでいた咲はいない。母さんのところに行っている。話すことがあるんだとか。薫と胡桃ちゃんはまだ来ていない。まだ着替えているのだろう。
「五時半に風見駅に集合って話をさ、ララとランに連絡しておいてもらえるか? 」
「え…………? 護君は二人の連絡先を知らないんですか? 」
「そうなんだよ。葵だったら知ってるだろ? 」
「私も知らないですよ」
……………………え? 何だって?
「知らないの………………? 」
「えぇ。すいませんけど……」
「そっか…………」
なら、仕方ない。でも、どうするか。誰に連絡してもらうか。困ったものだ。
さてさて…………。
さてさて……………………。
さてさて………………………………。
あ、羚がいた。あいつならララと仲良いはずだし、知ってるかもしれない。よし、羚に聞いてみよう。
「良い案が浮かんだのですか? 」
「おぅ。羚なら知ってると思ってな」
「なるほど。じゃ、私も咲ちゃんのところ行ってきますね。他の人の電話を聞くというのはちょっと忍ばれるものですし」
「そっか。分かった」
なんという心遣い。ありがたい。まぁ、別に葵に聞かれて困るような電話はしないだろうが。
「それじゃ、電話が終わったら下におりてきてください。その頃には薫達も来ると思いますから」
「おぅ。了解した」
葵が部屋から出てくれたので、携帯を取り出して羚を呼び出す。
……。
…………。
………………。
「あれ……? 話し中…………? 」
マジか……。まぁ、時間はまだあるけど電車の時間とかもあるから早めに連絡したほうがいいだろうけど、今繋がらないなら仕方ない。もうちょっと後にしよう。
「ねぇ……。ラン」
「はい? 」
いつも元気なララ。だけど、今日は弱ってるララ。
ずっと一緒にいたのに、ほぼ初めて見るようなララの様子に、ランはより心配になってしまう。
だから、ランはずっと側にいる。ララの側に。
「護に連絡してもらえるかな……? 」
「私は護君のメアドを知らないですけど…………、ララは知ってるんですか? 」
「………………………………」
ララが黙った。喋るのが辛くなったということではなさそうだ。
「どうしよ…………」
伝えられないということになる。熱を出したから行けないということを、伝えられない。
そもそも、ランとララはあまり携帯を使わない。それ以前に、携帯を持ち始めたのもここ数ヶ月、日本に来てからの話なのだ。
ララの携帯の隣に置いていた自分の携帯を開いて、ララは誰か護と接点のある友達がいないか探してみる。
「あ、吉田君だ…………」