思い出作り
「それじゃ、準備をしてきます」
佳奈と杏、そして咲夜は三人でいた。佳奈の部屋で、七夕パーティーのことを話していたからだ。後五時間ちょっと、そうすれば、始まる。
「期待してるぞ。咲夜」
「頑張ってくださいね。咲夜さん」
七夕パーティー。いつものように、集まってわいわいするだけではない。わざわざ来てもらうのだ。だから、おもてなしをしないといけない。
本当なら佳奈も手伝いたかったのだが、料理がそこまで出来るわけではない。なら、咲夜に任せるべきだと思ったから、咲夜に頼んであるのだ。
「はい。頑張ります」
一礼すると、咲夜は部屋から出て行く。次に咲夜がこの部屋に顔を出す時は、準備が出来た時。そこまできたら、パーティーはすぐそこだ。
……楽しみだなぁ……。
杏の心の中に、自然とそういう言葉が浮かんでくる。護がいるからだ。
「どうした、杏。ニヤついて」
「楽しみだなって。七夕パーティー」
「そうだな。急に決めたことなのに人も集まったし」
「ね」
そう。昨日決まったことだった。成美の案を受けて、昨日に決めたことだった。珍しく自分から案を出さなかった代わりに、成美がしてくれた。
……どうしよっかなぁ……。
そこがいままでと違うところ。これまでは、杏が出した案の中で、皆は行動していた。水着を買いに行った時もそう。
だけど、今回は違う。それだけ、成美が本気になってきたということなのだろうか。
もし、そうなら。
……のんびりはしてられないねぇ……。
ゆっくりしている場合ではない。それは、前々から思っていたこと。だけど、ここ最近は、特にそう思う時が多くなってきている。
……焦ってる……?
自分では分からない。でも、そうなのだろう。これだけ勝ちたいと思っているのだから。
何度も考えていたこと。勝ちたいと、その意思だけではどうにもならない。行動で示し、皆より上に立たなければならない。
だからこそ、成美は動いた。
……でも……。
自分に有利な方向に持っていきたいのなら、こんなに大掛かりにする必要はなかった。小さく、護と二人きりでやればよかったのだ。そうすれば、自分だけが護と距離を詰められる。それなのに、成美はそうしなかった。
……遠慮してる……?
その二人きりでの七夕パーティー。もしくは、渚を交えての三人での七夕パーティー。もし、それが他の青春部のメンバーにばれたなら、どうなるか。そのことを、成美は考えたのかもしれない。
だって、それは抜け駆けだから。
そうしないと、いけないときもあるだろう。誰にも知られないところで、護との距離を詰める。一番効果的なのは、おそらくそのやり方。
でも、成美はその選択肢を選ばなかった。
……何か策でもあるの? 成美……。
そうとしか考えられない。
どこか、2人きりになれないかと考えているかもしれない。
……それは難しいよ……?
だって、みんながいる。護のことが好きで好きで仕方が無い女の子が沢山いる。護から片時も離れたくないと思う女の子がいる。そんな中で、二人きりになるのは至難の技。
それに、七夕パーティーは佳奈の家でやる。初めてくる佳奈の家。どの場所に行けば二人きりなれるとか、そういうのは分からない。もしそんなところがあるのなら、そこは杏が知ってる場所だ。佳奈が知ってる場所だ。
……さぁ、成美はどうするのかなぁ……。
……はぁ……。
杏と二人きり。咲夜が準備をしにいったから、後しばらくは杏と二人きり。
別に、嫌なわけではない。というか、嫌なわけがない。ずっと一緒にいたのだから、幼馴染として。どんな時も一緒にいたのだ。
そんな杏を嫌いになるわけがない。嫌いになれるわけがない。
でも、たまに。ほんの少しだけ、杏と二人きりになった時だけ、気まずいと思う。
それは何故か。ちゃんと理由は分かっている。
お互い、護のことが好きだからだ。好き、という気持ちが募り過ぎて、もうどうにかなってしまいそうなほどに。
お互い、その気持ちを知っている。伝えなくても分かる。バレる。だって、幼馴染だから。ちょっとの気持ちの変化でも敏感に感じてしまうのだから。好きな気持ちなら、特に。
だからこそ、気まずい。護が選ぶのは、どちらか。どちらも選ばれない可能性もある。
自分達は、佳奈と杏は、三年生。護は一年生。
後数ヶ月もすれば、卒業してしまう。でも、護は違う。そして、自分達以外の青春部の皆も違う。自分達がいなくなった後も、他の皆は護との仲を深めることになる。
もし、護の彼女になることが出来たとして、それはいつまで続くのだろうか。会えない時間が増えていくのに、どれだけ彼女としていれるのだろうか。
分からなくなってくる。
だからこその、思い出なのかもしれない。自分の中で護を留めておかないといけない。
……そっか……。
時間が経つにつれ、護といられる時間は減ってしまう。夏を越えて秋になってしまえば、青春部に顔を出すことも難しくなる。
受験。どうしても、目の前に立ちはだかる壁がある。どうしようもない壁がある。
だからこそ、今のうちに、護と一緒にいないといけない。それは、杏も思っている。
「なぁ、杏」
「何かな? 」
「私達は……………………………………。いや、何でもない………………」
言葉をグッと飲み込む。今言うことではない。タイミングが悪い。
「そう? 」
不思議そうに首をかしげる杏。
「思い出作らないとな」
別の言葉を繋げる。無言の状況を避けるために。
「思い出……? そりゃそうだね。夏だし。そのための、七夕パーティーじゃないの? 」
「それもそうだな」
思い出を作りたいから、護の隣にいたいから、急な誘いにも皆乗ってきたのだ。
佳奈の気持ちは強い。今日頑張らないと、次に思い出を作れるのがいつになるか分からない。
夏休みになったら、また何かやることになるのだろう。今度は、杏が提案してくれるはずだ。
でも、その時も多くなる。皆、集まる。皆、本気を出してくる。早めに決着つけないといけない。
……勝たないとな……。
時間が経てば経つほど、勝ち目がなくなっていくかもしれない。
なら、今日。自分の家で行われる。自分の家のことは自分が一番知っている。
勝負するなら、ここだ。




