恋のスパイス
「あ、胡桃。先に着替えようか? 」
やっと護の家の前まで来た。家の中に入ってから着替えても良いのかもしれないが、胡桃が護の家に来ることを渋ったことを考えると、先に着替えさせた方が良いと思ったから、薫は胡桃にそう言った。
今いる、薫、咲、葵、胡桃のこの四人の中で、着替えてないのは胡桃だけだ。部活中にかいた汗が染み付いている体操服では、護の家の中には入りたくないだろう。
「あ、お願いします」
「あたし達は先に入ってれば良いんだよね? 」
「うん。お願い」
「それで、護君に伝えておけば良いんですよね? 」
「うん」
少しだけ護の家の中に入るタイミングが遅くなる。まぁ、何度も入ったことがあるわけだから、別に気にすることはない。
「それじゃ、頼むね」
薫と胡桃。葵と咲。四人は二人ずつに別れて、それぞれの家に入っていく。
ピンポーン。
丁度良いタイミング。大体メールを送り終えたそのタイミングで、家のチャイムが鳴る。
母さんは昼ご飯の準備をしてくれているだろうし、俺が出迎えないといけないだろう。
ダッシュで階段を駆け下りる。
「あ、あぶね…………っ!!」
ちょっと足が滑りそうになりながらも、玄関へ。いかん、急ぎすぎた。
「護ー。お待たせ」
「お待たせしました。護君」
扉を開けると、最初に声をかけてくれたのは咲。そして、葵。
あれ………………?
「薫と胡桃ちゃんは…………? 」
「着替るそうです。胡桃は体操服姿のままでしたから」
「なるほど…………」
まぁ、そりゃ着替えたいだろう。汗でベタベタしているだろうし、俺だって帰って連絡する前に着替えた。
「それで? 昼ご飯は大丈夫そう? 」
「あぁ。心配ない。上がってくれ」
まずはリビングに連れていく。母さんにそう言われている。皆が来たら連れて来てね、と。
まぁ、まだ全員が来たわけではないが、先に母さんに言っておくほうがいい。
「母さん」
リビングに入ってすぐ、キッチンにいる母さんに声をかける。母さんは、別に何かをしているというわけでもなかった。
「あら? 二人だけなの? それに……、咲ちゃんと…………」
「あ、葵です。御上葵です。よろしくお願いします」
そっかそっか。咲は何回か来たことあるから母さんとの面識もある。葵も一度家に来てくれてはいるが、その時母さんはいなかった。
「あと二人いるよ。薫と、胡桃ちゃんって娘も」
中学のハンドボール部の娘なんだ、と俺は付け足す。
「じゃ、二人が来てから作りましょう。昼ご飯を」
「皆で……作るんですか? 」
葵は首を傾げて問う。
「そうよ。皆で作ったほうが楽しいでしょ? 」
母さんはニヤニヤとしている。これは、母さんが何かを企んでる証だ。変なことは考えないでほしい。
「今更だけど…………、服のサイズ合うかなぁ……」
護の家にすぐにでも行きたいと思っているだろう胡桃は、さっきからそわそわしている。薫の部屋に入ったのが初めてだからかもしれない。
ちなみに、薫は、着れなくなってしまった服をすぐに捨ててしまうタイプ。
自分が、胡桃と同じ中学一年の時に着ていた服があったら良いのだろうが、残念ながらない。クローゼットの中にはない。
「合わなくても着れるものありますか…………? 」
「スカートとかでも大丈夫? 」
「まぁ……。あんまりはかないですけど」
自分だって、あまりスカートははかないほう。だけど、あるのはある。護の趣味に合うように、考えて買った服が少なからずある。
……ベルト、ベルト……。
今の薫のものなら、サイズが合わない。ウエストが合わない。スカートなら、ベルトでしめれば多少は大丈夫。
「じゃ、着替えよっか」
「あ、はい」
キュロットスカートとウエストを合わせるためにベルト。そして、そのスカートには合わないかもしれないが、薫が普段着ている部屋着を、胡桃に手渡す。
「ほら、はやくはやく。護が待ってるからね。あ、脱いだ体操服はあたしが洗濯機に入れてくるから」
「い、いえ………………っ。自分でもっていきます……。汗で濡れてますから……………………」
「そんなこと、別に気にしなくてもいいんだよ? 」
胡桃の気持ちは分かる。
薫だって、汗に濡れた服を護に持ってもらうとなったら、やっぱり躊躇ってしまう。でも、薫は護ではないし、そもそも薫と胡桃は同性だ。気にすることは何もない。
「でも………………」
「そんなに気になる…………? 」
「そういうわけではないんですけど……………………。なんとなく…………。ごめんなさい……」
「なら……、仕方ないね。あたしの部屋じゃなくて脱衣所で着替えよっか」
「で、母さん」
「んー? 」
「何作るつもりなんだ? 」
「内緒」
……まさかの……。
何か企んでる。絶対に、企んでる。たまに、母さんは姉ちゃんみたいなことをする時がある。いや、もしかしたら、姉ちゃんが母さんに似たのかもしれない。
てか、そんなことを呑気に考えている場合ではない。
「知らないほうが楽しめるでしょう? 」
「そりゃそうかもしれないけど……」
昼ご飯が出来上がるまで、俺は何が出来るのかを知らされず待ってないといけないということか。まぁ、別に困りはしないけど。
「ちなみに、何を作るか………………決まってるんですか? 」
俺の右手側にいる咲が、母さんにそう質問する。左側にいる葵も、咲の言葉に頷いている。
「皆が集まってから決めようと思っているわ」
「大丈夫なのか? それ」
冷蔵庫の中にどんな食材があるのか。それを見て考えるなら良いかもしれないが、そうしない場合、足りない食材を買いに走りにいかないといけなくなるかもしれない。
「大丈夫」
何やら自信ありげに頷く母さん。まぁ、母さんの料理はすごいし、薫とか葵も料理が出来る。不安要素は全くない。
……二回目です……。
護の家に入るのも、護の部屋に入るのも。まだ、二回目なのだ。
「座ってて」
そう言いながら、護は窓を開ける。ベットの左側にある窓。護がいつも勉強している机の左側にある窓。護が開けた窓は、後者のほう。
窓を開けたと同時に、風が部屋の中に流れ込んでくる。夏の暑さを含んだ風だ。
薫と胡桃が来たらすぐにキッチンに行くことになるのだから、多少暑くても我慢しないといけない。暑くても護の側にいられるのなら、気にならない。
「ねぇ、葵ちゃん」
護のベットにもたれかかるように腰をおろす。同じように隣に座った咲が、ちょんちょんと肩をつついてくる。
「どうしたんですか? 咲ちゃん」
「葵ちゃんは護の家に来たのは今日が初めて? 」
「いえ。二回目ですよ」
「そうなの? 」
「俺が風邪を引いた時にな。青春部の皆が来てくれたんだ」
……なるほど、護が風邪……。
それにしても。
「護が風邪を引くなんて珍しいねぇ」
皆が、青春部の皆が心配して護の家までお見舞いにやってきたということは、熱もあったということなのだろう。
咲が護と友達になって、護のことを好きになってから、咲は護が熱を出したところを見たことはなかった。調子が悪そうな時は何回かあったのだけど。
「まぁな。自分でもびっくりしたわ。結構忙しかったのもあったんだろうけどな」
「どっか行ってたりしたの? 」
「色々とな。雨に濡れたりもしたし」
どんなことをしたのか、教えてはくれない。青春部絡み、ということは分かる。
青春部に関係してることなら、自分は関係ない。でも、それに関係ないこともあるのだとしたら教えてほしい。過去の話だから、今更聞いたところで何か出来るわけではないのだけれど。
「あ、そうだ……」
「ん? 」
一つ気になることがあった。
「さっき、薫が雪菜ちゃんって言ってたけど……、その雪菜ちゃんって、鳥宮雪菜ちゃん? 」
「そうだけど………………、何で知ってんだ………………? 」
あっていた。自分は間違っていなかった。雪菜。どういった関係なのかも、知ることが出来る。雪菜本人からも聞くことが出来る。
「学校、同じだし。クラスもね」
「え……!? マジか? 」
「ほんと、ほんと」
……さてと、聞き出すことにしますから……。
幸い、まだ薫と胡桃は来ていない。それまでの時間、護と雪菜の馴れ初めを聞ける。自分が知らない部分を知ることが出来る。
「どこで知り合ったの? 雪菜ちゃんと」
それも七夕パーティーに誘うほどまでに、と咲は心の中だけで付け足す。
たとえ、時間を伝えるのを護が忘れていたとしても、仲が良いということだ。
「知り合ったっていうか、姉ちゃんが理由かな。結構ちっちゃい時から知ってるし…………、もう一人の幼馴染みたいな感じ。まぁ、また会ったりするようになったのは最近なんだけどな」
「へぇ…………」
姉ちゃんの影響は強い。
俺と雪ちゃんが会うことになったのも、姉ちゃんが理由だ。
姉ちゃんの親友である魅散さんと遊ぶからと言われ、俺も連れていかれたのだ。
それが初め。まぁ、そんな頃から俺は、人に振り回されることが多かったとも言える。
また数年振りに会えたのも、姉ちゃんと魅散さんのおかげ。
まぁ、しーちゃんの家に行くその時に先に雪ちゃんに会ってしまってはいるが、本来なら、その後に会う予定だった。
雪ちゃんとの関係に関してだけは、二人の影響が強い。
「咲は……雪ちゃんと話したことあるのな? 」
「片手で数えられるくらいだけどね」
あまり接点は無いということか。
どちらかというと雪ちゃんはあまり口を開かないタイプだし、その点だけを考えると、合わないところもあるかもしれない。
まぁ、雪ちゃんだって、仲良くなったら結構話してくれるようになるもんだ。それは、身を持って体験している。悠樹みたいなタイプ。身長は雪ちゃんのほうが高いが、着ている服とかだって案外似てるところがあるかもしれない。
うん。何となく、そう思う。
咲は誰とでも仲良くなれそうなタイプ。まぁ、本当はそんなことないかもしれないけどな。
仲が良い友達がたくさんいたとしても、それ以外の人とは合わないということだ。完全に、誰とでも友達になれる人なんていないと思う。
いやはや、何でいきなりこんなこと考えたのだろうか。まぁ、いっか。
「友達になれるかなぁ……」
「咲ちゃんなら大丈夫だと思います。その……雪菜ちゃんというのがどのような方なのか、それを知りませんけど……。私を引っ張ってくれたりもしたじゃないですか。物心ついた時にはもう仲良くなってましたし」
咲と仲良くなった頃の時のことでも思い出しているのか、葵の表情が和やかなものになる。
葵と咲だって、幼馴染じゃなかったら、こういう関係にはなってなかったかもしれない。
「そうだね。今思ったら不思議だよねぇ。お互い性格も違うのにね」
「はい。そうです」
佳奈と杏先輩も、結構性格が違う。双子のララとランもかなり違う。
俺の周りには、案外そういう友達が多かったりするのかもしれない。
「まーもーるー」
「ん……? 」
小さい声。俺を呼ぶ声。
確実に二人ではない。今話ているわけだし、そもそも、こんなに小さい声で話す必要はない。
てことは。窓の外。薫だ。
「薫の声……だよね? 」
「うん」
何故メールをしてこないのかと思ったが、呼ばれているのだから、返事をしないといけない。
急いで立ち上がり、窓を開けて、その先に薫を見る。お、薫の服を着ている胡桃ちゃんもいる。
「どうかしたのか? 」
窓の向こうを見ると、薫の部屋が見える。一度、薫が窓から窓をつたって俺の部屋に入ってきたこともあるから、そんなに距離はあいていない。普通の声で、互いの声は届く。
「今からそっち行くから、キッチンの方で待ってて」
「おぅ。分かった」
背後で、葵と咲が立つ音が聞こえた。二人にまで聞こえていたか。
「じゃ、すぐ行くから」




