修羅場のはじまり #2
さっきおんぶしてもらっていたり、触れ合うような距離で隣に座っていたりしたのに、そんなことを思うのは少しおかしいのかもしれない。
でも、これから行くのは保健室ではないし、もう頭もクラクラしない。
護の家に行くのだ。初めて、護の家に行くのだ。なら、もっと別の格好の方がいい。体操服姿じゃないほうがいい。
「服か………………」
「服ならあたしが貸すよ? 護の家の隣があたしの家だし、すぐに取りにいけるし」
「良いんですか…………? 」
「気にしない気にしない。胡桃はあたしの練習に付き合ってくれるんだから、そのお礼に、ね? 」
「じゃ…………すいませんが……お願いするです」
そう言われたら断れない。別に、薫に迷惑をかけるわけではない。薫は、親切心からそう言ってくれてるのだ。それに乗らないほうが、迷惑をかけることになってしまう。それは避けないといけないこと。
「ささ、皆護の家に行くってことで。じゃ、出発だよ。ほら、護。先頭を歩いた歩いた」
「あ、沙耶さん」
時を同じくして、鳥宮家。雪菜、沙耶、魅散の三人は、何かをするわけでもなくリビングに集まってボーッとしていた。
雪菜の右手には、携帯が握られている。朝起きた時から、雪菜はずっと携帯に着信が入らないかを確認している。
昨日護と電話をしてから、護から返事が返ってこないからだ。青春部、そしてそれぞれのお友達などで集まる七夕パーティーについての連絡が何もこないからだ。
「どうしたの? 雪菜ちゃん」
「あ、いえ…………。やっぱりいいです………………。ごめんなさい……………………………」
護から返事が来ない。そんなことを沙耶に言ったところで、どうすることも出来ない。
「雪菜。さっきからというか、朝からずっとそわそわしてるけど、何かあるの? 護君と会う約束してるとか? 」
……何でバレるの……。
今回は自分が悪い。魅散の言う通り、そわそわしていなのには間違いないからだ。
「まぁ……間違ってはいない……」
「護からまだ返事来ないの……? 」
「そういうわけではなくて…………ですね」
七夕パーティーへの参加の許可がおりたのかどうか。それに伴い、集合時間やら何やらについて。返事がこないことを、雪菜は口にする。
「ありゃりゃ………………」
「護のやつ。忘れてるかも……」
……そっか……。
用事があると言っていた。だから、それに追われていて、こっちまでに気が回らないのかもしれない。単に忘れられている。それだけは考えたくなかった。
「こっちからメールしておこうか? 」
「いえ………………。もう少し待ってみます…………」
「そう? 」
まだ時間はある。まだ七夕パーティーは始まってないだろう。なら、大丈夫。
ちょっとだけでも良い。護の側にいれる機会があるなら、そのチャンスをちゃんと使いたいだけなのだ。
……まーくん……。
何か……、何かを忘れているような気がする。
ん? 勉強をするのを忘れている? そういうことではないし、それくらいのことは重々承知している。そんな些細なことではなく、もっとだいじな何かを忘れている気がするのだ。
……。
…………。
………………。
……………………ダメだ。思い出せない……………………。
「ねぇ、護。一つだけ気になることがあるんだけど……」
「なんだ? 」
俺の後ろを、胡桃ちゃんと並んで歩いている薫が声をかけてくる。ちなみに、俺の横を歩いているのは咲。
学校に繋がる一本道だといっても、他の道にもつながっていたりするわけで、日曜日だからそこそこのひとがこの道を使っている。
中学校に向かう時はまた人も少なく藍ちゃん達と横並びであるけたわけだが、帰りはそうはいかなかった。
「今日の七夕パーティー。参加する人数が一四人だ、って佳奈先輩が言ってたんだけど………」
あれ? 一四人だったけか……。俺の勘違いだったか。一三人だったような気がするんだが。
昨日の夜に、佳奈からメールが送られてきていた。どれだけの人数が今日の七夕パーティーに参加するのか、というメールだ。
佳奈は真面目で、参加する全員の名前が書かれていて、律儀にも誰の友達なのか、それまでも明記されていたような気がする。
「七夕パーティーするんだ。もち、青春部の皆は参加するんでしょ? 一四人もいるってことは」
「そうそう。それでね、護。雪菜って女の子……って一体誰………………? 」
そうそう。雪ちゃんも参加するんだった。
……ん……? 雪ちゃん……?
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!! 」
「い、いきなりどうしたの……っ!? 護………………」
「忘れてた……………………」
「何を………………? 」
「その雪ちゃんに時間とか連絡すんのを……………………」
「何やってんのよ…………っ!? そんな大切なこと忘れてたの? その雪菜ちゃんって娘……ずっと護の連絡を待ってるんじゃないの!? 」
「そ、そうだよな……。悪い……」
「謝るならあたしじゃなくて雪菜ちゃんにでしょ? ほら、さっさと家帰って連絡しなさい。あたしが護の家まで案内するから」
「あ、ありがとうな。ごめん………………」
俺と薫だけで話が進んでしまい、咲と胡桃ちゃんは何のことだかさっぱりだと思うが、後で説明しよう。今はのんびり説明なんてしてる場合じゃないし、俺がする必要もない。薫がしてくれるだろう。
てか、雪ちゃんへの連絡を忘れるとか最悪だ。言い訳のしようがない。
雪ちゃんと一緒に姉ちゃんもいるし、七夕パーティーが終わって帰って来たあと、ちょっと怒られるかもしれない。
考えることより足を動かそう。はやく家に戻る。それが先決だ。
「た、ただいま………………っ!! 」
勢いよく家の扉を開けて、玄関に駆け込む。良かった。鍵がしまってなくて良かった。閉まっていたら、走ってきた勢いのまま扉に衝突していたかもしれない。
いつもならちゃんと靴を並べるのだが、そんなことをしてる暇はない。
「ちょっと、護。帰ってきたの? 静かにしないさいっ!!!! 」
階段をドッドっと駆け上がっていると、階段の下から母さんの声が響く。
「あ、母さん! 」
雪ちゃんにはやいとこ連絡しないといけないが、その前に母さんに言っておかないといけないことがある。忘れたらダメだ。
「どうしたの。そんなに急いで」
「母さんは………………っ、もう昼ご飯食べた…………っ? 」
「まだだけど…………どうかしたの? 誰か連れてきてるの? 」
「そ、そうなんだ…………っ。だから、一緒にいいかな、って」
「別にいいわよ。料理は何でもいいわよね? 」
「うん。頼む……っ。ありがと…………っ!! 」
にっこりとして、母さんは階段の下から消えていく。
OKしてくれたようでなにより。良かった。まぁ、OKしてくれると思ってた。
「さてと……………………」
こっちは大丈夫。今度は雪ちゃん。怒ってないだろうか…………。雪ちゃんだから、そんなことはないと思いたい……………………。
葵の家に持っていた鞄の中から携帯を取り出して、慌てて雪ちゃんに連絡する。
「あ、雪ちゃん…………っ! ごめんっっ!! 」
一コールで繋がった。だから、すぐ謝る。謝らないといけない。
「え………………え……え………………………………? 」
いきなりの謝罪だった。ようやく護から連絡が来たと思ったら、護の第一声は謝罪の言葉だった。
「ど、どうしたの…………? まーくん…………………? 」
護に謝られるような、そんなことをされた覚えは、雪菜ゆきなにはない。
「ごめん。連絡すんの忘れてた…………。今日のパーティーのこと……………………」
……あ……。
なるほど。そのことか。
「別に謝らないで………………。まーくん。まーくんも忙しかったんでしょ? 」
「そんなのは言い訳にならねぇよ。本当にごめん………………」
「いいよ。ずっとまーくんのこと待ってた。それで、何時集合? 」
「あぁ、そうだよな……。えっと………………。六時から。早めに到着した方がいいかもな。それに、雪ちゃんの家から風見駅までは遠いけど……大丈夫か? 」
「うん。大丈夫」
護といることが出来るなら、それがどこであろうと雪菜は行く。自分にできることはそれしかない。
「それに……時間も調べてある………………。五時半くらいに駅につければ良い? 」
「そうだな。それくらいならちょうどいいしな」
「分かった。じゃ、その時間……。ちゃんと待っててよ? まーくん………………」
「おぅ。分かってる。ほんと、忘れててごめんな」
「もう謝らないでよ」
「ごめん……………………」
「ほら、また謝ってる……………………くす」
雪菜はくすっと笑ってしまう。自分達のやり取りに。少し、昔を思い出したような、そんな気がした。
「だな。じゃ、その時間で」
「うんっ。楽しみにしてる」
護との電話を終え、ゆっくりと、携帯を耳元から離す。自分の顔がほころんでいるのが分かった。
自分で思い出してくれた。なら、護の中にまだ自分がいるということだからだ。
……雪菜ゆきなってあの雪菜ちゃん……?
護が急いで家に帰った後、咲達はのんびりと歩いていた。その間、会話は一切ない。
咲は、ずっと考え事をしていた。
それは雪菜のこと。薫の口から発せられた雪菜のこと。咲は、その雪菜という女の子を知っている。本当に、知っているレベルだけど。
「薫は知ってるの? 」
「何を? 」
「何をって、雪菜ちゃんのこと」
「知らないわよ」
あたし、一体誰? って護に聞いてたのに、と薫は付け足す。
そうだったような気がするが、忘れていた。雪菜というのを聞いて、意識がそこに持っていかれてしまったからだ。ずっと、護と雪菜の繋がりを考えてしまっていたからだ。
「そうよね…………」
「そんなに気になるの…………? 」
「まぁ……」
当たり前だ。どこに二人の接点があるのか。全く分からない。それに、いつ知り合えたのか、それさえも分からない。何も分からない。知ることが出来ない。
雪菜のことをもっと知っていれば、すぐに分かったのかもしれない。でも、知らない。クラスメイトでおとなしい女の子、ということしか知らない。話したことも一度か二度。そんな程度なのだ。
「あたしも気になるけどね。詳しいことは……後で聞けばいいんじゃない? 」
「それもそうだねぇ」
……これは気になるねぇ……。
忘れていた。護はそう言っていた。それは、自分達がハンドボールをしようと誘ってしまったからかもしれない。
だけど、護の口振りから察するに、今日誘ったわけではないのだろう。昨日のうちには誘っていたはずだ。
その七夕パーティーとやら。咲はそれには参加しない。誘われてないし、そもそも人数が多い。今は自分の番ではない。
……やっぱり諦められないよねぇ……。
自分の番ではない、と思っているということは、まだ自分にチャンスが巡ってくると考えていること。まだ諦めてないということ。
だって、雪菜にもチャンスがあるのだ。雪菜には悪いが、護に忘れられていた。たとえ、忙しかったとしても。
雪菜にもチャンスがあるのなら、自分にもチャンスがある。そう思える。
……仕掛けないとダメかなぁ……。
七夕パーティーは今夜。おそらく、全員とまではいかないが、何人か、護にアプローチをしかけることだろう。だって、そういうチャンスがあるのだから。
今日を終えてしまうと、チャンスは巡ってこなくなるかもしれない。もし、誰もアプローチをかけなかったとしても、チャンスがこなくなるかもしれない。
なら、どこで自分は仕掛けられるか。それは明確。
この先、護の家。薫と葵がいる。そして胡桃くるみもいる。二人きりになれる時間はないかもしれない。それに、長居するわけでもない。
難しいことは分かってる。でも、本当に護を自分のものにしようと思うのなら、頑張らないといけない。
気を抜いてはいけない。
チャンスは今。この先。護との関係を縮める。それだけでも良い。たったそれだけでいいのだ。少しでも、自分を考えてもらえればいい。




