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せいしゅん部っ!  作者: 乾 碧
第一編〜七章〜
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修羅場のはじまり #1

体育館の扉をゆっくりと開けると、胡桃(くるみ)ちゃんが言っていた通り、薫と咲、そして葵が待ってくれていた。

「お帰り、護。胡桃ちゃんも」

「おぅ」

「待っててくれてたんですか。すいません」

ぺこり、と胡桃ちゃんは頭を下げる。

「気にしないで。胡桃は着替える? そのまま帰る? 」

汗をかいた体操服で家まで帰るのか。ちゃんと別の服に着替えて帰るのか。その選択。

もちろん、薫と咲は着替えていた。葵も、ここに来た時と同じ服に戻っている。手には、体操服が入っているだろうと思われる袋。そりゃ、洗濯しないといけないしな。

「着替えたいのは着替えたいですけど………………。持って来るの……忘れたような気がします…………」

「あちゃー。そうなのか。仕方ないねぇ」

あ、何か、俺もやらかしてるような気がする。

そして、確認する必要もない。俺は家で着替えて、ここに手ぶらで来た。着替えなんて持ってきてるはずがない。

まぁ、家近いし、戻ればいいだけの話。

「護は着替える? 着替えるなら、あたし達は待つよ? 」

薫がそう言ってくれるが、大丈夫。持ってきていない。完全に気が抜けていた。

「俺も着替え持ってきてないんだわ…………」

「護も忘れたの? 」

「護君……手ぶらでしたしね」

「すっかり忘れてたわ……」

この後、七夕パーティーがあるから、風呂とかも入らないといけない。

昼くらいには風見駅には行っておこう、なんて葵と話をしていたが、それは無理。お昼ご飯だって、食べないといけないし。まぁ、遅れない程度。でも、早目に。他の人を待たせたりはしたくないし。

佳奈の家で行われる七夕パーティー。参加するのは、青春部は全員。これは当然。そして、その皆の友達やらなんやらで、計一四人。

心愛、薫、葵、悠樹、成美、渚先輩、佳奈、杏先輩、遥、真弓、ラン、ララ、咲夜さん。これで全員。楽しくなること間違いなしだ。

「あ、そだそだ。お昼時だけど……皆はやっぱり家戻って食べる? 」

「そりゃ、そうだな……」

あ、でも、元々家に戻るのは今日の夜のはずだったし、さっき、家に着替えるために戻った時も、昼ごはんはいらないから、なんてことを言ったような気がする。外食するお金あるのだろうか。

まぁ、いざとなったら葵が貸してくれるかもしれないが、そういうことは頼みたくない。女の子の勘定を持つことはいいが、勘定を持ってもらうのはちょっと嫌かもしれない。変なプライドかもしれないけど。

「やっぱりそうだよねぇ…………」

「そういう咲はどうなんだ? 」

「ん? あたしは久し振りに護の家に行ければなぁ、なんて思ってたりしたんだけど、そんな唐突には無理だよね。予定とかもあるだろうし………………」


……宮永さんの家で……?

もちろん、会話の流れ的にお昼ご飯を食べるということになるのだろう。そして、もしこの案を、咲が提案したものを護がOKしたなら、咲、薫、葵の三人は、確実に護の家に行くだろう。

胡桃(くるみ)だって行きたい。だけど。

「ゴメンゴメン。本当に急すぎるよね……。今のは忘れて」

あはは、と乾いた笑を浮かべながら、咲は自分で出した案を取り下げる。

自分でも無茶なお願いだと分かっていたのだろう。それなのに、口からポロッと出てしまった。その気持ち、分からなくもない。

「頼んでみてもいいぞ? 」

……え……?

「頼んで……くれるの? 」

「そんな、護のお母さんにも悪いし…………」

「無理しなくてもいいんですよ? 護君」

本当は行きたいはずであろう薫と葵も、自分の思いを抑えている。もちろん、咲も。

「無理はしてねぇよ。この時間ならまだ母さんもご飯作ってないだろうし。そもそも、母さんは大勢で食べる方が好きだからさ」

「それは……そうだけど……」

薫が護の言葉に同意する。それもそうだ。薫は護の幼馴染。家族ぐるみで仲が良い。知ってて当然なのだ。

「本当に頼んでくれるの……? 」

「あぁ」

行けるかどうか。それはまだ分からない。だけど三人の表情は、行ける、ということは確信しているようだ。

胡桃は護の母のことを知らない。だけど、護の母親。優しいに決まっている。何か理由がない限り、断るということはしないだろう。

キュルルルル。

……あ……。

何やら可愛らしい腹の虫の音が聞こえた。それも二重だ。誰から発せられた音なのか。すぐにわかった。

「わわ…………」

「あはは。久し振りに白熱しちゃったからかなぁ……」

葵と咲が、恥ずかしそうに自分のお腹を押さえる。

「ほら、それなら俺の家の方が良いだろう? 二十分もあれば家に着くわけだし」

「そだね」

「すいません……」

その音が決定を決めるものとなった。

「胡桃ちゃんも来るか? 」

「え……………………? 」

自分には振られない話だと思っていた。そこに自分が入るのは烏滸がましいと思っているからだ。

それに。

……優しくしないでください……。

胡桃はそう言った。保健室で、二人きりの空間で、そう言ったのだ。これ以上、護を好きになりたくなかったから。

それなのに、自分で壁を作ったというのに、その壁はいとも簡単に崩れようとしている。その壁は護側から崩されようとしている。

理由は簡単。胡桃が優しさだと思った今のことを、護はそうだと思っていないからだ。当然なことだと思っているからだ。

やさしくしないでください。それは無茶な注文だったのかもしれない。護的にも自分的にも。

「胡桃ちゃんもお腹、すいてるだろ? 」

「でも……体操服ですし……。汗もたくさん……」

そうだ。断る理由がある。断るのに相応しい理由がある。

護の家には行きたい。だって、これまでに行ったことがないのだから。

でも、この姿ではいけない。やっぱり、少し気にしてしまう。


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