重い、思いと想い #2
これ以上、護のことを好きになったら駄目だ。護に惹かれてしまったら駄目だ。だって、どれだけ護のことを想おうとも、叶うことがないから。
だから、胡桃は、護の優しさを拒絶する。
「でも…………………………」
「ん? 」
「これ以上………………。私に優しくしないでください………………」
「え……………………? 」
やはり、護は驚いている。胡桃が予想していたことだ。
当たり前のことだろう。護の優しさは、護自身が意識してやっていることではないからだ。そういった何かの行動するための深層心理があるのだろう。
意識的にしているんだとしても、胡桃の目には無意識に溢れ出る優しさなのだと思っている。
だから、そう言ったところで、効果はないのかもしれない。でも、言っておきたかった。
「これ以上優しくされたら……私、宮永さんのこと……………………好きになってしまうかもしれませんから……………………」
嘘だ。嘘だ。もうすでに護のことが好きだ。だけど、嘘をついた。嘘をつかざるを得なかった。
ここで胡桃が護のことが好きだと言ってしまえば、護は困ることになる。悩むことになる。これ以上、胡桃は護に迷惑をかけるようなことは絶対にしたくなかった。
「え……あ…………へ……? そ、そっか……………………」
驚いている。こんなに驚いている護を、胡桃はこれまでに見たことが無かった。
それも当たり前だ。護のことを全然知らないから。それなのに、好きだというのもおかしな話だ。
でも、胡桃にはどうすることも出来ないのだ。一度好きだと想ったこの気持ちを変えることは出来ないのだ。
だからこそ、これ以上護のことを好きにならないようにする。護以外にも迷惑をかけないように。
「戻りましょうか………………」
こんなことを言ってしまったから、二人きりでいるのも怖くなる。そだけでもっと好きになってしまうかもしれないから。そういったことになってしまいそうなことは、自分で排除していかないといけない。
「も……もう大丈夫か…………? 」
「はい。大丈夫です。心配かけてすいません……」
「あ、いや……。気にしなくていいよ」
胡桃は腰をあげて、ブラブラとさせていた足を地面につける。そして、護より一歩前に出る。
「急いで戻りましょうか。薫さんとか待っていると思いますから。護さんのことを」
「葵ちゃん、ごめんね。途中で練習やめるような形になっちゃって……」
薫が皆を仕切って片付けとかの指示をしている中、咲は葵の元に行って、少し頭を下げる。
「いいですよ。仕方ないですから」
「そうだけど……。ごめんね」
「いいんですよ。本当に……。あ、そういえば…………」
「ん…………? どうかしたの……? 」
葵は、一つだけ気になっていることがあった。
「どうして、護君に連れていかせたんですか? 胡桃を」
薫と咲は、このハンドボール部のOBだ。OBであるから、久し振りに顔を出したであろう今日、また皆を仕切ってみたくなる気持ちも分かる。
やはり、護がこの場に残るより、自分達が残った方が良いと思ったからなのだろう。
でも、わざわざ、護に胡桃を連れていかせる必要はあったのか。それが分からない。
葵がいる。咲に頼まれてタオルを取りにいっていたものの、それを待てば自分が胡桃を連れていこうと思っていた。
なのに、タオルを取って戻ってきてみれば、護と胡桃はいなくなっていた。
「どうして……って言われてもなぁ。別に理由はないし…………」
「胡桃の気持ち……知ってますよね? 」
「ん? 胡桃が護のことを尊敬してることなら知ってるよ? 」
それではない。元になってるのはそれかもしれないが、今、葵が咲に問いたかったのは、そういうことではない。
「それじゃないって顔してるねぇ。葵ちゃん。大丈夫……。ちゃんと分かってるから」
「なら、どうして………………? 」
一度昔に受けた優しさを覚えていて、今日また優しさを受けた。護に数年間も会っていなかったのだ。その上で受けた優しさ。昔の懐かしさをも思い出すだろうから、憧れ、尊敬でとまっていたはずの気持ちは、胡桃の気持ちは、簡単に変わってしまうだろう。
胡桃を一目見たとき、葵はそうなるだろうと思っていた。
「好きになるのは自由でしょ? たとえそれが叶わないものだとしてもね? 」
「それは………………まぁ……」
「だから、護に任せたんだよ。胡桃が護を好きになるのは自由。誰が護を好きになっていいし、護は誰を選んでもいいんだよ。たとえ、それが胡桃になったとしてもね…………」
咲の言う通り。人の恋路は邪魔出来ない。誰を好きになってもいい。だから、葵は護を好きになった。薫の気持ちを知りながら、護に告白した。
護は一体誰を選ぶのか。それは誰にも分からない。自分を選んでもらえるように頑張っている。それは皆も一緒。
その結果、自分を選んでもらえなかったとしても、それは仕方のないことなのだ。護がそう選んだのなら、葵は口を出すことが出来ない。
「もうすぐ二人とも戻ってくると思うよ? 胡桃の怪我もそんなにひどいものではないからね」
なら、本当に、保健室に行く必要は無かったのではなかろうか。胡桃がどういう行動をするのかを確認したかっただけなのかもしれない。
その場には、護と胡桃が二人きりでいる保健室には、自分達はいない。でも、帰ってきた二人の表情を見れば、だいたいのことは察しがつくはずだ。
「私にも……片付け手伝えることありますか? 」
話も終着点を迎えた。なら、別の話をふる。
「うーん……………………」
咲は周りをクルクルと見渡す。喋っていたから、その間に片付けも終盤にさしかかっている。言うタイミングを間違えたかもしれない。
「あ、あそこ。ゴール直すの手伝ってあげて」
「分かりました」
……はぁ……。
咲はため息をつく。もちろん、心の中だけで。もちろん、葵が自分の元を離れてからだ。
葵に言われなくても、咲は気付いていた。胡桃の気持ちを知っていた。だって、自分だって護のことが好きなのだから。
同じ相手を好きになってるのだから、それくらいのことは簡単に分かる。分かっているからこそ、咲は、護に胡桃を任せたのだ。
何故か。胡桃自身が自分の気持ちに気付いていなかったからだ。尊敬、憧れ。その気持ちだと思い込んでいたからだ。
自分の気持ちに気付かせるための行動。おそらく、もう大丈夫だろう。
今は二人きりだし、それに胡桃はおんぶをしてもらった。おんぶなんて行為、二人の距離が近くないと出来ない行為だ。咲だって、まだしてもらったことはない。その点に関しては羨ましい。
……胡桃には悪いことしたのかなぁ……。
自分の気持ちを正しく知れたことは良いかもしれない。ただし、胡桃にとってそれが良いことだったのかは分からない。
だって、胡桃の気持ちは絶対に変わらない。他人が口を出すことは烏滸がましいことではあるが、そう言える。
胡桃では、他の皆に勝つこと出来ない。それは年齢の差もあるし、護との付き合いの長さも関係している。
青春部。これが、大きな役割を担っている。
だから、言ってしまえば、咲も、それだけは叶わない。過去、中学生の時は隣にいる機会が多かったとしても、もう今は無理だ。こういう場合とか、呼び出さないと、護の隣にいることは出来ない。
……あたしはどうするべきなのかなぁ……。
咲だって護のことが好きだ。卒業式の日に告白までしてる。護が好きだという想いが、最近また強くなっているが、それは叶うかどうか分からない。
誰が誰を好きになってもいい。それは個人の自由。なら、諦めるのも個人の自由。
過去過ごしてきた時間、それは長い。それだけなら、葵にも、心愛にも、悠樹にも、成美にも、渚にも、杏にも、佳奈にだって負けない。でも、これから過ごす時間は負ける。自分はその場にいないから。青春部にはいないから。御崎高校にいないから。
……諦める……。
考えたくはないことだが、自然と考えてしまう。頭に思い浮かんでしまう。
諦める。それは簡単なことではない。いくら勝ち目がないかもしれなくても、難しいこと。
護のことが好き。その気持ちを無かったことには出来ない。それだけは絶対に出来ない。
落ち込んではいられない。無いに等しいものなのかもしれないが、チャンスがないわけではない。
なら、頑張るべきなのだろうか。そのちょっとのチャンスに縋るべきなのだろうか。
どっちの方が良いのか。咲にはそれが分からなかった。