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せいしゅん部っ!  作者: 乾 碧
第一編〜サイドストーリー〜
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練習の終わり #3

「後で鍵は返しにきてねぇ」

そんな坂本先生の声を護におんぶされながら聞いていた胡桃(くるみ)は、今の言葉を最後に先生が自分達から離れていくのが分かった。

護が坂本先生と話していた間、胡桃はずっと護の背中に隠れるようにしていた。護の背中に自分の顔を押し付けるような感じで。

先生がいなくなったので、胡桃は、ひょっこりと護の肩から自分の顔をのぞかせる。そして、改めて周りを見てみる。

……先生はいない……。

おそらく、先生は体育館に向かったのだろう。だって、坂本先生は女子ハンドボール部の顧問だから。

顧問だといっても、先生が部活中に顔を出すことは滅多にない。基本、終わり際に見にきて、部員が全員帰るまで、体育館にいる。戸締りをしてくれている。

何故、先生本人が生徒達にハンドボールを教えないのか。理由は簡単。ハンドボールができないからだ。坂本先生がハンドボール部の顧問になってから数年が経っている。それなのに、だ。

胡桃は一回、先生本人に聞いてみたことがあった。なぜ、指導をしてくれないのかと。その時、先生は、「運動は苦手で、球技は特に無理でねぇ……」と答えた。

なら、何で顧問を引き受けたのか、と問いたかった胡桃だったが、それはしなかった。

別に、先生に教えてもらう必要はなかったからだ。だって、上級生が上手だから。薫と咲と護に教えられてきているのだ。上手に決まっている。何の心配もない。

「じゃ、保健室行こっか? 」

「はい」

……もう終わり……。

保健室に着けば、保健室に着いてしまったら、護の背中から離れないといけない。護の優しさから離れないといけない。

それは嫌だ。だけど、嫌だと言ったところで、何も変わりはしない。時間が経てば、護は胡桃から離れていく。仕方のないことだ。

そもそも、今日、護と会えたのだって偶然。咲と薫が今日の部活に顔をだしてくれなかったら、護は部活に来てすらいないのだ。

咲と薫。護と同じくらい尊敬している二人のおかげ。こうして、護におんぶしてもらっているのも二人のおかげ。

特に、薫の影響は強い。薫がハンドボールをしていなければ、薫が護と幼馴染じゃなかったら、胡桃と護は出会っていなかった。ハンドボールという接点で出会えてなかった。

胡桃と護を繋いでいたのはハンドボール。それだけだ。あの時のちょっとした出会いが、こんなにも大きな意味を持つようになってしまった。

今はどうなのだろうか。護は姉の杏の後輩でもある。そんな接点もある。だけど、それは些細なもの。最初の出会いに比べたらちっぽけなもの。

運が良かった。縁があったのだ。護との。偶然の重なりが、こうなった。全ては偶然なのだ。

しかし、偶然だったとしても、胡桃は、これら全てのことを必然だったと思いたい。

護に対する想いも偶然。だけど、必然。出会いは偶然。想いは必然。

……なら……。

その想いが叶わないということは、偶然なのだろうか? 必然なのだろうか。

その答えは見つけたくなかった。


保健室に到着した。薬品の匂い、消毒液などの匂い。目を閉じていたとしても、その匂いだけで、ここが保健室だと分かる。

「窓、開けような。暑いし」

そんな匂いと一緒に、この部屋にこもっていた熱気までもが、胡桃(くるみ)と護を包む。廊下の方が涼しい。

ガラガラガラ。

護が窓を開けたのと同時に、風が保健室の中に流れ込んでくる。その風は、開けっ放しにしていた入り口の扉に抜けていく。

「タオルいるか? 汗とか拭いたほうがいいだろうし」

護は胡桃のほうに目線を向けることなく、胡桃に声をかける。当たり前だ。このおんぶしている状態で護が自分の方向を向けば、かなりの至近距離で近づくことになってしまう。

「はい。お願いします」

「その前に、そろそろ降ろしてもいい? 」

……あ……。

このままでいたい。ずっとこのままでいたい。だけど、口には出来ない。名残惜しい。でも、もう十分堪能できた。

「すいません……。長い間おんぶしてもらって………………」

「これくらいのことは気にしなくていいよ」

そう言いながら護はベットの方に近づいて、胡桃がベットの上に楽に腰をおろせるようにしてくれる。

「ありがとうございます」

ペタン、と座り込む。その隣に、護は腰掛ける。

「あ、タオルだったな」

保健室には常にタオルが常備されていて、保健室にいるのなら、先生の許可なしに使うことができる。

「ほいよ」

「ありがとうございます」

再度、胡桃はお礼を述べる。護は同じ場所に腰掛ける。

ずっとベットの上に座っているのもあれだったので、胡桃は護に倣って、護の横に腰掛ける。至近距離で。

護から受け取った保健室のタオルで、顔に浮き出る汗を拭き取る。当たり前だが、保健室の匂いがする。

……宮永さんの……。

さっきまでおんぶしてもらっていたから、ずっと護の匂いを感じることができた。汗の匂いが混ざっていたが、懐かしい匂い。昔、自分をハンドボールに誘い込んでくれた、その時の護と同じような匂い。

「部活終わっちゃいますね………………」

「そうだな」

自分が抜けてきたのは、試合の後半が始まってすぐだった。試合が終われば、すぐに部活時間も終わりに近づくという、というわけだ。だから、胡桃が体育館に戻った頃には、誰もいなくなっているころだろう。その時、隣にいてくれるのは護だけだ。

「御上さんとの練習…………」

護達は練習していた。それなのに、それをほっぽって、助けてくれた。その後に練習を続けていたとしても、そこに護は参加出来ない。今、自分の隣にいてくれてるから。

「薫達がいるから、練習くらい続けられるさ。まぁ、二人は俺が教えたほうが良いって言ってたけどな。それに、胡桃ちゃんが心配だったしな」

「あ、ありがとうです……」

怪我をした。といっても、鼻血が出て、少し頭がクラクラした程度。時間が経てば治るもの。

あの時は頭が回っていなかったから何とも思わなかったが、別に、保健室で休むような怪我ではない。

それなのに、わざわざ、咲は、護に胡桃を保健室に連れていくように頼んだ。何故なのか。理由は分からない。

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