練習の終わり #1
「ふぅ……………………」
紅白戦。まず、前半が終わった。本来ならここで五分間の休憩が挟まれるわけだが、今日はその休憩時間をカット。メンバーの交代だけをして、すぐに後半に移る。時間が少ないからだ。
胡桃の出番は前半だけ。
六つのチームを作ってそれぞれ試合をやってるわけだが、当然、余る人が出てくる。
胡桃はそれでも良いと思ってたし、薫達もそう思ってたらしいのだが、やっぱりそれではかわいそうということで、前半と後半を合わせて女子ハンドボール部全員が試合に出れるように、メンバーを決めたのだ。
「お疲れ。胡桃ちゃん」
「うん。頑張って。未來ちゃん」
コートを出た胡桃は、胡桃の代わりにコートに入る未來とハイタッチをかわす。
前半で試合に出た一年生は、十数人いるなかで胡桃だけ。二年、三年に紛れながら、多くの得点をあげた。それが、胡桃の実力だ。護に見せるために頑張って身につけた力だ。
笛が鳴り、後半が始まる。
ここで胡桃は、初めて、護達の練習に目を向けることが出来た。試合中の時も気になってはいたが、そっちばかりに気を取られていて他の皆に迷惑をかけるわけにはいかなかったからだ。
……シュート練習……。
日頃、胡桃もよくやっている。護に憧れているのだから。まだ自分が小学校の時に見せてくれた護の技は、だいたいは似てる感じで使えるようにもなっている。今日また、それが完成に近づいた。
咲がキーパーにつき、薫がディスク。そして、護は葵にシュートの仕方を教えている。それぞれがそれぞれの得意分野についている。
初心者に教えるには、それが一番。だから、護達もそうしているのだ。
残念ながら、今胡桃がいる位置からじゃ、護達がどんな話をしているかは聞こえない。しかし、そんなことは重要ではない。
護がどんなシュートを教えようとしているのか。それが重要。
大体の予想はつく。葵は初心者。だから、ステップシュートかジャンプシュート。だけど、葵は運動が苦手だ。なら、ジャンプシュートはしない。フォームもきちんとしてないだろうし、空中でフォームをぶれないようにするために体幹を鍛えたりしなければならない。主に、腹筋とか背筋。そういったものを、葵が常日頃からやっているとは到底思えない。
なら、必然的にステップシュート。だけど、これは簡単すぎる。だから、護なら、その一般的なステップシュートに、何かしらのアレンジをを加えてくるだろう。
……楽しみ……。
護がモーションに入った。後少しで見れる。魅せられる。
「胡桃ちゃん…………っ!!!! 危ないっっ!! 」
「…………………………え? 」
唐突に、未來の珍しい大声が聞こえた。しかも、胡桃に声をかけている。危ない、と。
護を見ていた胡桃にとって、何が危ないのか分からなかった。そして、目線を護から声のするほうに移した時。
……ドンっ!
「い……………………ったぁ……………………っ!! 」
胡桃のその顔に、ボールが直撃した。
俺がシュートを打とうとした時、試合をしているコートから、わぁ、っと声が上がった。悲鳴にも聞こえる声が俺の耳に届いた。
薫達にもその声が聞こえたようで、皆でその声がするほうを向いた。
何が起こったのかすぐ分かった。ボールが顔にでも当たったのだろう。
「大丈夫なのかなぁ………………」
俺を除く三人がそっちの方に行こうとしたので、俺も向かうことにする。
練習時間が無くなる。まぁ、これは仕方のないこと。
「どうしたんだ? 」
「あぁ、ボールが顔に当たったみたいなの」
俺が中学生女子の中に入っていったら、もうすでに咲が事態を片付けようとしていた。
「このコート以外の子は試合の続きに戻って。あと練習時間ちょっとしかないから」
薫のその一言で、皆がコートから自分達が試合していたコートに戻る。心配そうな顔をしながら。
まぁ、俺は見ているだけにする。だって咲がもうやってくれているし、あえて俺がやる必要はない。
あのツインテール。怪我したのは胡桃ちゃんか。
蘭ちゃんと藍ちゃんと未來ちゃんもこの場にいる。俺が一緒のチームにしたんだった。だって、チームワークを深めるのも重要だし。
「ちょっと強くパスを出しすぎました………………」
「あそこでのパスは間違ってたかも……。ゴメンね。こっちの指示ミス……」
「蘭先輩は悪くないです。あたしがもっと速く走ってればパスを受けれました」
なるほど。蘭ちゃんの指示で未來ちゃんが藍ちゃんに出そうとしたが、思っていたより力が入ってしまい、藍ちゃんが取れないほどの場所にパスを出してしまった、ということか。
その場所に胡桃ちゃんがいて、それが当たってしまった。避けてしまうと隣のコートに入ってしまって邪魔になるからわざとボールを受けたのか。それとも、ボーッとしていたのか。
前者ではなく後者だろう。
「葵ちゃん。更衣室からタオル取ってきてもらえるかな? 」
「わ、分かりました……っ」
「胡桃。立てる? 」
「…………………………ちょっとだけ………………フラフラします……」
咲と薫の手を借りて立ち上がった胡桃ちゃんだったが、すぐに、膝がガクっとおれる。
ボールが顔に当たることなんてしょっちゅうある。まぁ、それは主にキーパーの話。六メートルより近い距離で相手はシュートを打ってくるのだから、結構当たるそうな。咲はそう言っていた。ふぅ、キーパーしなくてよかった。
「護。胡桃を保健室に連れてってあげて」
「俺が…………? 」
「そそ」
「分かった」
葵が今着ている体操服も保健室から借りてきたものなんだから、また鍵を職員室から借りてこればいい。胡桃ちゃんは怪我をしてるのだから、行くならはやく行ったほうがいいだろう。