葵とハンドボールレッスン #6
……懐かしい、やっぱり……。
腰を落として膝を曲げ、そして両手を挙げて、シュートコースを狭める。ディフェンスの基本姿勢。
薫がディフェンス。咲がゴールキーパー。護がシューター。こういうポジションで練習することが、これまでで一番多かった。
咲と出会う前までも、二人で練習していた時も、自分はディフェンスにつくことが多かった。当たり前だ。薫は、ディフェンダーとしての成長し、その面に関しては誰にも負けないほどの技術を手に入れることが出来たからだ。
でも、薫は、最初からデフェンスの力を極めようとしていたわけではない。護と同じ型、護と同じものをしたかった。しかし、それは出来なかったのだ。
シュートを打つには、力が必要だ。ディフェンダー、そしてキーパーが反応できないほどのシュートを打つ。薫にはそれが出来なかった。護には出来て、薫には出来なかったこと。
小学校の時だったから、別にそんなことは気にしなくてもよかったのかもしれない。あの時、護と同じことをやり続けていたら、守備ではなくて攻撃方面で有名になっていたかもしれない。
護と同じことをしたかった。今なら出来る。しかし、あの時は出来なかった。力が足りなかった。だから、ディフェンスにへと逃げた。
そのディフェンスだって、最初はうまくはいかなかった。
練習も地味で、何より相手が自分に向かって突っ込んでくるのが恐かった。一対一で対峙するときも、相手と自分との距離は近い方がいい。自分の懐にいれるほうがいいのだ。
そんな近い距離から、攻撃をしかけられる。薫は、それが恐かった。
今の薫では考えられないことだが、昔の薫は、小学生時代の薫は、怖がりだったのだ。元気で活発ではあったが、その反面怖いものも多かったのだ。
話は変わってしまうのだが、そんな自分の隣にいつもいてくれたのが護だ。いや、自分が連れ回したといっても過言ではない。
それでも護は嫌な顔一つせず、薫の側にいてくれた。気が付いた時から、自分にとって最も心地いい場所は護の隣になっていた。
いつからそうなったのか、本当に気付いたらそうなつていたのだから分からない。護のことを好きだと自覚した時もそう。いつから護が好きだったのか、分からない。
それでも良い。過去は過去で必要であるが、大事なのは今。護が好きだという気持ちをずっと持ち続ける。そのことが必要なのだ。
そうしないと、護の側に居続けることは出来ない。たとえ、幼馴染というアドバンテージがあったとしてもだ。
護の隣にはいる。しかし、自分が護にとって何番目なのかが分からない。
最初、護に告白した時。自分のライバルは、葵と心愛の二人だけだった。でも、今はそうではない。自分と護との時間を、他の人に取られてしまうこともある。
小学校、中学校の時なら、そんなことは一切なかった。護に言い寄る女の子がいたとしても、自分の存在が、その子達を護から引き離させた。
今はそんなことはない。それぞれが護に振り向いてもらうために必死だ。伝わってくる。だから、薫だって頑張っている。だから、ハンドボール部にもう一度入ろうとしている。
やっぱり、原点はそこにあるのだ。最近は、それが薄れてしまっていた。なら、もう一度その濃度を高めるだけ。
ハンドボール部に入ってしまえば、護といられる時間は減ってしまう。マネージャーをやって欲しいとは言ったが、護がその要求を飲んでくれるとは限らない。もし、そうならなかった場所、他の青春部のメンバーに護と一緒にいられる時間を増やしてしまうことになる。
それでも薫には、勝つ勝算があった。
……どんなアレンジをしてくる? 護は……。
葵が別のパターンを見せて欲しいとお願いした。葵がそう頼んだ。
なら、護はそうしてくる。
葵の記憶に残させることが出来るシュートを。
だけど、基本ステップシュートだ。そんなに応用が利くシュートではない。だからこそ、咲は気になってる。護がどうしてくるのかを。
だが、どんなアレンジがこようと、止められないわけがない。所詮、ステップシュート。シュートに関しては自分達よりも上の実力を持つかもしれない護のシュートであったとしても、限度というものがある。
それに、護のプレイを、咲はずっと見てきていた。薫と一緒に見てきていた。
だから、護の癖を知っている。薫から教えてもらったりもしている。
……葵ちゃんが見てるからねぇ……。
咲が知らない間に葵は護と出会っていて、護のことを好きになっていた。そして、どこまで護と葵が仲良くなっているのか、それまでも咲は知らない。
告白をせずに護を見ていた自分とは違う。葵は、告白をしてから仲を深めてきている。
その差が、どこまで護の中で響いているのか。それも分からない。もう何もかも分からない。
自分が護から離れてしまったから。
その間に、護の周りには大きな変化があった。護自身には変化はないだろうけど。
……何考えてるんだか……。
ハンドボールをしているはずなのに、近くに護がいると、自然と頭の中は護で一杯になってしまう。この点も、昔から何も変わっちゃいない。中学の時もそうだった。
ふと、咲は、試合をしている中学生の皆を見る。数ヶ月前までは、自分もそういう風にして頑張っていた。女子ハンドボール部であったが、手伝いとしてそこに護もいた。
でも、今のハンドボール部には、そんな護のような存在はいない。まぁ、それが当たり前だったりする。
「シュートしていいか? 咲…………? 」
「え、あ……うん。大丈夫だよ。ちょっとぼーっとしてたゴメン」
薫の向こうにいる護が、心配そうに声をかけてくる。試合を見ているのが悪かった。護のことを考えすぎていたのが悪かった。
延長戦なしに全ての試合が終われば、この練習時間はあと二十分ほど。三つあるうちのどれかが延長戦になり、それが第二延長まで続けば、その二十分に二十五分がプラスされる。
二十分から四十五分。その時間が、護と咲と薫と葵が一緒にハンドボールをすることが出来る時間。
たったのそれだけしか、時間は残っていない。ぼーっとしている場合ではない。時間が少ないのだから、集中しないといけない。