護と胡桃とハンドボール #5
「ねぇ、薫。ちょっといいかな? 」
まだ練習の途中。後数十分くらいで休憩時間に入る時間、隣のコートに、薫が教えてるコートに、咲は足を運んだ。
「どうしたの? まだ休憩まで時間あるけど……」
「分かってる分かってる。だけど、ちょっと来て」
「はぁ……。分かった」
教えていた子たちに一言言って、薫がこちらにしぶしぶといった感じで自分のもとに来てくれる。
「で、どうしたの? 」
「葵ちゃんのことなんだけどさ…………」
「葵……? 葵がどうかしたの? 」
「葵ちゃん、ずっと長椅子に座って見てくれてるけどさ、暇じゃないかな? 」
見ることを目的で来たといえども、ずっと見ているというのは、やはり退屈なものである。咲自身はスポーツが、ハンドボールが好きだから、もし葵の立場に自分があったら、身体を動かしたくてウズウズしていたことだろう。
「葵、苦手だしね。若干……ドジなところもあるし……」
護と似たような答えが薫から帰ってきた。もともと考え方が似ているのか。それとも、ずっと一緒に、近くにいたから、考え方が似てしまったのか。そのどちらなのか、咲には分からない。
葵が少しドジだということは、もちろん咲だって知っている。護、薫、咲。三人の中での共通認識だ。
「あ、それにさ、葵は体操服とか持ってきてないと思うよ? 護と違って手ぶらだったし」
「そっか………………。葵ちゃんにも楽しんでもらえると思うんだけどなぁ…………」
これまでに、咲は、他の誰かをハンドボールに誘おうとすることは無かった。
何故なら、護を取られたくなかったからだ。
中学の時、もうすでに薫という絶大な力を持つライバルがいたのだ。それなのに、ライバルが増えられたら、自分の出る幕がなくなってしまう。
だから、咲はずっと避けていたのだ。
それなのに、葵を誘うとした。葵はもうすでにライバルなのだ。なら、今更問題ない。もう護のことが好きな相手なら、護の優しさに再度触れても影響は出ない。葵の護に対する好感度のパラメーターは、もうすでに振り切ってるだろうから。
だから、わざわざ、葵は護についてきたのだ。
「体操服とかなら借りられるかも……」
「え………………? 」
「保健室とかにさ、忘れた人用に置いてなかったけ? 」
「そうか」
思い出した。うん、そうだ。体操服を忘れて出来ないのなら、体操服を借りたらいいのだ。それで問題は解決。
……あ、でも……。
「大きさとか……大丈夫かな? 」
「大きさ………………? 別にここの保健室から借りなくてもいいんじゃない? 高校の方の保健室にも置いてあると思うけど……」
「そうなの? うちのところは貸し出しとかないけど」
もう高校生だ。忘れ物をなるべく減らすようにという、学校側の策らしい。だから忘れてしまうと、他のクラスの子に、体操服持ってる? と聞き回る羽目になるのだ。
「あたし忘れたことないから、置いてあるかどうかは分からないんだけど……」
「普通は忘れないしねぇ」
「まぁ、休憩時間になったら葵に聞いてみよっか? 」
「うん。そだね」