護と胡桃とハンドボール #4
「大丈夫か!? 胡桃ちゃんっ!! 」
中学生相手に本気を出してしまった。本気を出してしまうほど、今の胡桃ちゃんのプレーは良かった。
「だ……大丈夫です………………」
すぐさま右手をだして胡桃ちゃんの腰に手を回すことが出来たので、胡桃ちゃんが体育館の床に尻もちをつくことはなかった。
ふぅ、良かった。俺のせいで怪我とかはさせたくなかったし。
「てか、胡桃ちゃん」
そして、俺は一つ気になることがあった。胡桃ちゃんのプレーに。
俺がさっきの胡桃ちゃんのプレーを止められたのには、理由があった。何故なら。
「さっき胡桃ちゃんがやったの…………俺のプレーをまねたやつだよな……? 」
抜かれそうになった時、本当にびっくりした。俺自身、そんなに使わなかったものだし、誰かに教えた記憶なんてないからだ。
「はい……。そうです」
胡桃ちゃんから返ってくるのは、肯定の言葉。
「て、ことは…………。胡桃ちゃんが薫達が言ってた胡桃ちゃんなのか? 」
「そうです。思い出してくれましたか? 」
「あぁ」
色々と繋がった。どこかであったことがあるかも、という思いは間違っていなかった。やっぱり、昔に教えていたのだ。
しかし、さっきも言ったが、俺はさっきのプレーを他人に教えた記憶はない。もちろん、薫にも咲にもだ。
「どこで覚えた? 教えた記憶は無いんだけど」
「宮永さんのを見て覚えました。まぁ、それを見れたのは一回だけでしたけど」
一回で? 見ただけで覚えられるようなものでもないような気がする。ハンドボールの才能でもあるのかもしれない。
御崎小学校のハンドボール部に薫達と足を運ぶことは何回かあったからいつ教えたのか分からないが、当時小学生だった胡桃ちゃんが見ただけで覚えられるものではない。
「すごいな」
「えへへ。ありがとうございます。頑張ったんですよ」
胡桃ちゃんがにっこりと、微笑んだ。その微笑みは、どこかで見たことあるようなそんな笑みだった。似ている。
「そっか。あ、後聞いておきたいことがあるんだけど、杏先輩の妹、だよね? 」
「はい。そうです」
「やっぱり、か……」
杏先輩の笑顔と似ていたのだ。
姉妹か。同性の姉妹ってどんな感じなのだようか。家でも杏先輩はあんな感じで、妹達のリーダー的存在なのだろうか。
俺にも姉ちゃんはいるが、同性ではない。それゆえに、一緒に出来ないこともある。まぁ、姉ちゃんとは色んなことを一緒にやっていた覚えはある。
ハンドボールに興味を持ったのはやはり薫の影響ではあるが、それ以外の野球やサッカーといったスポーツを一度もやってこなかったというのは、姉ちゃんの影響が強い。
まぁ、察してもらえると思う。詳しく言わなくても。
「宮永さんのことは、いっつも杏お姉ちゃんから聞いてました」
「あ、そうなんだ」
俺だって、たまに部活の話をすることはある。主に姉ちゃんに。聞いてくるから答えないといけない。じゃないと、離してくれないから。
……わわ、宮永さん……っ!!
護の顔が近くにある。護の感覚がすぐ近くにある。怪我をしないようにと助けるために手を出してくれたから、胡桃の身体に護の手が触れている。護の手が腰に回されている。
護のその行動は、優しさからきたものだろう。他の誰でもない。自分自身だけに向けられた優しさだ。
だけど、勘違いをしてはいけない。してしまいそうになるけれど、したら駄目なのだ。だってそれは勘違いで、勘違い以外のなにものでもないからだ。
護はそれに気付いている様子はないし、今の胡桃と護の格好に気付いてるのは未來だけだ。
この状況をもう少し味わっていれるのなら、後少しだけこうしていたい。
「宮永さんのことを話してくれる時の杏お姉ちゃんは、いつも楽しそうでした」
「そっか。俺も杏先輩といる時は楽しいって思う」
「杏お姉ちゃんに言ったら喜ぶと思います」
……分かる気がする……。
杏の気持ちを、想いを、胡桃は今ようやく分かった。護のことが好きだという気持ちが分かった。
護は優しい。誰にでも優しい。誰にでも分け隔てなく、護は優しさを与えてくれる。
周りに与えている優しさを見ていた時、ふとその優しさが自分に巡って来た時、そこで惹かれてしまうのだ。
問題は、そこに他人が介在しているということだ。自分以外に護を想う人がいる場合、自分の想いを自覚することが多いのだ。他人の存在が重要なのだ。
自分だけに優しさを与えられすぎると、逆に想えなくなる。他人の存在を自覚して、その他人が自分と同じ人を想っていると分かった場合、より想うようになるのだ。
いわゆる、ヤキモチだ。他の人より自分を選んでもらいたい。そう思いながら、杏を含む護を好きな子は頑張っているのだろう。
……だから葵さんは……。
護はハンドボールをするためにここに来た。葵はそんな護についてきただけ。ハンドボールをしている護を見たいといった思いがあったにせよ、見てるだけというのはとても暇なものだ。
それなのに、葵はそれを気にしてないように見える。少なくとも、胡桃の目にはそう見える。
本当に、見にきただけなのだろう。護のプレーを。それと、自分以外に向けられる護の優しさを。
「で、宮永さん……」
……そろそろ……。
もう十分、護を感じることが出来た。もう十分だ。これ以上は、自分の勘違いが勘違いでなくなってしまう。
「そろそろ、練習再開しましょう………………。それと……身体離してもらっていいですか……………………。汗、一杯かいてますから………………………………」
「え……? あ、わ、悪い……っ。気付いてなかった……。ごめんな、胡桃ちゃんに怪我させたくなかったからさ……」
ゆっくりと、自分から護が離れていく。遠ざかっていく。
「いえ、ありがとうございます」
「ごめんな。何か」
「気にしないでください」
思った通り、護は忘れていた。気にしてなかった。
「じゃ、じゃぁ……。もう一回やろっか。今度は未來ちゃんの番だ」