護と胡桃とハンドボール #3
何か、ちょっと思ってしまったんだが、高校生の俺が、この暑い中たくさんの汗をかきながらも体操服姿で頑張ってる中学生を凝視している、というこの光景。何も知らない第三者が見れば、俺はただの変態にしかみえないことだろう。
何やら後ろめたい気もしないでもないが、仕方ない。今俺がするのは皆の観察…………じゃなかった、皆がどれだけのプレーが出来るのかを見ることだからだ。
ちなみに、この体育館は結構広い。なんたって、ハンドボール、バレーボール、バスケットボールと、この三種類の部活が一度に出来る広さがある。
ハンドボールのコートは、縦四十メートル×横二十メートル。バレーボールのコートは、縦十八メートル×横九メートル。バスケットボールのコートは、縦二十八メートル×横十五メートル。単純にコートの広さを考えた場合でこれだから、本当はもう少し広いだろう。
この三つのコートをそれぞれ二つずつ用意したとしても、残りのスペースがまだまだあるほどだ。
体育館の広さなんて測ったことなんてないから、実際の広さがどれくらいなのかは分からないけれど。
今日の朝の間は、ハンドボール部だけしかこの体育館を使わないらしく、コートを三つ作っている。そのコートそれぞれに、俺、薫、咲がついているわけだ。こうしておけば、後で試合をする時も楽だ。
「メンバー決めないとだしな……」
もうちょっと注意して、頑張っている彼女達を見る。
いくら、この女子ハンドボール部に俺が出入りしていたといえ、本当の部員ではなかったわけだから、基本的には知っていても皆の実力を詳しく知っているわけではない。
だから、メンバーを決めるなら薫と咲に任せたかったわけなのだが、頼まれてしまった以上仕方ない。やっぱりハンドボールは楽しいし、二人が俺に任せたということは、俺にそれだけの力がある、ということだ。
ちゃんと部活には入っていなかったが、練習という形で薫と咲には付き合っていたし、お互いの力は知っている。
試合をする時間を頭にいれて、メンバーを決めないといけない。休憩時間などを含めたら試合時間はゆうに一時間を超えるし、部活の時間は決められている。
三十分くらいは部員のメンバーとの思い出話みたいなのに費やしてしまったし、一時間半くらいで選ばないといけない。
時間はたっぷりあるようにも見えるが、俺に集まってくれたのは二十人。一人一人をちゃんと見ながら考えたら、結構ギリギリになってしまうかもしれない。
今は、二人ずつで攻撃と守備の練習をしてもらってる。ここで気になったところを言ったりして、それを修正しながら紅白戦。紅白戦をする前に、一応俺も身体を動かして教えてみたりしても良いだろう。薫と咲もそうしてるようだし。
まぁ、どこまで教えられるのかは分からない。基本的に俺は攻撃タイプだったし、ディフェンスの練習はそんなにしてこなかった。オールラウンダーでもよかったのかもしれないが、薫がディフェンスの方で強くなってしまったので、俺はオフェンスにしたというわけだ。
だから、もしかしたら中学生相手でも抜かれてしまうかもしれない。この御崎中学のハンドボール部のレベルは恐ろしいほど高いし、薫と咲に教えられてきたのだ。甘くみることは出来ない。
三年と二年はある程度のことが出来てるから、教えるのを後回しにしよう。先に、一年から教えよう。俺のところに集まってくれた一年生は二人だけだから、楽だ。
「よし、未來ちゃん。胡桃ちゃん。ちょっと良いかな? 」
……あ、その呼び方……。
護のこちらを呼びかける声を聞いて、胡桃は攻撃の手を止める。
護に、胡桃ちゃん、と呼ばれた。それは、昔の呼び方と一緒。懐かしい、と胡桃は思った。でも、思い出してくれたわけではないみたいだ。
「どうかしましたか? 宮永さん。何か、おかしいところ……ありましたか? 」
心配そうに、未來が護に問う。
「いや、そうじゃないよ。それに、未來ちゃんはまだ始めてまもないんだよね? 」
「あ、はい」
「それなら十分くらいだ。周りの環境が良いからだな。これからも頑張って」
「はい……っ!! 」
護の褒め言葉に、未來は嬉しそうに微笑んでいる。胡桃も未來には目を見張っていた。
胡桃は昔からハンドボールをしてきて未來はまだ数ヶ月。それなのに、何度か未來に止められそうになった。元からの才能なのかもしれない。そうだったら羨ましい。
「んで、胡桃ちゃん。ちょっと俺に攻めてきてもらっていい? 俺ディフェンスするからさ」
「分かりました……」
どんな意図があるのかは分からない。だけど、機会が勝手に巡ってきた。護に自分を見せる機会が。
「さてと、どっからでもかかってきて。ちょっと試してみたいことがあるんだ」
「了解です」
護が腰を落としたのを見て、胡桃も姿勢を変える。
普通、アタッカーとブロッカーとの距離は、お互いが手を伸ばした時にギリギリで当たるくらいのものだ。基本のプレーはこれを元に動くことになる。
しかし、胡桃は、それよりも少し後ろに下がっていた。
相手をフェイントで欺くことを前提におく、攻撃。左足を前に出し、そこから攻撃をスタートさせる。
「いきますっ! 」
「おぅ」
薫の時には使わなかったパターンだ。薫に気付かれたくはなかったから、使わなかったのかもしれない。
一度その場でドリブルをしてから動き始める。まずは、この左足を出して半身をずらしている状態から右足を出し、その一歩そして次の二歩目で護との間を詰める。
「おっと………………」
ここまではほぼ勢いに任せている。スピードだけでしかけている。だから、こうした場合、ディフェンダーはバックステップを取らざるを得なくなる。
この隙をつくのだ。右手でしていたドリブルを左手に切り替え、左側に切り込む。これが三歩目。だが、これはフェイクだ。左手でドリブルをしたまま、その左足が地面につくその瞬間その足にチカラを込めて一気に右方向に跳躍する。
……危な……!
ドリブルを右に戻す際護にボールを取られそうになったが、それをギリギリのところで躱す。
右足に軸が戻りドリブルも右手に。これで四歩目。
「抜きます…………っ! 」
あきらかに護は気付いている。しかし、ボールを持ってるのは右手。これなら、いける。胡桃はそう判断した。
しかし。
「止める……っ! 」
薫張りの跳躍力をもって、護が胡桃の突破コースに身体をいれてくる。
……わ、ぶつかる……っ!
抜けると強気に思っていた胡桃は、そのスピードを緩めることが出来ず。
「きゃ……っ!! 」