護と胡桃とハンドボール #1
……まぁ……。
胡桃に知られても何の問題は無い。自分の敵にはならない。
薫と咲の知り合いであるもののその輪から弾かれているということは、まだ一年生だということだろう。他の部員の顔を見れば、案外誰が何年生なのか案外分かるものである。
胡桃は混ざりたそうに、護の方を見ている。
……胡桃……?
その胡桃から護に向けられている視線。その視線が、自分が護を見るときのものと似ているようなそんな気がした。
……でも……。
胡桃は中学一年生。いくら恋をする年齢がはやくなってきているともいえど、中学一年生の胡桃が高校一年生の護に恋をするわけがない。たとえ、胡桃の中にそういった気持ちがあったとしてもそれは叶わないものだ。
「宮永さんって………………優しい方ですよね…………」
「はい。そうです」
……唐突に何でしょうか……。
「宮永さんのこと………………………………尊敬してるんです。あたし」
「尊敬………………ですか? 」
「はい。憧れ、という言葉も当てはまります」
……分かるような気がします……。
護のように、他人のことを第一に考えて動くことが出来れば、人に優しくすることが出来れば、とこれまでに何回か思ったことがある。
その優しさは自分だけに向けられるものではないが、一度それに触れてしまったら気にせずにはいられなくなってしまう。
「宮永さんにちょっとだけ……ハンドボールを教えてもらったことがあるんです。…………本当にほんのちょっとだけだったけど、あたしは宮永さんのおかげでハンドボールを続けてるようなものなんです」
「そんなに護君は影響を与えてるんですね」
「杏お姉ちゃんと同じ部活なら知ってると思うんですけど、杏お姉ちゃん、運動神経良いじゃないですか」
「そうですね」
今思い返せば、あの五月の探索の時。杏の後ろを追いかけるように走っていたが、杏に追いつくことが出来なかった。あの無尽蔵な体力はどこからくるのだろうとも思っていた。
「それで、杏お姉ちゃんだけでなく他のお姉ちゃんも妹も、皆スポーツ得意なんです。あたしだけ……そうじゃなかった。色んなことしてきました…………。バレーとかバスケとかサッカー野球…………。そして、いきついたのがハンドボールだったんです。宮永さんと薫さんが楽しさを教えてくれたんです」
……へぇ……。
「それからはずっとハンドボールしてます。次宮永さんに教えてもらう時にはもっと上手くなろう。褒めてもらおうって」
「どれくらい、続けてきたんですか? 」
「小学五年くらいからです」
……護君……。
その時の護が何をしたのかは分からない。でも、ここまで人を変えた。それはすごいことなのかもしれない。自分には絶対出来ないことだ。
「だから、今日は宮永さんに会えると分かって、楽しみにしてましたっ」
……でも……。
護は胡桃のことを覚えていない。それは、仕方の無いことだ。でも、胡桃の中には、あの時の護がはっきりと鮮明に残っている。自分にハンドボールの楽しさを教えてくれた護のことを。
……気付いてもらえるのかなぁ……。
薫は電話で胡桃の名前を言っていた。電話の様子から察するに、護も名前だけなら覚えているだろうと思う。それだけのことで、今の自分と昔の自分とが、護の中で結びつくのだろうか。あの時からは、色々と変わってしまってるから。
「胡桃」
「どうかしましたか? 」
「護君とハンドボール楽しめたら良いですね」
「はい。まぁ、それが今日の目的みたいなものですし……」
あの頃の自分とは違うところを見て欲しい。強くなったとこを見て欲しい。そう思ってもらうために頑張ってきたのだ。
「頑張ってくださいね。あ、でも………………」
「? 」
「護君に対しての憧れの気持ち……ずっとそのまま持っておくんですよ? 」
「分かってます。この思いは変わりませんよ」
胡桃にとって、護は人生を変えてくれた大きな存在。それゆえの尊敬と憧れ。それ以上でもそれ以下でもない。他の感情を抱くことはありえない。
そして、好き、なんて気持ちはもってのほかだ。
薫の気持ちを知ってる。咲の気持ちを知ってる。杏の気持ちを知ってる。葵の気持ちを知ってる。四人の気持ちを知っているから、この憧れの気持ちが好きに変わることはない。
年の差だけを考えれば四才の差だが、高校生と中学生。高校生の護が中学生一年の胡桃に好かれている、なんて情報が広まってしまえば、護の評判を下げることになってしまう。そんなことは出来ない。
「宮永さんは…………あたしの中でずっと憧れの先輩のままですよ」
「そうですか」
葵達が体育館の中に入ってから三十分くらいが経って十時になると、練習を始めようということになった。
見るだけで来た葵は体育館の壁に背中をあずけ、皆の姿を見る。五十人以上はいるだろう部員のメンバーが一斉に準備運動をしている。
これまで運動系の部活に入ったことがない葵のにとって、それは初めて見る光景。
……運動は苦手です……。
苦手というかなんというか、転んでしまうのだ。高確率で。何もないところで転んでしまうことだってある。少しドジなところがあるのか。
……護君にも笑われましたっけ……。
まだ高校生活が始まって二週間くらいだったか。教室に運んでほしいと頼まれたプリントを盛大にぶちまけたことがある。他の人が素通りしていくなか、護だけが葵を手伝ってくれた。少々苦笑いをしながらだったけれども。
今思えば、あれが始りだったのかもしれない。