薫とハンドボール #2
「暑い………………」
「ですね。でも、もうすぐです」
御崎高校まで……じゃなかった、御崎中学までの道のり。(まぁ、すぐ隣にあるわけだから、どっちでもいいのだけれど)
一本道になっていてそれはそれは楽なんだけど、少しばかり坂道になっていて、これが案外きつい。夏はこれが嫌なのだ。ただ歩いているだけなのに、汗が出てくる。あ、でも、もしかしたら、体育館の中の方が暑いかもしれない。いや、絶対暑い。あの密封空間。そうに決まっている。
そんなことを考えているとゲンナリしてくるが、仕方が無い。手伝うと決めたのだ。
久し振りにハンドをするわけだし、女子ハンドボール部の皆に会うのも久し振りである。
というか、自然と女子ハンドボール部という言葉が出てきてしまった。まぁ、ほぼ部員みたいに姿を出していたし、気にしないでおこう。なんかおかしいような気がしなくもないが、うん、気にしない気にしない。名前も結構な人数覚えていることも気にしないでおこう。
「急ぎますか? 護君」
「葵は大丈夫か? 暑いし」
流れてくる汗を手で拭いながら俺は声を返す。気が付けば、葵も同じ動作をしていた。
「大丈夫ですよ。暑いのは護君も一緒ですから」
「ま、まぁ……そうだな……。じゃ、走るか」
「はい」
中学に近づくに連れ、周りに人も増えてくる。中学生だったり、高校生だったり、大学生だったり。自分の家から通う時が一本道になっているだけで、他からの道を使う道だってある。
そんな中、俺と葵は少し走りながら、中学に向う。
……あ……。
御崎中学の体操服を来た三人組みが、俺達の横を駆け抜けて行く。
「ん? 」
なんか見たことあるような子がいるような……。
「あ………………っ? み、宮永先輩……………………っ!? 」
三番組みの内の真ん中にいた子。サイドテールの子が振り向いて、俺の方に向かって走ってくる。それについてくるように、残りの二人も走ってくる。知り合いだ。てか、ハンドボールの部員。
「藍ちゃんか……っ!? それに、蘭ちゃんも……っ!! 」
懐かしい。
「お久し振りですっ! 」
「そうだな。蘭ちゃんも」
「はいっ。そうですね、護先輩」
藍ちゃんも蘭ちゃんも髪型変わってないから、すぐわかった。藍ちゃんはサイドテールで、蘭ちゃんはポニーテール。
「そっちの子は…………? 」
一人だけ知らない子がいる。一年生だろうか。
「あ、広井未來ちゃんです」
「ど、どうもです」
「うん。よろしく」
ツインテールを揺らしながら、未來ちゃんは礼をしてくれる。
佐竹蘭ちゃん。朝倉藍ちゃん。広井未來ちゃん。
全体的に薄い青色みたいな髪色で、蘭ちゃんが三人の中では一番濃く、二番目藍ちゃん、三番目が未來ちゃんだ。藍ちゃんの髪には少し白っぽさもあって中々良いもの。
……護君の後輩さんですか……。
そうなれば、自然と薫の後輩でもあり、咲の後輩でもあることになる。この中では葵だけが知らない繋がりが、そこにはある。
葵はそういったものがあまり好きではない。護に関わることなら知りたいと思ってしまう。
別に、知らなくてもいいことかもしれない。今護と話している女の子達とすれ違うことはあっても、何かを話すことはまず無いだろう。
そして、護とこの女の子達の繋がりは、自分が知らなくて当然なものだ。葵は御崎中学校に通っていなかったのだから、知らなくて当たり前なのだ。
「護君の後輩、ですよね? 」
「まぁ、そうなるな。俺はただハンドボール部に手伝いにいってただけで部活に入っていたわけではないから、部活の中での先輩後輩って考えるならおかしくなるかもしれないけど」
「宮永先輩は、安田先輩の頼みを、ハンドボール部に入って、っていう頼みをきかなかったんですよ? 」
「へぇ。そうだったんですか」
顔を少し膨らませながら、藍が教えてくれる。
「先輩、お名前は? 」
「御上葵です。護君のクラスメイトでお友達です」
友達、クラスメイト。そんな関係で満足しているわけではないが、今はこう言っておく。わざわざ、今さっき初めて会ったばかりの人に言うことではないから。
「覚えました。また会った時、何かお話しましょう」
「はい。そうですね」
「そろそろ、行きましょうか。護先輩も手伝いにきてくれるようですし、他の皆を待たせるわけにはいきませんから」
「おぅ。そうだな」
蘭の言葉に護が頷いて、それに合わせるように藍も未來も頷く。じぶんもそれに合わせておく。
……どうやら、薫が来ることは知らないようですね……。
蘭の口振りから察するに、手伝いに来てくれたのは護だけだと思っている。藍もだ。未來は一年生だろうから二人の関係は知らない。
体育館につけば、皆驚くことになるだろう。そもそも、薫に誘われてきているのだ。
「あ、そうだ」
御崎中学校に向かって走りながら、唐突に藍が口を開く。
「御上先輩は出来るんですか? ハンドボール」
「残念ながら出来ません。スポーツが苦手ですから」
「そうなのですか………………。宮永先輩」
「ん? 何だ? 」
「御上先輩に教えてないんですか? ハンドボールを」
……護君が教えてくれるなら楽しく出来そう……。
「教えてないな? そういう時間が無かったというか、俺もそれほど上手いわけでもないしさ」
「護先輩は上手ですよ」
蘭も会話に入ってくる。未來は、話題に入らず興味深そうに聞いている。
「薫先輩と互角にやっていたじゃないですか」
「いや、まぁ…………それはそうだったけどさ……」
互角。まぁ、俺と薫とは互角だったかもしれない。でもそれは、練習の時だけの話だ。試合で薫とワンツーマンでやりやったことはない。
薫が練習で手を抜くとか、そういうことではない。薫はどんな時でも真面目に取り組む。それがハンドボールなら尚更だ。そのことは俺が一番知っている。
練習の時、特に俺とやる時だけ、薫は力を抜く。それも、無意識にだ。俺のエゴでそう考えているわけではない。ずっと薫といて分かったことだ。
「さてと………………」
そろそろ時間。咲は、汗を拭きながら壁にもたれていた身体をおこす。
「そろそろ、他の皆も来ることだと思います」
「皆驚くだろうねぇ。にしし」
「驚く? 何に? 」
薫はストレッチをしながら聞いてくる。その薫の後ろで、胡桃くるみもアキレス腱を伸ばしたりしている。
「あたしと薫がここにいること。他の皆には伝えてないのさ。胡桃に頼んでそうしてもらっからね」
「そうだったの? 」
「うんうん」
「こういうのは、サプライズとかの方が良いかなって思いまして」
「なるほどね……」
実際そういう形になってしまったが、本当は違う。言ってしまえば、全員に連絡する手段が無かったただそれだけなのだ。
だから、いっそのことサプライズにしてしまおうと、昨日の夜胡桃と決めたのだった。
「楽しみだねぇ。皆がどんな反応するのか」
「はい」
「おぉ? 」
体育館前まで来るとなんか騒がしくなってたから何事かと思って中に入ると、理由が分かった。なるほどね。
「薫、凄い人気ですね」
「そうだな」
気が付けば、一緒に来て、さっきまで隣にいたはずの藍ちゃん蘭ちゃんも、薫の元に飛んでいっていた。今この体育館の中にいるので部員全員だとするならば、部員の三分の二くらいが薫の元に集まっている。咲の周りにも集まってるが、薫との差はかなりある。
「もしかしたら、皆は知らなかったのかもな。薫と咲が来るってことを」
「そうかもしれませんね。未來ちゃんは行かないんですか? 」
他の二人とは違って、未來ちゃんは俺達の側にいるままだ。
「あまり知らないですから。強い、ということ意外」
そりゃそうだ。未來ちゃんは一年生。薫や咲のことを知らなくて当然だ。
「そうでしたね」
「あ、護っ! 葵ちゃん。おはよー」
俺達のことに先に気付いたのは薫ではなく咲のほうだった。その声に薫も、俺達が来たことに気付いたようだが、先に咲の方に向かうことにする。
……宮永さんだ……っ!!
薫の方ではなく咲側にいた胡桃は、すぐに護がいることを感じ取った。それも、こちら側に来ている。
自分の方に向かってきてくれているがそうではない。護の目的は、胡桃ではなく咲なのだ。
「おっす。咲」
「おはようございます。咲ちゃん」
……あの人が葵さん……。
護の隣にいる人。
……この人も宮永さんのことが……。
その話を薫と咲から聞いて知っていたが、葵を見てそれは確証に変わる。
「すごい人数ですね。こんなにいるんですね……」
「運動系の部活の中じゃ少ない方に入ったりするんだけどねぇ。まぁ、それでも皆の名前を覚えるのは大変だった覚えはあるよ。ね? 護」
「そうだな……。今の三年と二年のメンバーの名前は覚えてるつもりだけど、危ないかもなぁ……」
そんな話をしている間に、護の周りにも人が集まってくる。
……これじゃ……。
これじゃ、話すことが出来ない。せっかく思い出してもらうチャンスがあったというのに。
自然と、護、咲、薫の三人を中心として、その周りを部員が囲む、という構図が出来上がってしまった。ハンドボールの話で盛り上がっているのだろう。
……もぅ……。
その輪に入れなかった。少ない方ではあるものの、胡桃自身、部員メンバーの顔と名前がまだ一致しない。少ないけど多いのだ。
輪から一旦弾かれてしまった以上、ほとぼりが冷めるまでそこに混ざることは難しい。
「はぁ………………」
「はぁ…………………………」
……あれ……?
胡桃のため息に重なるようにして、もう一つのため息を胡桃は聞いた。
「葵………………さん……………………? 」
「え………………? あなたは…………? 」
「あ……すいません…………」
胡桃は葵のことを知っている。でも、葵は胡桃のことを知らない。そのことを忘れてしまっていた。
「織原胡桃です………………。一年です……」
「織原……………………。もしたして……、杏先輩の妹さんですか? 」
「杏お姉ちゃんを知ってるんですか? 」
「はい。部活の先輩ですから」
意外な繋がり。自分の知らないところでの繋がり。
……じゃ、宮永さんとも同じ部活……。
二ヶ月前ほどからだろうか。杏の口から「護」という言葉を聞くことが多くなっていた。それで、胡桃は護のことを知らない振りをして、よく杏の話に耳を傾けていた。昔の護ではなく今の護を知るために。
だから、久し振りに護と会ったのに、護を護だと分かることが出来たのだ。自分が護に憧れていることも関係しているが。
「薫さんと咲さんから聞いたんですけど……………………、葵さんも……宮永さんのことが好きなんですよね……………? 」
「そんなことまで二人はしゃべったのですか………………? 」
「あ、はい………………」