薫とハンドボール #1
「あっついわねぇ。それにしても」
「はい……。部活始まる前から、たくさん汗かいてしまいました」
薫、咲、胡桃の三人は更衣室に戻らず、体育館の壁に身体を預けて、他の部員のメンバーと護と葵がくるのを待つ。
「だね。九時半からだっけ? 」
「はい」
動いている時のほうが汗は吹き出ていたが、こうやってボーッとしているほうが案外暑かったりもする。タオルで汗を拭いたとしても、すぐに垂れてくる。
部活終わったら身体ベトベトになるんだろうなぁ、なんて薫は思う。
「やっぱり、運動しないと駄目かな……」
「んー? どうしたのさ? 」
「技術は落ちてないにしても、体力は落ちてるなぁって思って」
「なるほどねぇ」
「トレーニングするだけでも違ってくると思いますよ? 」
……トレーニングか……。
中学の時は走ったり、腹筋してみたりとか、体力作りはしていた。一定以上の体力を保っておかないと、プレーにも影響が出てしまうからだ。
でも、ハンドボールをやめてしまってからは、トレーニングもしなくなってしまっていた。
「胡桃はどんなトレーニングしてるのさ? 」
「あたしですか? えと…………。別に特別なことはしてないです。夜走ったり、腹筋したり腕立て伏せしたり、普通の筋トレです」
「やっぱり普通が一番だよねぇ。もう癖になっちゃってるしね」
「そうですよね。薫さんも、してましたよね? 」
「まぁ、してたけど…………やめちゃったね」
二人が言った通り、薫の中でも毎日のトレーニングは癖になっていた。だけど、しなくなった。自然と。護のことを思い耽る時間が多くなってしまったからだろうか。
「また始めてみたらどう? 」
「トレーニングを? 」
「うん。残念ながら、中学の時みたいにあたしが手伝うことは出来ないけどさ」
「そうだねぇ……」
トレーニングをする時間がないわけではない。あるのはある。やろうと思えばやることが出来る。
「ランニングとかなら、あたしも付き合いますし」
胡桃もそう言ってくれる。
護を選んだからやめてしまったハンドボール。護といる時間を増やしたいがためにやめてしまったハンドボール。二ヶ月振りくらいにハンドボールをしてみて、やっぱり楽しいと思えた。身体を動かして何かをやるというのは、自分にとってストレス発散の手段でもあった。
……また……。
それに、咲と胡桃の口振りからしてみると、また薫にハンドボールをやって欲しい、そんな思いが込められているようなそんな気がする。
「胡桃の家、どのあたりだっけ? 」
「風見駅ですね。杏お姉ちゃんの友達の佳奈さんの家の近くです」
「ちょっと距離あるね」
佳奈の家に行ったことがないから、駅からどれくらい離れた位置にあるのかは分からないが、風見駅がどこにあるのかは知っている。
「あたしに付き合ってくれたら、胡桃の無理になるんじゃない? 」
「いえ……。そんなことないですよ」
トレーニングは別に二人とかでやるものではないし、普通は一人で黙々とやるものだ。それに、ランニングをするのなら、御崎まで出てこなくても家の周りを走るだけで十分だ。
「本当に良いの? 」
「はい」
胡桃は、薫の言葉に頷く。
一度薫はハンドボールをやめてしまっている。護のためにやめている。薫が護に対してそういう想いを抱くのは分かる。だって、もし自分の年が護ともっと近かったなら、好きになっていただろうから。
そんな想いを薫は思いながら、もう一度ハンドボールをやろうとしている。
それは願ってもいないことだ。薫がもう一度ハンドボールを始めてくれるのならまたプレーを見ることが出来るし、護との接点がまたできることになる。
薫の気持ちをハンドボールに傾けさせる。今は、それが先決なのである。
「じゃ、お願いして良い……? 」
「はい……っ! 」
……良かった……。
「いつから付き合ってくれる? 」
「あたしは明日からでも大丈夫ですよ。でも、テスト明けの方が良さそうですね」
「そうね。予定に入れとく。胡桃のメアド後で教えてね」
「分かりました」
……薫……。
咲は胸を撫で下ろす。
今日薫を誘ったのは、一つの薫に頼みたいことがあったからだ。でも、頼むことなくそれは成功の道を進んでいる。
「じゃあさ、テスト終わったらまたする? ハンドボールをさ」
「そうね」
「はい」
やっぱり、咲は、薫がハンドボールをしている姿が好きなのだ。強いから、それが一つの理由になってるかもしれない。
それに、今なら、同じチームではなく違うチームで戦うことが出来るかもしれない。
薫にはハンドボールをしていて欲しいのだ。
薫に影響を与えている護。護への想いが強いから薫はハンドボールから離れた。護の側に居続けることが出来ないと護に選んでもらえないのは分かる。だから、自分は無理だったのだ。
薫本人が選んだ道なのだから、咲はそれに何も言うことは出来ない。でも、またハンドボールをしてくれるのであれば、こんなに嬉しいことはない。
「ねぇ、薫さ…………」
「ん? 」
「ハンドボール部……入ったらどう? 」
「そうね。まぁ、それも良いかもしれないけど…………」
やっぱり薫の中には護の想いが強くある。そのことを再度確認することになってしまった。
「そんなにさ、はやく決めなくても良いよ。まぁ、あたしも胡桃も、薫にはハンド、やってほしいって思いはあるからさ」
「……うん。考えとく」