葵と護と薫と #3
俺が見ている先で、葵は、何かをせっせと潰している。さっき、ジャガイモを持っているのを見たから、茹で終わったそれを潰しているのだろう。
朝ご飯を作ってくれている葵と、それの完成を待っている俺。他の人がこの状況を見たなら、新婚夫婦かよ? と突っ込んでくれることだろう。いや、そう突っ込んでくれないと、こっちが恥ずかしくなってくる。
あぁ、もう。そんなことを考えてると、本当に恥ずかしくなってきた。やめだやめだ。
としても、この手持ち無沙汰な状態。何もすることが無い。部屋の壁を見るか、料理をしている葵のエプロン姿を見るか、この二つしかすることが無い。
で、まぁ、部屋の壁を見ていても虚しくなるから葵を見ていたわけで、こういう感情を持ったわけである。
「護君、もうすぐですから」
「おぅ…………。分かった」
ジャガイモを潰し終えたらしい葵は、それをボールの中に入れて混ぜている。混ぜ終わったら、これをパンの上に乗せてトースターか何かでチンすれば完成だろう。
うん。待ち遠しい。早く食べたい。葵の手作りを食べれるからか、腹の虫もさっきから大いに活動中だ。
……少し、多かったでしょうか……。
六枚の食パンをそれぞれ四等分にしたわけだから、合計で二四個のポテトサラダトーストが出来上がった。
そこまで一つ一つの大きさが大きいわけではないのだが、二人で食べるには少し多いかもしれない。
一気に全てを焼くことが出来なかったので、二回に分けて焼き終える。
「護君、おまたせしました」
完成したトーストをお皿の上に綺麗に並べ、護が待つ部屋の方の机の上に置く。
「おぉ…………。美味しそうな匂いがする。やっぱに、葵は料理上手なんだな」
「ありがとうございます。でも本当は、私、あまり料理したことないんですよ? 」
「え? そうなのか? 」
「はい。中学の時の調理実習の授業とか、昨日今日みたいに親が家を離れる時だけですから、十数回だけです」
「へぇ。知らなかった」
母がとても料理をするのが好きだから、自分の腕が母には及ばないところから、母がいるときは作らないのだ。
「でも、これからは………………料理一杯作ってみようかと思います」
「どうしてだ? 」
「秘密ですっ」
料理を作る、といっても、護のために料理を作る。ただ、それだけがしたいだけ。護に自分のことをもっと意識してもらうために。
「秘密……………………? 」
「はい。気づく時がくると思いますから」
「んん…………? 」
男を落とすにはまず胃袋を掴め、とよく言われる。昨日の晩ご飯ではそんなに掴めなかったと思うし、今作ったものでも、どれほど掴めるかが分からない。
だから、これまで以上に料理を頑張ってみようと思えた。
葵が作ってくれたポテトサラダトーストをお腹いっぱい食べて、再度葵の部屋に戻る。
時間は八時半。勉強、というやらないといけないことがあるわけだが、昨日も結構頑張ってやったし、朝からやる気はあまり起きない。
まぁ、暇だということだ。
机を間に挟んで、俺と葵は向かい合って座っている。
俺も葵も、自分から口を開こうとはしない。こういう時って、案外何を話せば良いのかが分からなくなったりする。朝ご飯を食べているときはあんなに話していたんだけど。
……ん……?
いや、葵は何かを話したそうにしているな。何回か、俺に目線を合わせてきてるし。
さて、どうするべきか。ここは、俺が何か話題を提供するべきなのだろう。
今日の夜には、佳奈の家で七夕パーティーが開かれるわけだが、昨日のうちに色んなこと話したし、今さら改めて話し合うことなんてないだろう。
うむむむ。どうしようか。
「あ…………あの……。護君…………」
「ん? 」
やっと、無言だった空間に声が響いた。うん、良かった。何を話すべきか結構迷っていたし、こういう無言の時間はあまり好きではない。
「七夕パーティーまで…………まだかなり時間ありますから………………、どこか、出かけますか? 」
「そうだな…………」
葵のことだから、また勉強でもしようと言い出すのかと思ったが、そういうことではないらしい。うん。気分展開は必要だ。まぁ、昨日から気分展開ばかりしているような気がしないでもないが……うん、気にしないことにしよう。
「たとえば…………、葵はどこに行きたいんだ? 」
「え…………? あ、そうですね………………」
考えていなかったのか……。まぁ、俺もそういう時あるしな。俺の反応を見てから考えようとしていたのかもしれない。
「佳奈先輩の家は風見駅まで行けば良いんですよね」
「うん」
「なら、その周辺に行ってみるのも良いかもしれませんね。私土地勘分からないですけど…………」
「そうだな…………」
俺だって土地勘があるわけではない。ただ、佳奈の家にも一回行ったし、風見植物園にも行ったし、その時のことを思い出せば、少しばかり案内は出来るかもしれません。いや……難しいか……。
「どうします…………? 」
「まぁ……………………。あ」
ブザー音だ。俺と葵との会話を途切れさせるように鳴った。俺の携帯だ。マナーモードにしているから、メールなのか電話なのか分からない。電話かもしれないから、早く出た方が良いだろう。
「悪い。葵」
「いえ。電話だったら困りますから」
悪い、ともう一回だけ葵に謝って、俺は携帯を開いた。