葵と護と薫と #2
アラームを止めてから三十分くらいが経っただろうか。葵は、ようやく護から離れることにした。
「長い間抱きついてしまって、すいません」
「あ…………いや……、まぁ…………別に…………」
さっきまで護が寝ていた布団。そこには、まだ、護の温もりがあった。その布団をたたみ、両手で抱きかかえる。
「あ、護君。ドア、開けてもらって良いですか? 」
「わ、分かった…………」
「ありがとうございます。護君は、先に下に降りていてください」
「おぅよ……」
護の後に続くようにして、葵は自分の部屋から出る。両手が塞がっているためにドアを閉めることが出来ないから、開けたままにしておく。
「護君の匂い………………」
護が一階におりたのを確認してから、葵はそう呟いた。別に、聞かれても困るわけではないんだけど。
「すぅ……………………はぁ………………、って私は何をやってるんですか…………………………」
いつもは母の布団だから母の匂いもする。しかし、護の匂いもする。さっきまで護が使っていたのだから、母の匂いより護の匂いの方が強くなっている。
……ダメダメ……。
ずっとこのままだと、ずっと護に包まれていたいと思ってしまう。
「直そ……………………」
葵に言われた通り、俺はリビングに。和室の方に移動して、腰を下ろす。
いやはや。朝から色々と驚かされた。ほら、あんなに近くに葵がいたわけだし、葵はずっと俺にくっついていたらしいし、今着ている服からは葵が感じられる。
あぁ、俺が着ている服は、勿論自分の服である。泊まる前提で来ていたから、替えの服は持って来ている。昨日の雨で濡れてしまった服は洗濯してくれているだろう。
「はぁぁ……………………」
ドッ、と、俺は後ろにへと倒れ込む。
理性が保って良かった。いや、むしろ大切にしないといけないと思っているからこそ、自然と我慢出来たのだろうか。
アプローチ(?)は色々と受けてきたから、慣れてしまった、というのも考えられる。慣れてしまっていいものかは分からないけど……。
本当に選べない。でも、選ばないといけない。苦渋の選択だ。全員と、何てものは絶対に駄目だし、皆も許してくれないだろう。
今どれだけ悩んでいたとしても、いずれ一人を選ばないといけないのだ。その選ぶ時がいつになるのかは分からない。薫との付き合いは長いが、他の皆との付き合いはまだ三ヶ月、二ヶ月くらいしか経っていない。
付き合いだけで考えるのなら、薫を選べば良いということになってしまう。あの日、最初俺に告白してくれたのが薫だったら、薫と付き合っていたかもしれない。でも、順番的に、葵、心愛の方が先で、薫は最後だった。
その時に比べたら二人のことも色々と知れたし、他の青春部の皆のことも知れた。しかし、まだ知らないこともたくさんある。
……きっついなぁ……。
「あ、そうでした…………」
護の待つ先に行こうとした葵は足を止め、洗面所に向かうことにする。
昨日の雨で濡れた葵の服と護の服が、洗濯機の中に入ったままである。雨のせいで外に干すことは出来なかったが、この洗濯機には除菌殺菌機能もついているから、そんなに心配はしなくていいだろう。
洗濯機の中から、護の服だけを取り出す。
「大丈夫です……」
ちょっとだけ匂いを嗅いでみたが、問題ない。洗剤の匂いと護の匂いがする。
綺麗に護の服をたたんで、いったん部屋に戻る。そして、それを護の鞄に近くに置く。
「よし……。今、行きますよ。護君」
「護君。おまたせしました。今から、朝ごはん作りますね」
「なんか、悪いな」
「いえいえ。楽しいですから」
……あ……。
「護君」
エプロンを身につけ、こっちに視線をくれている護に呼びかける。
「どうした? 」
「護君は……朝ご飯、パン派ですか? それともご飯派ですか? 」
「あぁ、どうだろうな……。どっちかというと、パンの方が多いかも」
「分かりました」
なら、パンに合う朝ご飯を作れば良い。葵の家の朝ご飯もパン系だったりご飯系だったりする。
……さてと……。
冷蔵庫を開け、何を作るべきかと考える。
……楽しいです、この時間……。
護のために何を作るか。それを考える時間が楽しいと思える。だって、護のことを考えていられるから。護のために何かをすることが出来るから。
昨日、晩ご飯を作っていた時にも感じた感覚。護のために料理を作れる。これは幸せなことだ。ずっとこれからも、この時間があれば良いと思ってしまう。
「くすっ…………」
自然に笑みがこぼれてくる。自分が、これほどまでにこの時間が大切だと思っているから。
「ハムがありますね………………」
それに、ジャガイモやチーズもある。
「よし」
作るものが決まった。なら、早く作ろう。
まず、ジャガイモを茹でる。
「皮を剥くのはその後です……」
五分くらいから七分くらい茹でれば良い。だから、キッチンタイマーでアラームが鳴るようにセットして、次の作業に移る。
ハムを食べやすい大きさに切る。葵のを少し小さめに。護のは少し大きめにする。
まだ時間があるから、別の作業を始める。
小さめのボールを取り出して、そこに、マヨネーズ、黒こしょう、クレージーソルトを入れて混ぜ合わせる。
「まだ、ですね…………」
ジャガイモが茹で終わるまで、後二、三分ある。
「あ、忘れてました…………」
肝心のパンの準備を忘れていた。これが無かったら何も始まらない。
冷蔵庫の側に置いてあった食パンを手に取る?六枚一セットの食パンである。
その食パンの一つ一つを四等分にして、パンの耳を落とす。これで、準備は終わり。
ピピピ、とキッチンタイマーのアラームが時間になったことを教えてくれる。
「後、もう少しです」