葵と護と薫と #1
「くぁ………………ふぁ……………………」
起きたばかりの葵に、窓から差し込んでくる光が浴びせられる。カーテンをあけたまま寝てしまったからだ。だから、設定したアラームの時間よりちょっと早めに起きてしまった。
「あと五分で七時ですか……」
寝ている体制のままで、葵は壁にかけてある時計に目をやった。
そして、そのまま、目線を戻す。そこには、目の前には、護の背中がある。寝た時の体制と何ら変わっていない。葵は、ずっと護にくっついたままでいた。
「護君………………」
扇風機が回ってはいるが、密着していた二人にとって、その扇風機から送られてくる風は少し無意味なものになっていた。
護の身体もだが、葵の身体も汗ばんでいた。室内が暑いからか、護への想いの熱さからか。
でも、そんなものは気にならなかった。護はまだ起きていない。ということは、護が起きてくるまでの時間、まだ護にくっついていられる。護を感じることが出来る。
出来ることなら、ずっと護の隣にいたい。この状態でずっといたい。でも、もうすぐアラームが鳴る。そうすれば、護も起きてしまうだろう。だから、後二、三分だけ。
「護君…………………………」
もう一度、葵は護の名前を呼んだ。ゆっくりと、自分の気持ちを確かめるように。
……あ……。
一瞬だけ、護の身体が動いたような気がした。目を覚ましてしまったのだろうか。
でも、それだけで、それ以上護からのアクションは無い。
……少し驚きました……。
もう少し、葵は頑張ってみる。護が目を覚ました時、驚かせてやろうと思う。
寝ているわけだから、この体制では護は抱けない。しかし、片手だけなら、護の前にへと回すことが出来る。
だから、葵は、もっと自分の身体を護にくっつけて、護の胸の方に自身の手を回す。
「………………護くぅん……」
ちょっと頭がクラクラしてくる。これ以上ないほどに護と身体を密着させてるから、護の全てが葵を包む。逆に、葵の全てが護を包む。
「………………………………っ!! 」
いや、ちょっと待て。何かおかしい。背中にとても暖かい感触がある。
……葵……。
どう考えても葵だろう。別々で寝ていたはずなのに、いつのまにこうなってしまったのだろう。俺のちょっとした願いを叶えてくれたのだろうか。
……え……?
葵の手が俺の手を握ってくる。それと同時に、俺の背中に柔らかいものが押し付けられる。さっきよりも暖かい何かが、俺に押し寄せてくる。
唐突な出来事だった。もう少しで、驚きで声を出してしまうところだった。
「………………護くぅん……」
葵の優しい声が、熱っぽい声が、妖しい声が、俺の耳朶を刺激してくる。
起きてはならない。いや、起きていることを葵に気付かれてはいけない。
俺がまだ寝ていると思っているから、葵はこういう行動に出ているのだろう。俺が起きてしまえば、葵は離れていってしまう。
後もう少しだけなら葵に身を任せてみてもいい、と俺は思った。
葵と護しかいないこの部屋の中に、時計のアラームが鳴り渡る。
七時になったということを知らせるのと同時に、護から離れないといけないということも知らせてくれる。
でも、護がまだ起きないのなら、護から離れる必要はない。
だから、葵は護を起こしてしまわないように、アラームを止めた。まだ、護とくっついていたいから。
……ふふ……。
護に告白したり、キスしたり、恋人になるために出来ることはたくさんある。それは、他の皆も考えてやろうとしている、もしくはもうすでにやっていることだろう。
でも、皆がやっていることをしたときても、護を手に入れることは出来ない。それ以上の何かをしないといけない。
……これは、それ以上の何かに入るのでしょうか……。
もし当てはまってるとするならば、少し一歩先に進んだことになる。皆より上にいることになる。
自分達が護の中でどういう位置にいるのかは分からない。ただ、告白云々なら葵だけではなく、他の皆もしていることだろう。少なくとも、葵は、薫と心愛が告白していることを知っている。知らないだけで、している可能性は高い。
護の中での皆の好感度が一直線に並んでいるのだとしたら、これから先、何をするかで、護の傍にいられるかが決定する。
だから、頑張らないといけない。今日の七夕パーティーをその布石とするために、今から準備をする必要があるだろう。
……さて……。
護の傍でのんびり出来るのは、そろそろ終わり。起こさないといけない。もう十分、これから頑張るために必要な護要素は補充することが出来た。
「護君。起きてください。朝ですよ」
ゆっくりと、護の耳に囁くように声を発する。
「……………………おはよう。葵」
目を閉じたまま、護はおはようの挨拶を返してくれる。
「はい。おはようございます」
「なぁ……………………。葵……」
「どうしましたか? 護君」
「葵は……………………、いつから俺の隣に……? 」
「夜中からです。六時間以上は護君の隣にいたと思います」
「そっか…………」
護の頬はだんだんと赤みを帯びてくる。護から離れないといけないと思っているが、葵がずっと護に寄り添ったままだからだ。
……離れたくないです……。
「ねぇ。護君? 」
「ん………………? 何だ……? 」
「今日の七夕パーティー。楽しみですね」
「そうだな」
「大変になるかもしれないですけどね……」
……主に護君が……。
「はは……。無事に終わってくれればいいんだけどな…………」
無事に。どういう基準で、何を無事とするのか。それによって変わってくる。
葵は仕掛けるつもりでいる。何を、までは決めていない。
……まぁ……。
でも、ちょっとだけで良い。そんなに大きな行動に出る必要はないだろう。
のんびりはしてられないかもしれないが、まだまだ時間はたっぷりあるのだから。護といられる時間は、まだまだたくさんあるのだから。