久し振りのハンドボール #3
咲は、自分が薫と胡桃の二人に指定した時間よりも早めに、御崎中学校に足を運んでいた。約三ヶ月ぶりに訪れた。
鳥宮駅の方面に引っ越してしまったため、この辺りに来るのは中学校の卒業式以来になる。御崎駅周辺や、創南高校の部活の一環で御崎体育館に入ったことはあったりはしたが。
「全然変わってないなぁ……………………」
中学校には、たくさんの思い出がある。護と出会い、好きになり、告白したりした。
薫と咲の二人からは選べないと言って断られはしたが、咲の気持ちは何一つ変わってない。
「あ………………」
体育館に向う途中、一本の大きい木が目に入った。咲が護に告白した場所だ。
……懐かしいなぁ……。
告白した時のことは、三ヶ月経った今でも鮮明に覚えている。
告白しようと心に決めた時、負ける、と思っていた。だって、薫に紹介されて仲良くなった身。付き合いの長さからしても、薫に勝てないと思っていたから。
勿論、そう思っていた通り、薫に勝つことは出来なかった。あの時、あの告白したタイミングでは、同じ位置にいたかもしれない。
……でも……。
今は違う。この三ヶ月で、あきらかに薫との差は出てしまっている。青春部なるものもあり、そこにいる女の子達にも自分は負けているかもしれない。
「会いたいなぁ………………」
今日はハンドボールをするために、ここに来た。実際、護が試合している姿を見たことはないが、遊びでプレーしているところや、一緒にチームを組んだりしたこともある。
だから、今日、護が来てくれたりしたら、もっと楽しくなるだろうと思う。
「よっと…………っ」
昔みたいに、護に告白する前の時のように、その木に登ってみる。かなり幹も枝も太く大きいものなので、高校生の女子が登ったとしても何ら問題はない。
その位置から、校門の方を見てみる。丁度、薫と胡桃がこちらに向って来ているところだった。
「薫ー。胡桃ー」
そこから、下にいる二人に声をかけてみる。
「咲………………っ!? 」
「咲さん……………………っ!? 」
案の定、二人は驚いた様子で、見上げてくる。
「おはよう」
「おはよう…………っじゃなくて……。どうして、そんなとこ登ってんのよ……」
「危ないですから、降りてきてください」
「久し振りに登ってみたくなってねぇ。それに、大丈夫だよ。折れたことはないから」
「そういう問題? 」
「うん。そういう問題。まぁ、すぐに降りるよ」
少し、昔の気分を思い出すために登っただけ。目的は達成した。
「で、咲さん………………」
少し呆れた表情を浮かべながら、胡桃が聞いてくる。
「どうしたの? 」
「部活が始まるまでにまだ時間がありますけど…………、どうするんですか……? 」
「ということは、部活が始まるまで、後一時間くらいはあるってこと……? 」
「そそ」
どうしてそんなに早く集合したのかと咲を問いただして、今に至る。
御崎中学校、体育館女子更衣室。
上着を脱ぎながら、薫は咲にそう言った。
この更衣室に、薫、咲、胡桃以外の人はいない。当たり前だ。部活が始まるまで、まだ時間があるのだから。
「咲さんの気持ちは分かりますけど……」
中学指定の体操服に着替えた胡桃は、薫と同じように咲にそうした理由を求める。
「いいじゃないのよ。三人で一回してみたかったんだし……」
もうすでに着替え終わっている咲は、更衣室の中央に設置されている水色の長椅子に腰掛けながら、言葉を作る。
「やるって言っても何するの? 」
「三人ランパスとか、シュート練習とか? 」
「二人と一人に別れて、オフェンスとディフェンスの練習も出来ますね」
胡桃も、薫の言葉の後に、自分の声を続ける。
「まぁ、それくらいしか出来ないけど………………。あたし、本当に二ヶ月くらいはしてないから、どうなるか分からないよ」
「大丈夫だよ。薫は」
「薫さんは大丈夫ですよ。元々強かったんですから」
「そうかぁ………………」
薫がこれほどの期間ハンドボールをしないことは、これまでで無かった。だから、自分の能力がどこまで落ちているのかが分からない。
……どうにかなるかな……。
たとえ、このブランクがあったとしても、胡桃には圧倒的な力の差を見せつけることが出来るだろう。しかし、咲とはその逆になってしまうだろう。自分がハンドボールから離れていた間、咲はずっとハンドボールをしていたのだから。
……護も誘わないと……。
護は自分より長い間やっていないが、一緒にプレー出来るのなら、それだけで楽しめる。能力の落ち度を気にしないでよくなるかもしれない。
「さ、練習しよっか……? 」
「そうね」
……後で練習しよ……。
ボールを一つだけ手に取り、三人は更衣室から出る。
「シュート練習にしますか? 」
ボールを持っている胡桃からは、これから楽しむ、という気持ちが滲み出ていた。
「あたしはそれで良いと思うな。咲はどうする? 」
「やっぱり、三人だからね。あたしもそれで良いと思う。一人キーパーで、残りでオフェンスとディフェンスに分かれれば丁度だと思うしね」
公平なるじゃんけんの結果。咲がキーパー。薫がディフェンス。胡桃がオフェンスでやることになった。