久し振りのハンドボール #2
……宮永さんは来ないのか……。
ちょっぴり残念。
咲から薫が来てくれることを昨日のうちに知っていたので、もしかすると、護も来てくれるかもしれないと思っていたからだ。
だって、胡桃が薫を見かける時、そのほぼ全てにおいて、隣には護がいたから。
さっき、あんな口のききかたをしてしまったが、胡桃は最初から気付いていた。薫は護のことが好きだということに。これは今、薫の言葉によって確信に変わった。
胡桃自身、護にはそれほどハンドボールを教えてもらっていない。片手で数えられるくらいだけだし、それでもワンツーマンで教えてもらったわけではない。
……覚えてくれてるのかな、宮永さんは……。
胡桃は、何人もいたうちの一人でしかない。だから、胡桃のことを覚えていないとしても、それは仕方のないこと。責めることは出来ない。
「護を呼ぶ? 」
「え……………………? 」
「だって、胡桃。久し振りに護にハンドボールを教えてもらいたいんじゃないの? 」
護が来てくれるのであれば、より楽しむことが出来るだろう。少しばかり、護に会いたいという気持ちは、胡桃の中にはあった。
「でも、宮永さんにもご予定があると思いますし………………」
「そうだよねぇ。来てくれない可能性もあるけどさ、頼んでみても良いんじゃない? 」
「じゃ、じゃぁ……。お願いしていいですか……? 」
「うん、分かった。後でお願いしてみるね」
「ありがとうございます……っ」
胡桃は、もうすでに護に会えると思っていた。薫の頼みなら、護は断らないだろうから。
……久し振りです……。
二年振りか、一年振りか。本当に久しぶりすぎて、いつ以来になるかなんて思い出せない。
「楽しそうな顔してるね。胡桃」
「そうですか? 」
「うん。そんなに護に会いたいの? 」
「まぁ、間違ってはいないですけど…………」
そこまで会いたいと思っていたわけではない。でも、護の話題になり、会える、となると、会いたいという気持ちはどんどん高まっていた。
「護は渡さないよ? 」
「え…………あ………………っ。そ、そんな…………っ! そんなこと思ってないですよ………………っ!! 」
「あはは……。ごめんごめん。胡桃はまだ中学生になったばかりだもんね」
「そうですよ…………」
そう。胡桃は中学生。護は高校生。まだ中学に上がったばかりなのに、恋愛なんてまだはやい。それに、中学生が高校生に恋をするのはいけないことかもしれない。それに加え、胡桃は薫の気持ちを知っている。だから、護に対して、好きという感情を抱くことは許されない。
「薫さんは……、宮永さんと付き合ってるんじゃないんですか…………? 」
簡単にまとめてしまえば、護と一緒にいる時間を増やすために、恋人としての時間を過ごすために、部活をやめたんだと、胡桃は解釈している。
こう話しているだけでも、薫の護に対する想いの強さが伝わってくる。これほどの想いなら、護にも絶対伝わっているはずなのだ。
「付き合ってないよ」
「え…………? そうなんですか……………………? 」
思いも寄らない答えが返ってきた。
「告白…………してないんですか………………? 」
「したよ。でも、保留中。護に告白したのは、護のことが好きな女の子は、あたし一人だけじゃないからね。杏先輩も告白したんじゃないかな? 」
胡桃は、驚きで声が出なかった。主に、自分の姉が護が好き、ということに。
……杏お姉ちゃん……。
気づいていなかったわけではない。少し、そんな気はしていたのだ。だって、護のことを話している時の杏は、どんなことよりも楽しそうに、嬉しそうに、話してくれた。
「宮永さんは…………、好かれやすいんですね……」
「うん。こっちとしては大変なんだけどね…………」
薫は苦笑しながら言っていたが、少しばかり、この恋の戦いを楽しんでいるような雰囲気さえした。
「薫さん」
「ん? 何? 」
「頑張ってください。応援しますから」
「それはありがたいけど……、杏先輩を応援しないの? お姉ちゃんだし」
「ど、どっちも応援します…………っ。でも、幸せになれるのは一人だけなんですよね………………」
「そうね……………………」
薫が護と付き合えば、杏の想いは叶わなくなる。杏が護と付き合えば、薫の想いは叶わなくなる。
それは仕方の無いことなのだ。幸せになれるのは、たった一人だけなのだ。これだけは、覆すことが出来ない未来だ。
「胡桃はいないの? 好きな人」
「い、いないですよ……っ」
「そうなの? 」
「は、はい…………」
……恋……。
恋なんて、まだしたことがない。まだ、人を好きになったことはない。尊敬する人はいるのだけれど。護に対してへの想いは、それにあたる。憧れでもあるのだ。
小学生の時の胡桃でも護が強いことが分かっていた。だからこれは、尊敬、憧れ、以外の何物でもないのだ。
「宮永さんが部活でハンドボールしてたのって、いつまでだったんですか? 」
「小学校まで、だね。中学になってからは、あたしの練習に付き合ってくれたくらい」
「そうですか…………」
……そっか……。
ということは、中学時代、護がハンドボールに触れていた時間はぐっと減ってしまっていた。でも、薫としていたというのなら、その力は衰えていないだろう。逆に、強くなっている可能性だってある。
「あたしが中学校に上がってからも、何回か教えに来たことあったでしょ? 」
「はい」
「その時から護が来なくなって、代わりに咲が来たんだよ」
「あぁ、そうでしたね……」
言ってしまえば、胡桃は、小学生の時の護しか知らない。今の護のことは、杏から聞いた範囲でしか知らない。




