七夕前夜 #4
「もう、寝ますか? 」
クーラーの電源を切り、護の布団も準備した。しかし、まだ、時間は十時になったところなのだ。
明日のこともあるから早く寝たほうが良いのは分かってる。
「まだ早い時間だもんな」
「はい」
まだまだ護と話したい気持ちもある。だけど、そうしたら、どんどん時間が経ってしまうことだろう。すぐに、十一時とか十二時になってしまうだろう。
「葵はどうだ? 」
「私は早く寝たほうが良いと思います。明日のこともありますから」
実際に思っていることとは逆のことを言う。
「そっか。なら、そうするか」
「はい」
「電気、消しますね」
「おぅ」
護の了承を得、部屋の電気を消す。部屋が暗くなる。でも、葵には、護がどこにいるかは分かっていた。護の気配は常に感じていた。
ゆっくりと、葵はベットに潜り込む。
基本、葵の家の部屋は和室が多いのだが、ここ、今自分達がいる部屋だけ洋室になっている。だから、言ってしまえば、この部屋に布団はあまり合わない。
護がすぐ近くで寝ている。
テスト勉強で泊まってもらった時は部屋を一つ挟んでいたから、こんなに近くに護を感じることは出来なかった。
だけど、今は違う。すぐ近くに護がいる。自分に勇気さえあれば、護の布団に潜り込むことだって出来る。
ただ、今はしない。今は。
「護君……………………」
「ん? 呼んだか……? 」
「あ、いえ………………。何もないです。すいません…………」
「そっか」
無意識のうちに名前を呼んでしまったらしい。それだけ、葵の中は護で一杯になっているということ。護のことだけを考えていたということ。
本当に護のことが大好きだ。これだけは、何があっても変わらない事実なのだ。護が他の女の子を選んだとしても、この気持ちは変わらない。
だけど、勿論自分のことを一番に選んでもらいたい。そのために頑張っているつもりだ。
……ずっと前から護君といたような気がします……。
そんな気もするが、実際はまだ三ヶ月ほどしか経っていないのだ。
今ではここまでの関係になっているが、最初の頃はただのクラス委員長としての間柄しかなかったのだ。その時には、ここまでの感情を、大好きという感情を、抱くことになろうとは思っていなかった。
クラスが違えば、会わなかった。好きになることも無かったかもしれない。そう思うと、この偶然には感謝である。
護と出会って、葵も色々と変わった。男の子を好きになったのも初めてだったし、ここまでの人との付き合いも無かっただろう。
「護君」
「何だ? 」
今度ははっきりと、護を呼んだ。
「ありがとうございます」
「何がだ………………? 」
「感謝の気持ちを言っただけです。深くは気にしないでください」
「…………? そうか…………? 」
……好きですよ、護君……。
……寝てますね、さすがに……。
ゆっくりと起き上がった葵は、ベットの上から護を見下ろす。寝返りを打ったのか、護は壁のほうに自分の身体を向けていた。そのため、護の寝顔を確認することは出来ない。
時刻はまだ三時。
普段から寝つきの良い葵が、こんな時間に目を覚ましてしまうことは滅多にない。なのに、葵は起きてしまった。
……護君がいるからでしょうか……。
護のことを少し考えただけで、胸がドキドキしてくる。そんな気持ちにさせてくれる護のことを、ずっとずっと想っていたくなる。
「今がチャンスです」
護はぐっすりと寝ている。ちょっとやそっとじゃ起きないだろう。ということは、今、葵は、護の承認を得なくても何でも護に出来ることになる。
起きている時にそれを頼むのは、恥ずかしさが先行してしまって出来なかった。
だけど、この状況下においては、恥ずかしさよりも護の隣にいたい。その気持ちが勝っていた。
音を立てないようにしながら、葵はベットから下りる。そして、護の側による。
……可愛いです。護君……。
男の子の寝顔を、護の寝顔を、見るのは、勿論今日が初めてである。
……これくらいは、良いですよね……。
葵は触れてみる。護の頬に。護のことが大好きかだから、この手は離したくない。ずっと、護に触れていたい。でも、今日の目的はそれをすることではない。
「お邪魔しますね。護君…………」
葵はゆっくりと、自分の身体を横にする。勿論、護の横でだ。
護に貸したのは母の布団。当たり前のことだが、一人用の布団だ。だから、一緒に一つの布団に入ろうとするならば、かなり身体を密着させないといけなくなる。
……護君……。
ぴったりと、護に寄り添う。そうしても、護から起きる気配はしてこない。作戦成功だ。
護は、自分と一緒に寝たいと思ってくれていたのだ。なら、その願いは叶えるべきだろう。たとえ、こんな形であったとしてもだ。
護にくっついているかは、護の体温が、護の匂いが、護の全部が、伝わってくる。
……あっ……。
葵は一つ気がついた。その護の匂いの中に、自分の匂いが微かに混じっていることに。
何故か。理由は一つ。護が、葵と同じシャンプーを使ったからだ。そのおかけで、葵は、より護を近くに感じることが出来た。
「………………護君」
葵は声に出してみる。好きな彼の名前を。
護はぐっすりと寝ている。密着しているから、寝息も聞こえる。
葵は寝れないでいたが、護に変化はない。お風呂場の時と比べると密着度は足りないかもしれないが、それでも、くっついていることに変わりはないのだ。
……私はこんなにドキドキしているのに……。
護の鼓動は変わらない。それは当たり前のこと。寝ているから、葵と密着していることを護は知らないからだ。
朝になれば自然と気付いてもらえるが、葵はそれまでに気付いてほしかった。
こんな行動に出てしまうほど、護のことが大好きだということを。




