七夕前夜 #1
「十四人か………………」
「何が、十四人なの? 」
ふとこぼした成美の言葉に、渚はすかさず反応した。
「明日の七夕パーティーだよ」
「そんなに集まるの? 」
「そうみたいだね」
自分が提案して形になった七夕パーティー。人数が多い方が楽しいに決まっているが、ここまで多くなるとは思っていなかった。
青春部だけで八人。後の六人は誰かの友達ということだろう。
……でも……。
単純に考えれば、護のことが好きな女の子は八人になる。護が誘った人がいる場合増える可能性があるが、たとえそうだとしても、成美達青春部の面々が、ただの友達に負けるわけがない。護に対する想いはそれほどのものである。
だとしても、護の隣にずっといることは難しいだろう。護に対して異性として好きという感情がないとしても、友達として好きだという気持ちがあれば、隣にいようとするだろう。それだけ、護の隣は落ち着くことが出来るのだ。
「佳奈お嬢様」
「ん? どうした? 」
部屋の扉を開け、咲夜が部屋に入ってくる。
……お……?
どこかに出かけていたのだろう。咲夜は、いつも着ている執事服ではなくいつもからは想像出来ないような可愛らしい服を着ていた。
「あぁ、買い物に行ってました」
じっと咲夜の姿を見ていてしまったのだろう。恥ずかしそうに咲夜は言ってきた。
「似合ってるじゃないですか。咲夜さん」
「ありがとうございます。杏様」
ニヤニヤとしながら、杏は咲夜の姿を眺めている。
「で、明日の七夕パーティー。何時から始める御予定ですか? 」
「それも決めないとな。杏は何時からが良い? 」
「うーん。どうだろ……。あんまり遅くなるとダメだしねぇ……」
「明日は普通に学校あるからな」
七夕パーティーはすぐに終るものではない。三時間、四時間くらいは皆で楽しく一緒に過ごすことになるだろう。
青春部の中でなら、成美と渚が一番この家から遠い。後、それぞれが誘った友達達がどこに住んでいるかは分からないが、成美達より遠い人もいると考えた方が良いだろう。
「六時か五時くらいからの方が良いな。咲夜はどう思う? 」
「私は六時からにしていただいたほうが嬉しいです。色々、準備がありますから」
「あぁ、そうだな。分かった。杏もそれで良いか? 」
「うん。それで良いよ」
「遅くなっても大丈夫か? 」
「どうだろうねぇ。でも、大丈夫だと思うよ? まぁ、お昼頃に一回家に戻るけどね。ご飯作らないと駄目だし」
「その方が良いな」
「じゃ、六時ということで良いですよね。そのように、準備いたします」
「うん。頼む」
……どうだかなぁ……。
今日は佳奈の家に泊まることになる。実は、杏はあんまり家を一日以上あけたことが無い。それは、家で待っている妹達のためだ。
しかし、杏が高三になってから、護が青春部に入ってくれてからはあけることが少し増えた。次女の舞姫が高一になり、段々家のことを任せられるようになったという理由もある。
……はぁ……。
「ねぇ、佳奈。すぐ戻ってくるからさ、一回家に戻って良い? やっぱり、ちょっと心配だから」
「分かった」
一応、朝、家を出る時、佳奈の家に泊まるから、とは言ってある。だから、心配は無駄なのかもしれないが、それでも心配になってしまうのは仕方が無い。
なんたって。
……お姉ちゃん、だからね……。
杏は、久し振りに全力疾走をしてみる。
「はぁ…………」
だとしても、疲れることはない。毎度毎度、九人もいる妹達に振り回されたりもすれば、必然的に体力がついてしまうというわけである。
「ちゃんとやってるかなぁ」
一応、今日は佳奈の家に泊まると言ってあるから、杏のことを待っていることはないだろう。舞姫や夏美が、ため息をつきながらも面倒を見てくれていることだろう。
織原家は、全国的にも珍しい十人姉妹である。
長女、高三の杏。次女、高一の舞姫。三女、中三の夏美。四女、中一の胡桃。五女、六女は双子、小六の真希と早希。七女、小五の有沙。八女、小四の唄。九女、小二の逢。十女、小一の美波。
普段からほぼ女の子で埋められる織原家であるが、両親が海外に飛んでしまっている今、本当に家には女しかいなくなっているのだ。
当たり前だが、佳奈と杏の仲の良さに繋がった最初の理由は、家が近いからである。二分、三分も走れば家に戻ることが出来る。
「杏お姉ちゃん? 」
家の扉を開けようとすると、後ろから声をかけられる。
「胡桃? どうしたの? 帰るの遅いんだね」
杏は、かなり時間が遅くならない限り、家に戻ってくる時間をあまり気にしない。
「ハンドしてた。咲先輩と」
……咲……?
どこかで聞いた名前。思い出すより前に、胡桃が答えを教えてくれる。
「咲先輩は、杏お姉ちゃんのこと知ってたよ? 一回、会ったことあるんじゃないの? 」
首にかけていたタオルで汗を拭きながら、胡桃は声を作る。
「あるよ。薫の友達だしね」
二ヶ月ほど前だったか。テスト終りに青春部の皆で御崎駅周辺をウロウロしていた時、咲に出会っている。
……その時に、胡桃のこと知ってるって言ってたっけ……。
「あれ? 杏お姉ちゃん。今日は佳奈さんの家に泊まるって…………」
「すぐ戻るよ。ちょっと気になって」
「真希と早希が? 二人は家にいないと思うけど」
「いない? 何か用事あったりしたっけ? 真希早希は」
「昼頃に出ていったよ。何か、バレー部の皆で七夕パーティーするんだって。明日まで」
……私達と一緒か……。
「そっか…………。なら、舞姫達の負担も少なそうだね」
「そ、それに……。私もこれから手伝う予定だし」
「そう。明日の夜まで戻ってこないけど、よろしくね」
「家の中入ってかないの? 」
「うん。大丈夫。佳奈に、すぐ戻るって言ってあるから」
舞姫、夏美に加え、胡桃も手伝ってくれるのなら、心配することはない。杏はお姉ちゃんだから、それくらいのことはすぐに分かる。
「じゃ、また」
「っしょ……………………ん? 」
御崎図書館での心愛との勉強を終えて、夜の七時頃にやっと家に戻った薫は、メールが来ていることに気付いた。時間も時間で早く帰らないと、と思っていたから気付かなかったのだろう。図書館にいたためマナーモードにしていたことも関係あるかもしれない。
「咲…………から? 」
中学からの友達で、二ヶ月ほど前に御崎駅で久し振りに会った。その時からちょくちょくメールをしているが、中学の時と比べると仲の良さは落ち込んでいるが、それでも親友だということに変わりはない。
「おっと………………」
メールを確認しようと思ったら、今度は電話が来た。相手は同じく咲である。
「もしもし? 咲。どうかしたの? 」
「おひさ。何か用があるわけではないんだけど、今日、久し振りに胡桃とハンドしてさ」
「胡桃? あぁ、あの娘か……。懐かしいわね」
まだ中学生の頃。咲と一緒にハンドボールを教えた記憶がある。その場には、護もいた。
「そうだ。胡桃ってさ、杏さんの妹だってしってた? 」
「え? 杏先輩の? 」
「そそ」
「あぁ、そういえばそうだったのね」
少しばかり、杏の面影と胡桃の面影が重なる。胡桃の体力の高さは、やっぱり姉妹だから影響でもしているのだろうか。そういえば、姉妹のほとんどは何かしらのスポーツをしている、と言っていた記憶がある。
「それでさ、久し振りにハンドしない? あたしと薫と胡桃とで」
「明日…………? 」
「うん。テスト勉強の気晴らしとかしない? 」
咲の頼みはありがたい。本当に最近はハンドボールをしていなかったから、どれくらいの感覚が残っているのな試してみたい気持ちもある。だけど、明日は予定がある。
「時間はどうなの? 」
問題はそこだけだ。
「朝だけだよ? そんなに長くやるつもりはない。胡桃にも予定あるみたいだしね」
「そっか…………」
……それなら……。
「じゃ、参加するよ。久しぶりにしてみたいしね」
「本当に? ありがとね」
「うん。どこでやるの? 」
「御崎中学だって」
「じゃ、部活の手伝いみたいな感じ? 」
「だね」
しばらくやっていないとしても、中学生相手なら大丈夫だろう。それほどまでに、薫のハンドボールの力は衰えていない。
「朝ってことは八時からだよね」
「そうね。急に頼んでゴメンね」
「良いの良いの。あたしと咲の仲だしね」
「ありがと。じゃ、また」
「うん」
ドサっと、咲との電話を終えた薫はベットに倒れこむ。
「ハンド、か………………」
ハンドボールをするのなら、護も誘っていいはずだ。それなのに、咲は護の名前を出さなかった。予定がありそうだから来てくれないと踏んでいたのだろうか。
……はぁ……。
やるなら護とも一緒にハンドボールををしたい。だけど、咲が予測していた通り護に予定があるとするならば、たとえ幼馴染に間柄といっても誘い辛い。
「護……………………」
「ただいまぁ」
薫が家に着いたのよりも後、心愛もようやく家に戻っていた。
「おかえり。ちょっと遅かったわね」
「ごめんごめん」
七時を超えてしまうほど、家に帰るのが遅くなるとは思っていなかった。それだけ、薫と話していた時間はあっという間だったということだろう。勿論、話していたのは明日の七夕のこと、護のことである。
「先にシャワー浴びてきなさい」
「うん、分かった」
いくら夜になろうとも、夏だから、その暑さに変化はない。電車に乗ったりすると人も多いし、余計に暑いと感じてしまうほとだった。
一度部屋に戻って荷物を置き部屋着やら何やらを手にしてから、心愛は脱衣所に行く。
「………………っしょっと……」
さっきまで着ていた服を脱ぎ、それを洗濯機の中に入れると、洗濯機のスイッチを押す。出来ることは出来る内にする。それが、心愛の習慣でもあった。
「ふわぁ……………………」
シャワーヘッドから流れる水が、その心愛のスレンダーな身体を濡らしていく。綺麗に流れていく。
……護……。
帰り道も七夕の話をしていたが、その大半は護のことであった。当たり前だが、互いが護のことを好きだということを知っている。知っていたとしても、その友達関係が壊れることは絶対に無い。
どんな恋にも、恋敵ライバルは必要不可欠であるからだ。
……でも、皆強いんだけどねぇ……。
告白やキス。その点だけを考えるならば、心愛と他の人達との立ち位置はそんなに変わらないと思う。だけど、たったそれだけのそとで恋が決まるわけでもない。様々な理由が重なり、相手のことを好きになるのだ。
「時間………………」
心愛は、一番必要なのは時間、そう考える。好きな人とどれだけ一緒の時間を過ごすか。一緒に時間を過ごさないと、自分の魅力などを伝えることは出来ない。自分のことを好きになって欲しいのであれば、自分で頑張らないといけない。
だから、明日にあるような七夕パーティー。こういうのはチャンスなのだ。
青春部の部室でもそうなのだが、明日佳奈の家で開かれるパーティーには、護のことが好きな女の子がたくさん集まる。
そうでは無い女の子がいるが、それであっても護の隣にいることは容易ではないだろう。
"隣にずっといたい"
これが願いの一つでもあるのだ。
心愛は、まだ護と一緒の時間を二人きりでの時間を、それほど過ごせていない。
だからここで頑張って、先に繋げる必要があるのだ。のんびりしている時間は無いと言えば無い。だけど、焦らなくていい。焦ると逆効果になるからだ。
「護……。絶対…………振り向かせてみせるから…………………………」
心愛はそう、心に誓った。
「疲れた………………」
溜まった一日の疲れを吐き出すかのように、遥は声を出す。風呂上りだからか、いつもつけている黄色いリボンは付けていない。たとえリボンを付けていなくても、少し幼く見える。これが、遥の魅力なのかもしれないが。
「七夕…………か」
久し振りに護と会うことが出来る。同じ学校なのだからすれ違うことくらいはあるが、がっつりと会って同じ時間を過ごすのは本当に久し振りになる。
……護も来るんだよね……。
あの時、少し一目惚れをしてしまっていたような気がしていた。優しく接してくれる男の子は、護が初めてだったからだ。
だから、勘違いかもしれないと後で思うようになった。でも、今日まで考える時間はたくさんあった。
考えた結果。
……おりようかな……。
他の皆と比べて、護との接点が多いわけではない。護との時間がたくさんあるわけでもない。それなりに頑張らないと、皆より上に行くことは出来ない。それはもう分かっている。なら、諦めがつく。
多種多様な想いが、この七夕前夜に渦巻いていた。
「護君、夜ご飯作りましょう」
気が付けば七時半を回っている。本当に時間が経つのは速いと思うことが多くなってきたような気がする。
「そ、そうだな」
普段通りに答えたつもりだったが、少し詰まり気味になってしまった。
……はぁ……。
さっきのお風呂で、葵の想いを再確認することが出来た。これほどまでに俺のことを想ってくれているのだと、実感することが出来た。
それなのに、その想いにすぐ答えることは出来ない。この想いは薫や心愛、悠樹と成美、杏からも感じられるものだ。だから、単純には選べない。
こんなことを羚に言ったら、何を言われるのだろうか。羚も三人の中から一人を選んだ。それはとても大変だったことだろう。
「俺は、何すれば良い? 」
告白云々のことも考えないといけないが、今は横に置いておく。すぐに出来るものだが、今はご飯を作らないといけない。
「護君は、梅干しは種を取りのぞいて、大根おろしと一緒に混ぜてください。素麺は私が茹でますから」
「分かった」
一体、梅干しをどのように使うのかと思っていた。なるほど、そういう風に使うのか。暑いから、その酸っぱさですっきりしようということだろう。
先に大根をすりおろしてから、そこに種を取った梅干しを混ぜていく。これを素麺の上に乗せるのだろう。
「護君、護君」
出来上がった素麺を水で冷やしながら、葵が俺の名前を呼ぶ。
「ん? 」
「しょうがとかわさびとか、食べれますか? 」
「おぅ。大丈夫」