Love Shower #3
葵は急に聞きたかを変えてきた。
「なら…………、私と一緒に入りましょう。お風呂に」
「そっか、一緒にか………………。はぁ……!? 一緒に…………」
いやはや、一体葵は何を言っているのだろうか。葵にこんなに驚かされたのはこれが始めてである。姉ちゃんには言われてことがあるし、その時も今みたいに驚いてたはずだが、それとは違う驚きがあった。
「嫌…………なんですか……」
葵は上目遣いで俺を見てくる。卑怯である。それに、何故か葵の目は真剣である。
え? マジですか? 葵さん。一緒にお風呂に入るんすか……?
「別にそういうわけじゃ……」
もし一緒に入ったとして、それがクラスの男達にバレてしまったら、確実に俺は亡き者にされるだろう。そんな未来に行き着きたくはない。それと、ここで断れば、別の意味でも亡き者にされそうだ。
苦渋の選択だな。ここはどうするべきなのだろうか。勿論、こんなことに遭遇したことがないから、どうしたら良いか全く分からない。
「じゃぁ、私とお風呂に入りましょう……。大丈夫です。そんなに狭くないですから」
広いとか、そういう問題なのだろうか。まぁ、狭いよりかは色々と問題が起きなさそうなのは確かであるが……。
「それに…………、ご飯も作らないとダメですし…………。時間は短く無駄なく使わないといけないです……」
「……………………」
全くもって葵の言う通りではある。だとしても……うむむむむ…………。
「護君…………。今日はそんなに二人でいられなかったじゃないですか…………。ララとランも来てましたし…………。だから、私に護君と二人でいれる時間をください。それに明日も夜は二人きりでいられないんですから」
「…………分かった」
「護君…………」
パッと、葵は顔を輝かせた。あぁ……もう、そこまで頼まれたら……。
「断れねぇよ。そんなに頼まれるとさ」
「護君…………。ありがとうございます」
「ほら、行くなら早く。時間無駄にしたくないんだろ……? 」
「はい…………っ! 」
まぁ、承諾をしてしまったものの、中々大変なものである。
いや、まぁ、お風呂場は狭くはないのだが、湯船にお湯を張っているわけではないから、何も無い湯船の中に入るわけにもいかず、二人してタイルの所に身体をおろしている。
「護君……。私が先に洗っても良いのですか? 」
「あ……当たり前だ………………」
「ありがとうございます」
……はぅ……。
雨によって少し冷えてしまった身体を、シャワーによって温める。
……護君がいます……。
自分のすぐ近くに護がいる。自分から願ったことだが、実際行動に移してみると、案外恥ずかしいことを葵は知った。
ここはお風呂場なのだ。護と一緒にお風呂に入った、という事実を心愛や薫達に告げるものなら、どんな報復をされるかが分からない。言わないほうが良い。この恥ずかしさは、自分と護だけで共有すべきものだ。
身体にシャワーを浴びているから、今は、自身の身体を隠しているものは何も無い。やろうと思えば、この姿のまま護の前に立つことだって可能だ。まぁ、恥ずかしすぎるから勇気がないのだけれど。
「はぅ…………」
「ど、どうかしたか…………? 」
「い、いえ……。何も無いです…………っ! 」
「そ、そうか」
ちょっと後ろを振り返って護を見てみると、護はキョロキョロとお風呂場の壁を見たりとしている。
……やっぱり、恥ずかしいです……。
……やべぇな……。
恥ずかしすぎる。後ろを見たら、そこには葵がいる。無防備な葵がいるわけだ。大変な事実である。
身体が暑くなっていく。色んな意味で。
そこに葵がいる。自分の側に葵がいてくれる。自分のことを好きだと言ってくれる葵がいる。
関係を変えようとするならば、強い意志が必要だ。
もし、自分のことを好きだと言ってくれる女の子が葵だけなら、俺は間違いなく葵と付き合っていただろう?
しかし、今の立場。そう簡単に決められない。青春部の皆にはそれそれ良い所がある。惹かれるポイントがある。どれもこれも、自分には持ったいないくらいの。
だから、迷う。何が一番良いのかが分からないから。
「ま、護君………………。は、はい。どうぞ」
「お、おぅ…………」
シャワーが流れる音が止まったから、葵はすることを終えたのだろう。後は、自分がちゃっちゃと身体を洗い流せば、この恥かしい空間から出ることが出来る。
横目で見ると、葵がおずおずとシャワーベッドをこちらに手渡そうとしているところだった。
「サンキュ」
バスタオルで葵は自身の身体を隠していたものの凝視するわけにもいかないので、なるべく葵の身体を見ないようにしながらシャワーベッドを受け取る。
……短いな……。
勿論、お風呂というものは基本的には一人で入るものであり、二人で入ることなんて稀である。だから、少し二人だと狭くなる。
俺は、シャワーベッドを自分が使いやすいように手元に引き寄せた。
「わ…………きゃっ…………!? 」
それがいけなかったのだろう。葵は自分が座っている場所を移動するために立ち上がったらしく、少し引っ張ってしまったシャワーベッドの線を葵は踏んづけて、ツルンと滑ってしまった。
「葵……………………っ! 」
まぁ、そんなに焦らなくてもよかったのかもしれないが、まぁ、下もお湯で滑るようになっているわけで、場合によったらどこか痛めたりしてしまうかもしれないわけで。
「ぐ…………っ! 」
そこそこの勢いで、葵が俺に抱きつくように飛んでくる。
むにゅ。
まぁ、お互い裸なわけで、今のような状態になってしまえば当たるのは当たり前だろう。その葵のそれなりにある柔らかなお胸が、俺に押し付けられている。
「葵………………? だ、大丈夫か…………? 」
理性を保とう。うん、吹っ切れそうになっているが、頑張って耐えよう。うん、絶対その方が良い。間違いを犯してはならない。
「ご…………ごめんなさい。護君」
ぎゅ、と葵は、俺をさらに強い力で抱きしめてくる。
……わ……私は何を……っ。
事故。これは事故だ。護に抱き付いてしまっている。それも、さっき身体を隠していたはずのバスタオルは滑ったタイミングで落としてしまったようで、完全に裸の状態で護に抱きついてしまっていることになる。
護の息が段々と荒くなっているのを感じる。
当たり前だろう。もし、自分が護の立場だったら、しっかりと理性を保つことが出来ただろうか。いや、出来なかった。
好きな人が目の前に、しかもこんな体制で。今でも、葵の心臓はバクバク言ってる。はちきれんばかりに。
この体制のままいたら、自分もどうにかなってしまいそうだ。しかし、護から離れたくはない。だって、護と抱き合えているのだ。いつか、護に抱き付いてみたいと思っていた。願ってもいない形で叶うとは思っていなかったが。
「あ、葵…………」
名前を呼ばれたから、葵はさらに力を込める。より、護を感じたいから。これほどのチャンス、これからは無いかもしれない。なら、このチャンスを活かすべきだ。護と付き合いたいと強く願うのであれば、のんびりはしてられない。他の人に取られないように、自分に引き込む必要がある。それも、告白以外の方法で。
「そろそろ………………、離してくれないか……。色々ヤバいし………………」
「嫌です」
口から出たのは、拒否の言葉だった。
「護君、少し………………お話しましょうか……」
「こ、ここでか…………!? 風呂から上がってからにしないか……」
「私は話が終わるまで、護君を離す気はありませんよ? 」
葵のその言葉に対して、護から答えは返ってこない。だから、葵は、それをこのまま話し続けてもいいものだと解釈する。
「私と護君が話すようになってから三ヶ月。私が告白してから二ヶ月が経ちました」
「そうだな。時が経つのは速いもんだ」
「えぇ。本当にそうです」
色々あった、中身のぎっしり詰まった二ヶ月。
「沢山楽しいことありましたよね。青春部に入ったり、皆でテスト勉強したり、水着買いに行ったり……。杏先輩がいますから、これからもずっと楽しいことが続くと思います」
「夏休みになったら、もっと振り回されるんだろうけどな……」
苦笑しながらも楽しそうに、護は言う。
「だけど、それが杏先輩ですから、私達はついていくだけです」
「そうだな……」
「です。少し話変わるんですけど…………、護君は私と心愛、そして薫以外、青春部の誰かから告白されたりしましたか? 」
「悠樹と杏と成美………………に告白されている。
……まだ三人ですか……。
ということは、護に告白をした女の子は六人。恐らく、いや、絶対に、これから増えるだろう。護といれば、長くいればいるほど、護のことを好きになってしまうから。
「その中から…………一人を選べないのは分かります。護君は優しいですから……」
「悪い………………」
「良いんです。どれだけ時間が経とうと、私の気持ちは変わりません。むしろ、どんどん好きになります」
「葵…………」
「だからですね、護君…………。焦らなくて良いんです。時間はまだありますから、ゆっくりと私達の中から一人を選んでください」
そう言い終わると、葵は。
「…………ちゅっ」
護の唇に、自分の唇を重ねた。一秒にも満たない、短い短い時間だけだが、それだけでも、葵は満足出来た。それだけで、護への想いを強く強く膨らませることが出来た。
「じゃ、私は先に上がっています。晩ご飯の準備してますから、なるべく早く上がってきてください」
「お、おぅ………………」
「それでは」
……ん……?
「どうかしたんですか…? ララ」
「いや、何もないよ」
ララとランは、久し振りに二人でお風呂に入っていた。何と無く一緒に入りたくなったら、というララの案である。
……どうしてるのかな……葵と護は……。
自分達は、もうその場からいないから、今二人が何をしているのかは分からない。もしかしたら、今のララ達のように、二人でお風呂に入っている、なんて可能性もある。
「護さんのことが気になるんですか? 」