お菓子作り
……おやつですか……。
ラン自身、甘いものが大好きだ。
しかし、ここ最近、そういった類のものを一切食べていない。ララが苦手であることを知っているからだ。
普通の食事であるなら、好きなものと嫌いなものとが似かよっているのだが、お菓子とかになると話は別になる。
いくら自分が好きだとしてもララが嫌いなら、ララの前では食べない。そういう風に、ランは自分の中で決めていたのだ。
「葵……? 」
「はい? どうかしたのですか? ラン」
「お菓子は、もうすでに準備してあるのですか? 」
「いえ、私が作ります」
「え? 葵が作ってくれるの? 」
「葵が作るのか……? 」
「はい。そうですよ」
葵の答えに、ララと護は驚きの声をあげている。自分も驚いた。
でも、そういうことなら。
「なら、皆で作りませんか? 」
……皆で作るですか……。
護、葵、ラン、ララの四人で、おやつを作りたいということだろう。
……まぁ……。
ここでランの意見に乗れば、皆で楽しく作ることが出来るだろう。昼ご飯を作っている時は護と一緒に台所に立てなかったが、今回は一緒に立てる。
「分かりました。護君もそれで良いですか? 」
「俺は別にオッケーだぞ。お菓子なんて作ったことないから、楽しそうだ」
「楽しいですよ。私が手取り足取り教えてあげます」
「おぅ、ありがとな」
「ランは料理出来るんですか? 」
「はい。ララは出来ないですけど…………」
「えへへ……」
ランの言葉に、ララは苦笑している。
「僕にも手伝えることあったら、言ってね」
「はい」
……えっと……。
葵は話しているラン達から目を逸らし、時計に目をやる。丁度、二時になったところだった。
四人で作るのだから、一人で作るより、大幅に時間が短縮されるかもしれない。
後片付けも含めて三時半頃に終われば、後の予定にも影響が出ないだろう。
「じゃ、そろそろ作りますか? 」
目線を時計から戻して、皆に問いかける。
「葵が言うなら、俺はそれで」
「うん、そうしよ。楽しみだし」
「はい。そうしまょうか。ララがこの状態で勉強に集中出来るとも思えませんし」
「ランも集中出来ないんじゃないの? さっきから、楽しみだ、って顔してるし」
「ララも一緒ですからね? 」
言葉尻からも、二人が本当に楽しみにしてくれていることが分かる。
「それじゃ、一階に行きますよ? 」
葵自身、自分のテンションがいつもより高くなっていることを実感していた。
台所に降りると、葵はララに声をかけた。
「ララ……? 」
「ん? どしたの…………? 」
「ララに合いそうなものを作ろうとは思うんですけど、少しくらいなら甘み残っても大丈夫ですか……? 」
完全に甘みを消すというのは無理かもしれないと思ったから、先にララに言っておく。
「少しくらいなら大丈夫。甘ったるいのが苦手なだけだからね」
「分かりました」
……なら、あれかな……。
だいたい、どういったものを作れば良いのかの見当はついている。そのララの好みに合うだろうお菓子と、自分達の好みに合うお菓子を作れば良い。
「じゃ、手分けしてやり始めましょうか」
……あ、良いこと思いついた……。
ララは、自分の思いついた案にニヤリとする。
皆でおやつを作ろうと決まった時、護は、それに対して反対の意を示そうとはしていなかった。
ということは、それなりに料理を出来るということになる。
「ね。護、護」
葵が護から目線を外したその隙に、ララは護の服を引っ張った。
「どうかしたか? 」
「護は料理出来るんだよね…………? 」
確認のため。確認のためだ。
「まぁ、それなりにはな……」
「そっかそっか」
予測通りである。
「葵、一つ提案があるんだけど、良いかな? 」
「どうかしたんですか? 」
今はまだ、勘付かれてはいけない。気づかれることがないように、事を進めないといけない。
「今から二種類のお菓子を作ることになるんだよね? 」
「えぇ、そうなります」
「なら、丁度四人いることなんだからさ、分担して作らない? 」
「分担……ですか…………? 」
「うん。葵に作ってもらったほうが、美味しいものが出来るってのは分かってるんだけどね? 僕もちょっとばかりお菓子作ってみたいって思いがあるわけ」
「この四人じゃ作れないのは、ララだけになるわけですからね」
「そうそう。で、二人二人。葵と誰か。僕と誰か。という風に分ければ大丈夫だと思うの」
「なるほど……。より時間短縮出来るかもですね」
……お、いけるかな……?
「分かりました。そうしましょうか」
「ありがと。葵」
「いえいえ。どうやって決めますか? ペアを」
「じゃんけんで良いんじゃない? 」
ララは、運に任せてみようと思った。ここで、護と一緒になれないなら意味がないが、この決め方でなれないというのなら、今は一旦諦めることが出来る。
「ですね。じゃ、勝った方が私ということにしましょうか。それで良いですか?ラン、護君」
「はい。大丈夫です」
「おぅ。分かった。なら、じゃんけんしようか。」
……負けてよ。護……。
ララと葵の間に、ランと護が対峙する。
「「せーのっ! じゃんけん、ぽんっ!! 」」
「私の勝ちですね。護さん」
「あぁ、そうみたいだな」
……やった……。
じゃんけんの結果。護が負けた。ということは、自分が護と一緒に料理をすることが出来る。
まず、クリアだ。これで、今までより護との距離を詰めることが出来る。より、護の良さを知ることが出来る。
「よろしくね。護」
「おぅ」
葵に準備してもらったものを手元に並べて、お菓子作りを開始する。ララと護が作るのは、ラスクだ。
やり方を聞いたが、そんなに難しいものではなかった。むしろ、簡単に出来るものだった。
葵の話を聞く限り本当に簡単そうなので、ララはちょっと拍子抜けしてしまった。
「どうする? 俺手伝うことあるか……? 」
「どうかな……。本当に簡単に出来てしまいそうだしね……。あ、そうだ。一緒にパン切ろう? 二人でするもんではないかもしれないけどね」
「うん。分かった」
葵とラン。護とララ。二つのペアが同じ場所で、別々のものを作り始める。
勿論、ララは護と肩を並べている。ひっつきそうなそんな距離にいる。
「どれくらい切るんだ? 」
自分と護が切っているパンは、ゴマパンだ。葵が用意してくれていたものだから、それを使っているのだ。
「一杯食べる? 護は」
「ララのためのラスクだろ? ララが決めるべきだ」
「そうだね。うん、どれくらいが良いかな…………」
どれくらい食べれるかは分からない。ただ、護にも沢山食べてもらいたい。
「十個くらいで……良いかな。まぁ、おやつだし、食べ過ぎるのもあれだしね」
「分かった。じゃ、五枚ずつ切るか」
「うんっ」
このゴマパンを切ってしまえば、もう自分の手を使ってやることが、もう終わったようなものだ。
この切ったゴマパンを天板に並べて、余熱無しの百四十度のオーブンで十五分ほど焼く。
そしてその焼き終わったものにサラダオイルと醤油を混ぜる。そして、グラニュー糖をまぶして、もう一回百四十度のオーブンでさらに十五分焼く。
出来上がったらすぐ取り出すわけでなく、そのまま余熱で完全に乾燥させたら出来上がりだ。
「葵、オーブン使うね」
「はい、分かりました」
葵に許可を取ってから、自分がパンを切っていた場所の下にあるオーブンに手をかける。
「百四十度だよな? 」
「うん」
ラスクが切ったパン達をオーブンに入れてから、護がオーブンの温度設定をしてくれる。
「しばらくは待つだけだね」
「そうだな、葵」
護は、急に葵に言葉をかけた。
「はい? どうしましたか……? 」
「こっちしばらく暇だからさ、手伝えることあるか? 」
「いえ、大丈夫です。こっちも簡単に出来るものですから」
「そっか。分かった」
「ありがとうございますね。護君」
「おぅ」
隣に護がいるのを確認しながら、オーブンの中に入れているパンが焼きあがるのを待つ。
出来るのことなら、護と一緒に晩ご飯とかを作ってみたいが、そんなことをしている時間が無い。
まだ、それほど自分の元に護を束縛したくない、という思いがある。葵や心愛や薫は、もうすでに自分の想いを護に伝えているから、気にせず護と一緒にいることが出来る。青春部のメンバーも、同じ部活に入っているから気を使わずにいられる。
明らかに、その人達と自分との差は歴然としている。護のことを好きだと意識してから経った時間も短い。
……どうすっかなぁ……。
何をしようかと考えながら、少しだけ護に近づいてみる。肩と肩がくっつきそうになるまで。
「これ焼いたらさ、次はどうするんだ? 」
「えっとね……。サラダオイルと醤油に絡めて、グラニュー糖をまぶして、もう一回同じ温度で焼けば完成だよ」
「料理って感じはあんまりしなおな」
「そうだね。護はさ」
まだ焼きあがるまでに時間がある。それなら、少し護と親睦を深めておこう、とララは考えるなら。
「ん………………? 」
「どれくらい料理出来るの? 」
「どれくらい…………か……。まぁ、作ってくれ、って言うのなら何でも作れるかな」
あまりにも難しいのは無理だけどな、と護は苦笑しながら付け足す。
「へぇ、そうだったんだ…………」
「料理教えようか…………? 」
「え………………? 」
それは、願ってもない話だった。むしろ、今、料理を教えて欲しいと言おうと思っていたから、少し先を越されて悔しいと思うくらいだ。
……僕のことを思ってくれてるのかな……。
「良いの……? 」
「おぅよ。人に何かを教えるってのは案外楽しいもんだからさ」
「じゃ、お願いしても良い? 」
「うん。お願いされた」
……よし……。
葵とランには聞かれているが、自分と護とだけの約束。初めての約束。
「約束だよ? 護」
「約束。じゃ、指切りするか? 」
「うん」
サッ、と出してきた護の小指に、自分の小指を絡める。
指切りをしたその瞬間、上から声が飛んできた。葵の声だ。
「ララ、護君」
「どうしたの? 」
「ん? 」
「一応、時間は十五分がいいみたいですけど、自分達で焼き加減を見ていてくださいね。自分の感性が必要だったりしますから」
「うん、分かった」
「おぅ。了解した」
護との約束を取り付けたから、今やっているお菓子作りのことが、段々と頭の隅に追いやられていく。何故か。今のことより後に訪れるものの方が楽しいと思えるからだ。
……楽しみにしてるよ。護……。