予定の崩れ #3
「じゃ、化学と国語だな」
護はそう言いながら、化学と国語の問題集を鞄の中から取り出した。
……ん……?
護の顔が少し赤い。ララは、それを見逃しはしなかった。
自分がさっきからくっついているから照れているのかと、ララは考える。
だとしても、ララにはそんな女の子っぽい要素は無いと、自分自身で思う。
身長も女の子にしては高いし、髪は短いし、胸も小さく、自分のことを僕という。
だから、ララは、フランスにいる頃から、女の子とはあまり遊ばず男の子と遊ぶことが多かった。
身体を動かしたりして、運動をするのが好きだったからだ。
……でも……。
日本にやってきて、この高校に転校してきて、そんな自分が変わってきた。少なくとも、ララの中では。
「護は、どっちも得意だよね? 」
「まぁ、そこまでではないけどな」
さっきとは違う意味で、護が照れている。
「それに、葵には叶わないからさ」
「葵は凄いもんねぇ」
「あぁ」
やはり、自分を変えてくれたのは護かもしれない。葵や心愛、薫もその片棒を担いているのだが、その三人も、護の隣にいる時に、一番楽しそうにしている。
そんな三人を見ていると、自分だってその輪の中に混ざりたいと、自然に思えるほどだ。
護のことが皆好き。だから、そこの輪に入りたいと思える。
今、こうして葵の家で勉強してことを考えれば、輪の中には入れているのかもしれない。
しかし、実際の意味では入れていないのだ。
……好きにはなれない……。
葵、心愛、薫の三人が護のことかを好き。このことには、転校してきてすぐに気付いた。だから、自分達、ララとランは護のことを好きにならない、と葵に伝えた。
……何であんなこと言っちゃったんだろ……。
そう言ってしまったことを、ララは後悔する。
友達として大好きだ。そう護に伝えることは出来る。逆に、異性として好きだとは言えない。付き合って欲しいとは言えない。
……僕……。
ちょっとだけ、護のことを好きになり始めているのかもしれない。
昔は、男の子と遊んでいても、こんな感情を抱くことは全くと言っていいほど無かった。無かったから、護にも昔遊んだ男の子達と同じように接してきた。
しかし、最近それが出来なくなってきている。
三人の想いを再確認して、葵と直接護の話しをした。それからだ。
……奪いたくなっちゃった……。
そういう言葉が、一番しっくりとくる。
葵達から護の良さを聞きながら、自分も、少なからず護の温かさ、優しさを感じてきた。
実際、何かを護にしてもらった覚えはない。
それでも。
……ヤバイかも……。
「葵、遅いね」
「葵、遅いですね」
またそても、ララとランの言葉が重なった。
「そう……、だな」
「ふぅ…………」
ララとランの分だけ、冷たいお茶をコップに注ぎ込む。
「はぁ………………」
再度、葵はため息をつく。
もう部屋の中に入れてしまった以上、二人が帰るまでの間は護と二人きりになることが不可能になる。
……何で……。
ちゃんと二人きりになれるようにしていた。だというのに、企んでいた計画は崩れ去ってしまった。明日の夜も二人きりになれないから、これで大幅な時間、護と二人でいられなくなったということだ。
こんなことになるとは、当初は全く思っていなかった。
「……よし」
ここでララとランが来たのが、どういうことを示すのかを考える。これから先、どうすれば良いかを考える。
ララとランがいるが、二人は護のことを好きではない。二人から、以前、直接言われたのだ。葵達の気持ちを知っているから護のことを好きにならないと。
だからこそ、家に入れてしまったのかもしれない。別に、何も起きないから。護のことを好きになる可能性はないから。
だけど、好きにならないと思っていたとしても、好きになってしまうかもしれない。その可能性だけは、捨てきれない。
……観察です……。
こんなところで、ライバルを増やすわけにはいかないから。
「ララ、ララ」
まだ葵が部屋に戻ってくる気配が無かったので、ランは、護にくっついているララの太ももをツンツンとつついた。
「何…………? 」
こっちの方を見て言葉を返してはくれるが、護から離れようとはしない。
……護さんに聞かれるわけには……。
だから、ララを護から離そうとする。
「ひゃあぅ……っ!! 」
ランは、そのままララをつついた指を、すぅ、とその太ももを這わせた。
ランの予想通り、ララは護から飛ぶように離れた。
「お、おい……。ラン…………」
「すいません。ちょっと、ララを借りますね」
「お、おぅ……」
ララのキャミソールを引っ張って、護に聞こえないくらいの距離まで移動させて、ララの耳に言葉を囁く。
「どういうつもりですか……? ララ」
「何のこと………………? 」
「とぼけるつもりですか……? 」
「だから何なの? 僕……、何かしたかな………………? 」
「本当に分かってないのですか……? 」
「う、うん………………」
どうやら、ララは本当に分かっていないらしい。
「護さんのことです」
「ま、護のこと……? 」
「そうです」
さらに声を小さくして、ランは言葉を続けた。
「護さんのことは好きにならない、と決めたはずですよ? 」
「だけどさぁ………………」
「はい? 」
「実質、無理じゃない? 好きにならない、なんてさ」
ララの気持ちは分からなくはない。しかし、一回決めてしまった事項を、後から帰るわけにはいかない。
「葵にはどう説明するんですか? 」