薫の決断
放課後。
話があったため、俺の方から葵と心愛に言おうかと思っていたが、二人の方から話しかけてきてくれた。
「護。アンタは今日どうするの? 」
どう、とは青春部のことだろう。
「青春部か? 今日は休もうかと思ってたんだが」
「それなら、ちょうど良かったです」
「あたし達もさ、今日は見にいかないって話になっててさ」
「なるほどね」
二人はそれで言いたかったことは言ったようで、二人で一緒に校門に向かって行った。テストも近いから、勉強でもするのだろうか。
(俺も帰るか)
机の上に置いていた鞄をとり、扉に手をかけた時、呼び止められた。
「ま、護っ!」
振り返ると、そこには薫がいた。
「どうした?」
「あのさ、話があるんだけど………………、良い?」
「良いけど、何の話だ?」
「今じゃないの。部活が終わってから……」
薫が控えめに聞いてくる。
時計に目をやる。まぁ、まだ時間があるけど別に良いか。
「いいよ。じゃ、下駄箱の所で待ってたら良いか?」
「うんっ! ありがと」
「部活頑張ってこいよ!」
「はーい。頑張ってくる」
〇
青春部、部室前に来ていた。今日は行かないと言っていたが、時間を潰すためにはここに来るしかない。一人で。別に、心愛達に何か言われることはないと思う。
あながち、俺自身、この部活に入ることを望んでるんではないか、とも思わなくもない。
扉に手をかけると引く前に先に扉が開き、顔面を打った。
どんっ!
俺は、その痛さに悶絶する。
「いってぇ!!」
「大丈夫か!? 宮永君!」
目を開けると、そこには麻枝先輩がいた。
「だ、大丈夫です……………………」
「良かった」
先輩は胸を撫で下ろす。よく見ると沢山の資料を手に抱えていた。
「先輩。今から生徒会ですか?」
「まぁ、そうだな」
先輩は少し考えるような動作をし。
「その様子を見ると、あの二人はいないようだが、どうしたんだ?」
「友達が話があるとかで部活終わるまで待って欲しいと言うので、ここに来てみたんです。迷惑だったりします? 」
「いや、そう言うことではないぞ。だがな。今日は、私は仕事があるし、杏も、悠樹もいないんだ。後で、前に言っていた紹介していない二人が来るとは思うが…………、それまで一人になるぞ?」
「まぁ、それくらいなら大丈夫です」
問題ない。逆に良かったのかもしれない。これで、青春部の全員と顔を合わすことが出来るのだから。
「そうか。なら私はもう行くな?」
「はい。分かりました。生徒会、頑張ってください」
「うん。ありがとう」
こうして俺はしばらくの間、誰もいない部屋で過ごすことになった。
〇
あの後、寝てしまっていたのだろう。机に突っ伏したまま。時計を見てみると、一時間が経過していた。
「おっと……」
肩にかかっていた毛布を落とさないように注意しながら、体を起こす。
ん? あれ? 俺、毛布なんか出してたっけ? てか、なんで毛布なんてものが?
「おはよう、で良いのかな?」
その声につられ顔をあげると、そこには二人の先輩がいた。黄色のリボンだから二年生か。てか二人ともそっくりだ。おそらく双子だろう。
「あ、この毛布。かけてくれたの先輩方ですか?」
「うん。そうだよ。気持ち良さそうに寝ていたからね」
「ありがとうごさいます。えっと……」
俺はまだ、先輩達の名前を知らないことに気が付いた。
「あっ、名前がまだだったね。あたしは北山成美。で私の隣にいるのが、妹の渚」
「先輩は双子なんですよね? 」
「うん。昔は、よく間違えられたもんだよ。髪の長さとかも一緒だったしね。今は、あたしの方が長いし、渚は短いからすぐ分かるんだけどね。君は?」
「宮永護って言います」
「どうして、宮永君はここに来たんですか?」
と北山先輩が話しかけてくる。えっと、髪が短いから渚先輩のほうっと。
「一度、この部活に誘われていたんです」
「それは、葵と心愛にだよね?」
成美先輩が聞いてくる。
「あ、はい。そうです」
どうして名前を知ってるのだろうかとは思ったが、あの二人は俺を誘う前に一度来ていたと言っていたから、その時に会っていたのだろう。
「それで、今日は二人が行かないと言うので、帰ろうと思っていたんですけど」
成美先輩は、うんうん、と相槌をうってくれる。
「その時に、薫に呼び止められたんです」
「その薫ってのは?」
何の迷いもなく薫という名前を出してしまったが、二人は知らない。薫はここに来たことがないのだから。
「あ、薫は、俺の幼馴染で葵と心愛の友達です」
「なるほどね」
「で、その薫に話があるから部活が終わるまで待って欲しいと頼まれまして。それでここに来たわけです」
「ふーん」
成美先輩は顔に笑みを浮かべて。
「で、護はその三人のうち、誰が好きなの?」
身を机に乗り上げ、成美先輩は聞いてくる。その時、先輩の髪からのシャンプーの香りを、俺の鼻腔が捉えた。
(あっ、良い匂い……)
「で、誰が好きなの?」
この声で現実に戻される。
成美先輩の隣で渚先輩はおろおろしている。
「お姉ちゃん! あまりそう言うことを聞くのは……」
「だって、渚。あんたも気になるでしょ? 」
「そうだけど……」
そんな俺を助けるかのように、部活動の終了を告げるチャイムが鳴った。てか、どうしてそうなったのか。カマをかけているのか、俺には分からない。
「チャイム鳴りましたよ」
「仕方ないね。今度来た時にはちゃんと教えなさいよ? 」
「まぁ…………」
こう言ってくれないと、成美先輩は引いてくれないだろう。
まぁ、薫を待たせると悪いので、俺も先輩達に続いて部屋を出たのだった。
〇
北山先輩達に別れを告げ、俺は早々と下駄箱へと向かった。すると、もう既に、薫はそこにいた。
薫は俺の姿を見ると。
「護!」
「悪い。待たせたか?」
「全然待ってないよ。あたしも今来たところだから」
「そうか。なら良かった」
学校を出てすぐ、薫が口を開いた。
「あのさ……、ハンドボールの練習さ、久し振りにしない? たまには護ともしたくなって……」
「話ってこの事か? それくらいなら別に良いけどさ」
「本当? ならあの公園でいいよね 」
「そうだな。あそこくらいしか練習は出来ないだろうしな」
あの公園というのは、俺達二人の家から歩いて数分の距離にある公園であった。ここ一帯の場所では一番広く、子供連れのお母さんや小学生などをよく見かける。
「なんか久し振りだね」
「そうか? まぁでも、高校に入ってからは来てなかったからな」
一ヶ月と少しぶりの公園は、四月の頃には咲き乱れていた桜も散り、少しばかり寂しい感じもした。
「どうする? オフェンスとディフェンス。薫はどっちにする?」
返事が返ってこない。
ふと、薫の方を見ると、ぼーっと空を仰いでいた。
薫の肩を叩き、もう一度呼ぶ。
「薫? どうした……?」
「へ……? あ……、ごめん! 聞いてなかった…………。で、何だっけ?」
「オフェンスとディフェンス、どっちにするって話」
「んーとね。オフェンスにしようかな。思ったけど、2人で練習するものでは無かったね」
そう言われるとそういう気もする。
「まぁ、でも今更だな。仕方ない。ドリブルで抜けるかどうかで勝負ってところかな」
「そうだね」
「じゃ、始めようか」
「うんっ」
ある程度の距離を開け、始める。
「じゃ、行くよ」
それを合図に、薫はこちらに向かってくる。俺もそれに合わせる。
右、左、と順番に足が出される。
順番として次は右。俺はそれに合わせ、右に体を傾ける。ここまでは薫も承知の上だろう。そのまま右足を左足に寄せ、もう一度左足を出す。まぁ、それも俺は分かっている。ここで抜かれれば俺の負け、止めれば俺の勝ちだ。
俺は左に出る。薫の前に立つ。
薫に目をやると、焦点があっていなかった。身体の感覚だけでドリブルをしているような感じだ。そして、薫は自分の正面に俺が居る事に気付いていないらしく。
「おい! 薫!」
そう呼びかけるものの、薫がこっちに気づいた時にはもう遅かった。
どんっ。
俺達はぶつかる。薫はその衝撃に耐えられず、後ろへ倒れる。俺は避けることが出来なかった。
「いっ!」
「薫! 大丈夫か!」
「えへへ。ごめんね……。集中して無かった……」
「いいよ。気にするな」
俺は薫に手を差しのべる。
「立てるか?」
「うん。ありがとう」
薫は俺の手を取り立ち上がろうとするが。
「痛っ!! 」
薫は足をおさえ、その場にうずくまる。
「どうした!?」
「ごめん。足、挫いたみたい……」
「足を見せてみろ」
「ん」
薫はその場に座り込み、足首を見せてくれる。少し、腫れていた。
「腫れてるな……。薫、歩けるか?」
薫はもう一度、立ち上がろうとするものの
「………………っ! 無理みたい……」
「仕方ない。ほれ、薫。おんぶしてやるから」
俺は背を向ける。
「え? 良いの? 悪いよ」
「気にするなよ。それに、お互いもうそういった事を気にするタチでもないだろう?」
「そうだね……。じゃ…………、お願いしようかな」
薫が背に乗る。
俺は薫を背負い、家へと向かったのだった。
〇
薫の体温を背に感じ歩く道のりは、すぐ近くにある家までのはずなのに、とてつもなく長く、長く、感じた。
「ねぇ? 護……?」
薫は、消え入りそうな声で聞いてくる。薫の事を気にかけていなかったら、聞き逃していたかもしれない。
「どうした?」
「あたしさ……、ハンドボール部、辞めることにしたよ」
「そうか」
俺は優しく、そう答える。
すると、薫は、俺がそう答えたのが不思議だったようで。
「止めないの?」
「あぁ。止めても無駄というか、もう退部届けも出してきたんだろ? 」
「やっぱり護には分かっちゃうのかぁ」
「当たり前だ。何年、一緒にいると思ってんだ。それに、さっきもぼーっとしていたしな」
「そうだよね。生まれた時からいつも一緒にだったもんね」
そうこうしているうちに、薫の家が見えてくる。
「護。もうここでいいよ」
「無理するなよ。部屋まで送ってくよ。しかも、お前の部屋は二階だろ」
「ありがと」
俺はそれを合図ととり、薫の家へと入る。
「護ってさ、優しいよね」
「どうした? 急に」
「昔からね、ずっと思ってたんだ……」
「そうか? まぁ、自覚は無いが、よくそう言うことは言われてはきたな」
中学の時の友達にもよく言われていたことを思い出した。
「そうだよ。あたしらはさ……、護のそういうところを好きになったんだと思う」
そう言いながら薫は、俺の背にすべてを預けるかのようにしてくる。俺はなんて答えるべきか、分からなかった。
薫の部屋の前についたおかげて、少しの考える時間を得た。
薫をベットにおろし、俺もその横に座る。
俺が口を開こうとするより前に、薫が開いた。
「一つ、聞いていいかな?」
「あぁ」
「護はさ、あたしと、心愛、葵の中でさ、ぶっちゃけた話、誰が好き?」
「分からない…………」
俺の口はそう答えていた。無意識のうちに。
「さすがに…………、まだ選べない?」
「悪い……」
こういうところが、俺のダメな部分だと思う。
「まぁ、仕方ないよね……。心愛も葵も可愛いから」
「本当に悪い。近い内に……、答えは出すから」
「急がなくても良いよ。あたし達は待つから」