予定の崩れ #1
「心配…………? 何が心配なのさ? 」
何に対して心配することがあるのか。それが、心愛には分からなかった。それにプラスして、薫が、一体どうしてそんなに弱気になっているのか。それが、どうしても分からない。
「分からない…………」
「分からない……? 自分でも…………? 」
「うん…………」
大方、薫がそう思うのも分からなくはない。だけど、何故、幼馴染という点で皆より護と長くいる薫が、そこまで弱気になる必要があるのか。
自分達よりも、はるかに護との接点は多いのだ。
そう考えれば、こちら側の方が大変。その一線を越えなければ、護を勝ち取ることが出来ないからだ。
護に対して、幼馴染以上に仲良く、互いのことを分かることが出来れば、薫より上にいくことが出来る。
そこが大変なのだ。
「薫が心配する必要があるの? 」
「え…………? 」
「多くは言わないよ? 薫は、皆より護との付き合いが長いんだよ? 」
「そうだけど」
「言うなれば、あたし達の方が不安だよ? 本当に護に選んでもらえるのかなって……………………」
「そうだよね……。ごめん」
「謝らなくて良いよ。だからこそ、あたしらは頑張ってるんだから」
「ま、護君…………」
少し、本の少しだけ勇気を出して、護を呼んでみる。
「な、何…………? 」
その勇気に気づいたのか、護はいつもより緊迫した表情で言葉を返してくれる。
「したいことが………………」
葵の口から発せられた言葉を途切れさせるように、一つの音が鳴った。携帯の着信音だ。それも、葵のだ。
「す、すいません……」
「お、おぅ……。気にするな」
……こんな時に……。
少しばかりゲンナリしながら、葵は、ノートの横に置いていた携帯を開いて耳に当てる。
「もしもし…………? 」
「あ、葵ですか? 私、ランです」
誰から電話が来たのかを確認せずに電話を取ったので、ランから電話がかかってきたということに驚く。
「ラン………………? どうしたんですか? 」
「突然ごめんなさい。今、葵の家の前にいるんですけど、ララ来てますか? 」
……私の家の前に……? どうして……?
「来てないですけど…………」
「そうですか。急に電話してごめんさないです」
「気にしないで。あ、どうして私の家の前に……? 」
「ララのことだから、勉強教えてもらおうとして葵の家に来てると思ったんです」
「勉強。テスト前ですからね」
「はい」
「家の中に…………、入る? 暑いし 」
「大丈夫。葵も勉強でしょう? 邪魔はしない」
……邪魔はしない……?
少しばかり、ランの言葉にひっかかる。まぁ、別に気にしないことにする。
「私の家の前まで来てるんですよね? 」
「あ、うん」
「なら、入って。ここまで来てるわけですから」
「良いんですか? 葵」
「はい」
ここでランが帰ったとしても、後に、ララが来ることになるだろう。そうであるならば、ここでランを家に呼んだとしても影響はない。ただ、護と二人きりでいられなくなるという弊害はあるものの。
ララとランなら、夜になったら帰ってくれるだろう。それなら、その後に二人きりになれる。その時間まで待てば良いのだ。
……はぁ……。
きっちりと、ずっと二人きりになれるように立てていた計画。こんなにも、容易く計画が崩れてしまうとは思っていなかった。
……仕方ないことです……。
こうなってしまった以上、護と二人でいたいものだが、諦めるしかない。
「じゃ、お願いします」
「すぐ行きますから、待っていてください」
「はい。分かりました」
電話を終える。
「誰からだったんだ…………? 」
「…………ランからです」
「ラン……? 」
少し驚いた表情を浮かべている護。当たり前だ。未だに、自分も驚いている。
「はい。家の前にいるらしいんで、ちょっと、行ってきます」
「お、おぅ」
葵の驚きは、ランが家の前にいるということではない。いや、それもあるのだが、理由はそれ一つだけではない。
護と一緒にいる時間が減るというのに、そこまでそれを残念だとは思っていない。
護への想いは強いままだ。だからこそだろうか。後で取り返せば良いのだ、とちょっとだけ思える。
……夜頑張ります……。
ランは、門の前に立って、葵が来るのを待つ。
葵は、自分を家に誘ってくれた。せっかくここまで来たのに帰るのはあれだ、と。
……うーん……?
でも、そう返事をした時、葵はいっしゅん何か戸惑っていたような気がした。
もしかしたら、何かマズイことをしてしまつまたのかもしれない。まぁ、それも自分の取り越し苦労なのかもしれない。
「ランーーーーっ!! 」
待っていると、少し遠くから自分を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえた。その声のする方に振り返ると、そこにはララがいた。
「ララ…………? 」
「どうしたの? ラン? こんなところで」
「それは私のセリフ。」
「え……? 」
「やっぱり迷ってたんですか? 」
「ま、まぁね………………」
えへへ、と笑いながら、ララは言う。
「やっぱり……」
「ここ、葵の家だよね? 」
「はい。家の中にいれてもらえるとのことです」
「ランが頼んでくれたの? 」
「いえ、葵から。私は帰るって言ったんだけど…………」
「そうなの? まぁ、ありがと。暑くて暑くて……」
パタパタと、ララは、胸元を開けて、そこに風を入れる。
「ララ。はしたないですよ」
「誰もいないんだからさ、良いじゃんよー」
「お待たせしました……。あ、あれ……? 」
葵は、急いでランを迎えに行った。急ぐ必要は無かったのかもしれないが、すぐに行くと言ってしまった手前、そうしないとならない。
「おっはよー。葵」
ララの元気な声が、葵の耳に届く。
……もう着いたのですか……。
ララが来ることは理解していたのだが、こんなにも早くくるとは思っていなかった。
電話を切ってからここに来るまで、数十秒ほど。ランと電話している時は、まだララは来ていなかったようだったから、この間に来たとあうことになる。タイミングが良いのだろうか。何かを示し合わせたようなタイミングである。
「はい、おはようございます」
いつも通りの自分、平生の自分で、ララに対応する。
「さ、入ってください。暑かったですから」
「お茶入れますから、先に部屋で待っていてください」
自分の部屋の前まで案内してくれた葵は、そう声を作った。
「うん、ありがと」
「別に……。気にさないでください」
ララとランは、正反対の言葉を返す。
「ふふ……」
葵が笑った。ララの目にはそう見えた。
しかし。
……ん……?
その笑顔に、ララは何か違和感を感じた。今のララに、それが何かを知ることは出来なかった。
「ララとランは、本当に正反対ですね」
「うん、よく言われる」
「じゃ、持ってきますね」
再度そう言って、葵は、自分達の元から離れた。
「ねぇ、ラン」
先に部屋の中に入ろうとするランを止めるように、ララは、ランに向かって声を飛ばした。
「はい? 」
「葵、何かあったのかな…………? 」
「…………? どうしてそう思うんです? 」
「いやぁ……、理由は無いんだけどさ……」
「私はそうは見えなかったよ? 」
「そうかなぁ……………………」
「そんなことより、ララは勉強を気にしなさい」
「う………………」
「私と葵がいるからには、きっちりしてもらいますからね? 」
「は、はぁい…………」
ランから、言葉とともに勉強しないと分かってます? 、という威圧感を感じられた。
「お………………? 」
「あ……………………」
「わ………………」
葵がランを連れて戻ってきたものだと思ったが、ララも一緒にいた。驚いた。葵はララが来るなんとことは言っていなかった。
三人とも、素っ頓狂な声をあげてしまう。
「護じゃん。どうしたのさ」
「護さん……? どうしてここに…………? 」
二人から、同じ意味を成す言葉が飛んでくる。
「べ、勉強だよ。勉強……。二人は何を…………、って、ここに来たわけだから、勉強だわな」
「うん」
「はい、そうです」




