二人きりでの勉強会 #3
「あ、護君」
そろそろお昼頃。お腹が空いたなぁと思いながら勉強していると、葵が呼び掛けてくる。
「ん? どうした? 」
シャーペンから手を離し、葵の言葉に応じる。
「お昼ご飯……。何か食べたいものありますか? 」
「そっか、葵のお母さん今はいないんだっけ? 」
「はい。だから、そろそろ作ろうかと思うんですけど…………」
時計を見上げながら、葵は言う。十二時前。そりゃ、お腹も減ってくるわな。
「そうだな」
「で、護君は、辛い物食べれますか? 」
「うん、大丈夫」
「そうですか。良かったです」
一体、何を昼ご飯に作ろうとしているのだろうか。
と、口には出していなかったが、察してくれたようで。
「辛いってほどじゃないかもしれないですけど、ピリ辛中華風そうめんを作ろうかと思います」
「そうめんか…………」
「定番ですけどね」
ちょっと笑いながら、葵は言葉を作る。
「定番だけど、夏って言ったらやっぱりそうめんとかだしな。俺は良いと思うぞ」
「ありがとうございます」
「もう、作り始めるか? そうめんだしすぐ作れるだろうけど」
「今から作りましょうか。お腹減っちゃったら勉強にも集中出来ませんし」
「そうだな」
勉強を、一旦横に置き、俺と葵は一回の台所まで降りた。
隣の和室と部屋の作り的に繋がっていて、その和室の向こうにある縁側から、良い感じの涼しい風が吹いてきている。
クーラーとかも涼しいが、こういう天然の風も良いものだ。風鈴の音も鳴っていて、その心地よさが、より涼しさを増すものになっている。
「護君」
「何だ? 」
「護君は、どれくらい食べます? 」
「どうだろうな。結構食べようと思えば食べれるけど」
「この前の時はかなり食べてくれましたもんね」
「まぁ、あの時はな…………」
そりゃ、あの時は無理にでも食べていたような気がする。だって、男だし? こういう時は、そういうところを見せないといけないだろうと、思っていた。少しばかり、気を張っていたのかもしれない。
今はそんなことはない。もう気のしれた仲間だし、そんなことを気にする関係ではない。
「じゃ、普通くらいで良いですか? 」
「おぅ、良いぞ」
「じゃ、私作りますんで、護君はゆっくりしていてください」
「いやいや。俺も手伝うよ? 」
「でも………、すぐ出来てしまいますし……」
「そっか…………」
言ってしまえば、茹でてしまえば終わるわけだ。少し工夫を加えるわけではあるが、手伝う必要は無いのかもしれない。手伝うほうが、無駄に時間を使ってしまうのかもしれない。
「うん、分かった。仕方ないもんな」
「すいません」
「気にするな。じゃ、待ってる」
「多分、十分もあれば出来ると思います」
和室の方に向う護を見ながら、片手でエプロンを取りながら言う。
「お、おぅ。分かった」
……ごめんなさい。護君……。
本当なら、護と一緒にご飯を作りたい。その方が、ぜったい楽しく作れるに決まってるからだ。
でも、今から作ろうとしているものは、すぐに出来てしまうもの。護の手を煩わせて作るものではない。
それに、今、ここで護と一緒に作れば、夜ご飯を作る時の楽しみが一つ減ってしまう。楽しみは、後に置いておくべきだろう。
「………………よし」
冷蔵庫の側に置いてあったそうめんが入っている袋を手に取り、その封を開ける。
一人一玉を普通と考えて、護の分は一玉多くする。
少し大きめの鍋を取り出して、水をいれ、火をかける。これが沸騰してから、自分の分一玉、護の分二玉を入れれば良い。
「えっと………………」
今、作ろうとしているのは、ピリ辛中華風そうめんだ。ただのそうめんではない。その分、少しだけ普通にそうめんを作る時より時間がかかる。
沸騰するまでの間に、少しばかり下拵えが必要。
普通サイズのボールを取り出してきて、そこに、油大さじ二杯、醤油大さじ二杯、砂糖小さじ一杯、酒小さじ一杯、豆板醤小さじ一杯、お酢小さじ一杯、を入れて、かき混ぜる。
茹で上がったそうめんに、これを絡めれば完成である。
「ふぅ…………」
畳の上に、ゆっくりと腰を下ろす。
本来なら、俺が誘ってもらった側だから、葵には休んでもらっていて、俺が作るという手もあった。
……まぁ、でも……。
葵のエプロン姿を見ることが出来たから良しとしよう。
考えると、今の葵と俺の構図は、どこぞの新婚さんみたいな感じになっている。葵がご飯を作ってくれていて、それを俺がこうして、その作っている後姿を見ながら待っている。
……誰かを選ぶか……。
それは、告白をされた時から思っていたことだが、真剣に考えれば考えるほど、俺に告白してくれた女の子の中から一人を選ぶというのは、中々難しいものである。一人しか選べないわけだから、苦渋の選択だとも言えよう。
時間が経てば経つほど、決めるのは段々難しくなってきている。だって、皆には、それぞれの良さがあって、皆好きだ。
全員と付き合うなんてことは絶対に出来ないわけだ。俺が皆のうちの一人と付き合えば、傷つく人が出る。苦しませてしまうことになるかもしれない。
それが、嫌なのだ。たとえ、避けられない道だとしても。