水着選び 第二弾っ! #2
「そういうもんなんですか……? 」
「そういうものなの」
うんうんと頷きながら、真弓は、俺の左横に腰をおろす。
すぐに水着を選びに行くのだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。何か、話すことでもあるのだろうか。水着を買ってから話し込む方が、ネタが増えると思うんだが……。
「で、護は何に悩んでるのかな? 」
「え…………? 」
「とぼけても無駄だよ? あの二人がここに来る前から、護を見てたの。何か、考えてる風だったよね? 」
あぁ……、見られてたわけね。ずっと、天を仰いでいただけなんだけど、まぁ、そんな姿を見たら、誰でも今の真弓みたいに思うだろう。
「まぁ、そうですけど…………」
毎回、女の子には何か見透かされているような気がする。隠し事をするのは難しそうだ。隠し事をする気はあまり無いんだけど。
「杏と何かあったの……? 」
「まぁ…………」
告白された、というのは、その「何か」に当てはまるものだろう。
「察しはつくけど…………、護も大変だね」
「はは…………」
口からは、渇いた笑しか出てこない。
「早く決めないとって思ってる? 」
「えぇ、それは思ってます……」
「だよね。でもさ、そんなに焦らなくても良いんじゃないのかな? 」
「分かってはいるんです。でも…………」
「護」
俺の言葉を遮るように、真弓は、俺の手をそっと握ってくれる。温かい手だ。少し、気分を落ち着かせてくれる。
「ゆっくり決めれば良いよ。恋愛は重要だからね。焦ると良いことは無いよ。ゆっくりとゆっくりと、ね? 」
真弓は、俺に焦るな、ということを教えてくれる。繰り返し繰り返し。
「ありがとうございます」
「気にしない気にしない。じゃ、気持ち切り替えて行こう? 」
「そうですね」
真弓は俺の手を握ったまま立ち上がったので、俺も釣られて立ち上がった。
羚としーちゃんが進んで行った方向とは逆の方向に、俺と真弓は歩を進めた。後を追いかけて四人で見る、という選択肢もあったが、邪魔するのは悪いし、そもそも、この俺と皆に与えられた最長一時間の時間は、杏先輩が二人きりになるためにくれた時間でもある。
「真弓は、部活入ってるんですか? 」
そう俺が言うと、猫耳のようになっている髪飾りがピクっと反応した。
「部活? どんな部活に入ってるように見える? 」
質問返しをくらった。
「えっと………………」
うーん……。思い付かない。そもそも、この御崎高校に、どれだけの部活があるのかを知らない。マイナーな部活とかありそうだし、もし、そんな部活に真弓が入ってるのだとしたら、答えを導き出すことはぜったいに無理だろう。
真弓は、それなりに身長も高いし、動きも俊敏そうだし、スポーツは得意というイメージかある。
「剣道とか、弓道とかですか…………? 」
「あ、剣道は中学までやってたよ。野球もね」
「へぇ……、そうなんですか」
「今はやってないんだけどね……」
……剣道か……。
中学三年から、真弓は剣道から離れて生活をしてきた。それと同じくして、野球からも離れた。
昔から運動が好きだった真弓は、色んなスポーツに手を出して来た。その中ではまったのが、剣道と野球だった。
野球は小学一年から。剣道は小学五年から。そういう具合に、並行して中学三年まで続けて来た。
どちらにしても男子と混ざりながらやっていたため、怪我も絶えなかった。が、それでも、真弓はその二つを止めることは絶対に無かった。楽しかったからだ。
しかし、中学三年の夏。真弓自身も、周りの皆も予期していなかったことが起こった。
剣道で大将を務め、野球でもピッチャーでエースだった真弓。
剣道も野球も、肩をよく使う競技でもある。
剣道の練習を終え、休憩を挟まず続けて野球の練習に参加した真弓は、その時、左肩を故障した。
左肩関節唇損傷。それが、真弓に降りかかったものだった。
全治一年。もうその時期から三年の月日が流れているため、故障は治っている。
しかし、もう一度やろうという気持ちが、湧かなかった。
左肩が上がりにくくなっているというのもある。それに、一年のブランクというのは、真弓のやる気を削ぎ落とすのに十分な時間だったのだ。
「御崎高校には、剣道部は無いし、野球は男の子がやるものだからね」
真実を、護に告げるわけにはいかない。そうしたら、護は心配してくれる。その優しさに触れてみるのも良い。だけど…………。
「無かったんですか。あると思ってました」
「ま、弓道はあるんだけどね。あ、因みに、部活は入ってないよ? 」
「………………」
護は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしている。
「青春部になら、入っても良いと思ってるんだけどね。楽しそうだし」
「な、なら、杏先輩に、言ってみたらどうですか? 快く承認してくれると思うんですけど…………」
「そうだね……。ま、考えてみるよ。そんなことより、早く水着」
「あ、そうでしたね」
本来の目的を忘れるところだった。
水着を買ったとしても、それを着る機会は無いのかもしれない。
誘いが来ないというわけではない。杏や佳奈達が誘いに来てくれる。
肩を故障してから、一回も泳いでいない。だから、泳げるかどうか。それだけが不安だった。
真弓と護に残された時間は、後四十分ほど。
時間もそんなに残っていないので、俺は、早目に水着を選ぶことにした。
どんな感じの水着が似合うのか。それは分からないが、ワンピース型みたいなのが似合うと、俺は思う。そう思っていたからこそ、悠樹の水着を、ワンピース型にしなかったのだ。
真弓は、心愛と悠樹と同じように、慎ましやかなお胸を持っている。そんな点からも、目立たなくなるような水着の方が良いと思う。まぁ、思うだけで、口には出さない。出したら、怒られそうだし……。
「うふふふ」
隣では、真弓が楽しそうにしながら、色んな水着を眺めている。さて、もっと喜んでもらえるように頑張らないといけない。
どんな色にするか、ということも考えないと駄目だ。
うーん。何色が似合うだろうか。
思ったが、青春部の皆や真弓について、知らないことが結構ある。
青春部に入ったのは一ヶ月ほど前だし、真弓に関しては、数日前初めて会った。
そんなような関係でありながら、ここまで仲良く出来るのは、とても嬉しいことである。
葵や心愛と出会っていなければ、はたまた青春部が無ければ、ここまでの交友関係を作り上げることは出来なかったと思う。
……早くしないと……。
思い出に浸っているのも良いが、今は、そんなことをしている場合ではない。こうしている間にも、時間はどんどんと無くなっていくのだ。
真弓から視線を外し、俺も周りに目を輝かせてみる。
「お………………」
良いの見つけた。
「ありがとね、護」
「いえいえ」
護に選んでもらった水着が入っている紙袋を見下ろしながら、真弓は言う。
護が選んでくれたのは、青色のセパレートの水着だった。しかし、ワンピースがついていて、自由に着たり脱いだりが出来るようになっているもの。
真弓自身、佳奈や杏と出会った頃から、その胸の大きさを羨ましいと思ってきた。自分が小さいというのも、重々承知の上である。
それでも、ビキニやそういった類の、露出度が少し高いものを着てみたいという思いがあったりなかったり。
でもそれには、恥ずかしさを伴う。
だから、ビキニにもワンピースにもなる水着を選んでもらえて、真弓は良かったと思っている。
口に出さなくても、護は自分の思いに応えてくれた。
さっきもそうだ。
部活の話。野球と剣道をもうしていないと言った時も、理由を聞こうとはしてこなかった。誰だって、部活をやめるのには何かしらの理由があるだろうし、その人のことを知りたいと思うのなら、理由を聞きたいと思うのが、普通だ。そういった質問を、真弓は、これまでに幾度となく受けてきた。
だから、質問をしてこなかった護に、真弓は感謝している。
「……………………ありがと」
「え、何か言いました? 」
「ううん。何も。じゃ、また後で」
「はい」
真弓は、護の元から離れ皆のところに戻る。
時間は後十分ほど残っているし、ここで別れる必要は無いのかもしれない。だけど、護は病み上がり。もう無理をさせてしまってるかもしれないけど、無理はさせられない。尚更に。
「佳奈ー。ただいま」
真弓が、護と共に四階に行ってから一時間くらい経っただろうか。
エレベーター近くにあるベンチに座らず、周りをブラブラしていた佳奈に、真弓から声がかかった。
今か今かと待っていた人がようやく帰ってきたので、佳奈は、はっと顔をあげた。
「おかえり」
やっと自分の番だ、と、期待に胸を膨らませながら、佳奈は真弓に声を作った。
真弓の顔がほころんでいる通り、護と一緒に水着を選べるというのは、とても楽しいと思えるものだ。今日の皆の目的は、これなのだ。
しかし、佳奈において、今日の目的はそれではない。楽しみにしていないというわけではないのだが、違うのだ。
護に謝らないといけない。本当なら昨日のうちに謝っておくべきだったのだろうが、そう出来なかった。
お見舞いという体で護の家に集まっていたので、そんな場で、気分を落とすような発言をすることは憚られた。
護のことだから、風邪のことなんて気にしていないのかもしれない。
しかし、佳奈は、気にせざるを得なかった。護が風邪を引いたのは、自分の看病をしてくれたからなのだ。だから、謝らないといけない。
護が隣にいたおかげで安心することが出来たから、感謝している。その点についても、礼を言っておくべきだろう。
「佳奈……? どうかしたの? 」
「ん? あぁ…………、悪い。大丈夫だ」
「そう? 何か考え事をしてるように見えたんだけど……」
「まぁ、それはあってるがな」
「護のこと? 」
「分かるのか………………? 」
「あれ? 本当に護のこと考えてたの? 」
「な…………、分かっていたから、確認のために聞いたのじゃないのか? 」
そうじゃないなら、自分の早とちりで、言ってしまったということになる。
「違うよ。ただ、そうかな…………と思ったけど…………」
「……………………」
「まぁ、詮索はしないよ。ほら、行っておいで。護が待ってるよ? 」
「あ、あぁ……。そうだな……。じゃ、行ってくる」
「うん。楽しんできて」
「分かった」
「うーん…………」
エレベーターに乗っている佳奈の後ろ姿を見ながら、真弓は首を傾げる。
青春部の皆は、何を考えているのかが、案外分かりやすい。護のことになると尚更だ。
しかし、佳奈の場合、確かめないと分からなかった。
佳奈の気持ちが分からない。どんな思いを持って、佳奈が護の元に向かったのか。