灰色令嬢が悪口だと思っていたのか?
王家主催のパーティが夜毎行われるグランディア王国。
今回はいつも以上に華やかな装いであるのは王太子ジェイドの十八歳の誕生日の祝いも兼ねているからである。そして、ユニア・アーヴィニア公爵令嬢はその婚約者。
人々は彼女を灰色令嬢と呼ぶ。
それは文字通り灰色に近い白髪と薄い黒色の瞳で暗い印象を持つ私を揶揄した言葉だと一部の人間は思っている。確かにユニアは流行り物にも疎く、人付き合いもうまいとは言えない。正直、こうしたパーティだって億劫で仕方がない。屋敷で魔法研究をしている方がどれだけ楽しいか。それでも未来の王妃として、相応しい言動を取らなければならないと心得てもいる。
「ユニア様。“あれ”を放っておいてよろしいんですの?」
声をかけてきたのは魔法学園の同級生で友人のエリナだ。
「あれというのは?」
「“あれ”ですわよ」
エリナの視線の先には自分が主役と言いたげにジェイドに愛想を振りまいている一人の令嬢に向けられる。リジィ・フェリル準男爵である。
ユニアとは異なり、美しいブロンドに青い瞳を持つリジィは社交的で花があり、常に着飾っている。燃えるような赤い髪に琥珀色の瞳のジェイドと並べば絵になるのはユニアだって認めたくなる。
「あの子ったら、どういう神経をしているのかしら?何度も注意いたしましたのに」
――「リジィ。俺と踊ってくれ」
――「リジィと踊るのは俺だ」
リジィの周りにはジェイド以外にも複数の男性陣達がまるで自分の物と言いたげに取り囲んでいる。
一体どんな手を使えば、十人以上の男を惚れさせられるのか。
ある意味で彼女の才能の一つであろう。
「みんな、喧嘩しないで。今回はジェイド様と踊りたいの」
つぶらな瞳を潤ませ、首を傾けるリジィはとても可愛らしい。
だが、エリナは殺意を覚えているようでその顔は歪みきっている。
しかし、ユニアの表情はどこまでも穏やかで上品さを醸し出してたままだ。
「仕方ありませんわよ。リジィさんは貴族社会に不慣れなのでしょうから」
ユニアはまるで道端で粗相をする子犬を見つけたような眼差しでリジィに視線を向ける。
「ユニア様はお優しいですわね。私なら婚約者にあのようにちょっかいを出されて黙っているなど無理でしたもの。ふふっ!」
リジィは数か月前まで平民であった。それが貴族待遇で魔法学園に招かれたのはこの国、いや世界で希少とされる治癒の魔法への特性を認められたからだ。
ユニアは突然、家族から引き離され、貴族の世界に放り込まれたリジィの身を案じ、気を配った。ところが、彼女から返って来た言葉は、
「私は“選ばれた人間”なのよ。公爵令嬢だからって気軽に話しかけないで」
上位貴族にそんな言葉を投げかけたリジィに多くの生徒達の反感を呼んだ。
この先、リジィは魔法学園でやっていけるのか心配になったものだ。
所がそれは杞憂に終わる。
彼女は持ち前の明るさと天真爛漫さで男子生徒達の関心を集め、自分の居場所を作ったのである。とはいえ、彼女の取り巻きとなった男性陣の中にはすでに婚約者がいる者もいた。
エリナもその一人で、リジィのせいで婚約者と別れる羽目になってしまった。
嫌味を言う彼女にリジィは泣きながら、
「だって仕方ないじゃない。私、選ばれた人間なんだもの。みんなが取り合うの」
涙目で訴える彼女の態度は男性陣の胸をうち、女子生徒達の怒りを呼んだ。
それに飽き足らず、夜な夜な彼女の部屋からは聞くに堪えない声が漏れてくる始末。
しかも、毎日違う男が出てくるのである。
誰が見ても乱れた生活をしているのは明白。
それでも、学園側から彼女になんのお咎めもなかったのは教師の中にもリジィに惚れている者がいたからだ。彼の裏工作で全く勉強をしないリジィでも書類上は優良生として扱われた。
「少しは態度を改めなさい」
さすがに看過できないと強い口調でリジィに苦言を呈したのは一度や二度ではない。
だが、その度にリジィは、
「治癒の魔法を扱える者は王家にも匹敵するって教えて貰ったわ。貴女ごときが私に意見するなんておこがましいのよ!」
確かに過去にはそういった者もいたが、それはあくまで多大なる功績に見合う結果として与えられた権限である。リジィはまだ学生でその力で誰かを助けた実績もない。
自分がどれほど場違いな事を言っているのか彼女は分かっていないのだろう。
まるで、何も知らぬ子どもと話しているようで頭が痛くなったのもよく覚えている。
そして、彼女はこの度、王太子にまでアプローチをかけ始めた次第でなのである。
「私は選ばれた人間なんだから、王太子のお相手に相応しいじゃないの」
それがリジィの言い分らしい。
当のジェイドがどう思っているのかは分からないが、何も言わない所を見るに彼だって少しは喜んでいるのかもしれない…と誰もが思っている事だろう。
「殿下。今宵、私の部屋に来てくださいな。良い思いをさせてあげますから」
リジィはこの誕生日パーティでジェイドを落とすつもりで来たのだろう。
だが、腕にしがみつこうとする彼女の手はジェイドによって払いのけられた。
その目は汚物を視るように見下ろしている。
「何の真似だ」
「えっ!いや…その…」
ジェイドの迫力に無意識に恐怖を抱いているのか震え始めるリジィ。
それを見届けてから、ユニアはゆっくりと二人に近づいた。
「殿下。お誕生日おめでとうございます」
「ああ。ユニア。どこにいたんだ?」
「パーティを楽しんでおりましたの」
ジェイドは愛おしい者を見る目でユニアの腰に手を回す。
「お前の居場所は俺の隣だろう」
「そうですわね」
ユニアはゆったりと微笑んだ。ジェイドとは婚約してから十年。共にこの国を発展していこうと約束した仲だ。何より、彼はとにかくユニアに甘いのだ。
暇さえあれば、愛を囁いてもくる。
リジィに入り込める隙間などありはしない。
「どうして…私は“選ばれた人間”なのに」
「選ばれたと連呼するなら、それに見合う態度を取りなさい」
「うるさい。灰色令嬢のくせに!」
喚くリジィにジェイドの瞳に怒りが宿った事に気づいた。
このままでは彼女は処刑されてしまうかもしれない。
「殿下。女同士の戦いに口は挟まないでくださいませ」
「ユニアがそう言うなら。だが、これだけは言わせてくれ。おい。お前、灰色令嬢が悪口だと思っていたのか?灰色って言うのはこの国では頭脳明晰な人間に与えられる言葉なんだ。まさか知らないわけもあるまい」
「へっ?」
リジィは間抜けな声が出る。
貴族社会に疎い彼女がその事を知らなくても誰も咎められはしないだろう。
「それはつまり…」
「俺のユニアは頭が良いって事だ」
ジェイドはユニアの頬にキスをする。
それだけで、列席者たちは仲睦ましいと笑みをこぼした。
「ユニアが女同士の戦いに口を出すなというなら、俺は代わりにその女に群がっている男どもに一言いってやろう。恋焦がれるのは勝手だが、そのせいで学生の本分を忘れるような輩は俺の治世には必要ない。特に教師であるのに一人の生徒を贔屓するような奴はなおさらだ。この意味が分からないほどお前達は愚かなのか?」
ジェイドの声はどこまでも冷たい。
“これ以上、リジィを甘やかすようなら、未来はない”と安易に彼らに告げているのである。男達は青い顔をして、ジェイドに深々と頭を下げる。
この中の一人でもそれでもリジィを選ぶ人間がいれば、愛を選んだとジェイドは賞賛したかもしれない。だが、そそくさとリジィの元を離れていく男性陣の姿を見ると彼女への想いはその程度のものであったのだろう。
自分の魅力が王太子には全く効かず、さらに取り巻き達もいなくなったリジィは恥ずかしさで一人顔を真っ赤に染めていく。
「ああ。そう言えば、リジィさん。先に言っておきますがこれからは“選ばれた者”と言わない方がいいかもしれません。治癒魔法も稀有な物ではなくなるでしょうから」
「ついにやったのか?」
「はい。治癒魔法発動のプロセスの解読に成功しました」
「よくやった。さすがユニアだ。これで他の魔法と同様に沢山の人間が取得可能になるんだな」
「はい。殿下のお役に立てて光栄でございます」
「ユニアあっての俺だ。これからもよろしく頼む」
ユニアの手を取り、シャンデリアの下へと招くジェイド。
未来の国王と王妃に人々は拍手喝采を送り、そのダンスにうっとりとする。
誰もリジィに見向きもしない。
ようやく、彼女はすべてを理解したように涙を浮かべて足早に会場を去っていく。
その後、彼女に惚れていた男子生徒達はリジィから距離を取り、教師は学園を去った。誰も助けてくれなくなったのを理解した彼女は態度を改め、言動も控えめになった。もちろん、勉学にもようやく向き合うようになったのである。
そんな彼女も十年後には若き国王夫妻を支える治癒師として各地で痛みに苦しむ人々を助ける事になるのだから人生は分からないものだ。
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