091、小さな裂け目と修復師
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それが起きたのは、三日後の夜だった。
東の町外れ。
昼間は人の出入りもある細い路地は、夜になると灯りも届かず、ただ静まり返る。
最初に気づいたのは月詠だった。
「……止まれ」
短い声に、後ろを歩いていたエンジが足を止める。
「どうしました、団長?」
「音が、吸われている」
虫の声がない。
風の音もない。
静かすぎる。
空気が、重い。
「この前の場所……ですね」
「ああ」
あの日、一瞬だけ揺れた路地。
今、そこには――
空間の“ほころび”があった。
黒ではない。
光でもない。
まるで布を無理やり引き裂いたあとの、歪な継ぎ目のようなものが、空中に浮いている。
「裂け目……未満?」
「“縫われかけている”状態だな」
完全な裂け目ではない。
だが、ゆがみでもない。
不安定な中間。
そこから、細い何かが垂れていた。
糸のような、光の筋。
「……あれ、動いてます」
エンジが息を呑む。
その“糸”は、空間の綻びをゆっくりと撫でていた。
優しく。
丁寧に。
まるで――修復するかのように。
「団長、あれって」
「ああ」
月詠は刀に手をかけながらも、抜かなかった。
「敵意はない」
そのとき。
ふ、と糸が止まる。
空間が小さく震えた。
エンジは反射的に構える。
だが。
次の瞬間、綻びは、すっと閉じた。
縫い跡すら残らない。
ただの、夜の路地に戻る。
音が戻る。
虫が鳴く。
風が通る。
「……終わった?」
「終わったな」
エンジはしばらく動けなかった。
「今の、何ですか」
月詠は少し考え、そして言った。
「“この世界の理”だろう」
「理?」
「我々が守る前に、誰かが守っている」
それが誰なのかは言わない。
言う必要もない。
この国には、すでに“神域”がある。
「でも団長」
「?」
「なんか……あれ、寂しそうでした」
月詠は一瞬だけ目を細める。
「……見たのか」
「なんとなく」
糸は、優しかった。
でも、どこか遠く、ひとりで仕事をしている感じがした。
同じ夜。
山の神社。
九つの尾を揺らす妖狐が、静かに杯を傾けていた。
その隣でライが言う。
「一つ、縫われたな」
「ええ」
妖狐は笑う。
「相変わらず、仕事が早いこと」
「手伝わなくていいのか?」
「私の領域の外よ。あの子の仕事」
誰のことかは言わない。
言えば、この穏やかな夜が少しだけ遠くなる気がしたから。
杯の酒が、月明かりを映す。
「……見てるのね、今でも」
誰にも聞こえない声。
だがその目は、どこか優しかった。
町では翌朝。
「昨日この辺、なんか変な空気だった気がするなあ」
「気のせいだろ」
人々は笑いながら通り過ぎる。
何も知らないまま。
縫い留められた世界の上を、今日も歩いていく。
ここでは唐突に現れた小さな裂け目と、それを修復する場面です。
自警団の人はこれをお狐様の御業と思っているようですね。




